第12話 勝手に生えて
梛木の不動産めぐりには結がついてきた。
「PCSに入ったら、そこからアクセスの近い部屋がいいよね。
だけどあのあたり、混成迷宮巣とも近いんでしょう?」
水瀬も最初はいたのだが、どうにも商店街の辺り一帯、八年すれば新しい店も増えたことで、彼はひとりで散策したがっていた。
「終わって店を出たら、呼んでくれ。
にしても、ネストをくぐるまでもなく、このあたりもすっかり
「そうかもしれませんね。
気を付けてくださいよ」
「なにに?」
「心配はしてませんが、この辺りも混成迷宮巣に近くて、荒れてきましたから。不法就労者とか」
「ダイソンバイオスの?」
「知ってるんですね」
この前の漆という少年やその連れも、十中八九それにかかわるものだったろうと梛木は知っている。
水瀬もそう言われると、心当たりがあるようだ。
「ヤのつく稼業や半分グレてそうな人らが、そいつらかこって探索やインフラにまつわる窃盗までやらかしてるのに、現状歯止めが利かないんだろう。
言うてネスト自体は地球圏なら諸国に在るはずなのに――なんでいまさらこの国が人気なの?」
「この八年、東京は繭の消失と、複数の混成迷宮巣の出現で現れたクリーチャーの徘徊やネストによる“領域枯渇”で地区一帯が壊滅したりしてるんですけど、そのどさくさにかつての繭の“本源地”として目を付けた、諸国の工作員やフロント企業が介入したんです。
そうとわかってても、司法上手が付けられないこともあるようで、もうすっかり土着化してしまいまして……わかりやすいのは、国外とつながりのある武装勢力集団の進出や駐屯を許しているわけですから。
迷宮巣管理区域での事象や事件の管轄を、部分的とはいえ治外法権化したことで、その流れがすっかり加速した」
「それが民主主義からまろび出た法治だと?
いささか嘆かわしい気もするな……」
それに寄生するフロント企業もあっという間に増えたし、法に則ってそれを改正したいなら、また相応の手間と時間もかかるだろう。
「ナショナリズムにさほど興味ないけれど、文化背景の違う国の企業へ、迂闊に国土や権利を売るのもどうかとは想うよ。
功利主義者に買いたたかれるのが目に視えてる、そうなってからじゃ手遅れなんだけど――あるいはそういう間者か、言いだしたらきりがない」
迷宮巣をひとつでも多く獲得したい、そういう国際競争は八年間ずっと続いていて、日本はすっかり出遅れている。
「金紅は前に、迷宮巣のある都内の土地のいくつかを買おうとして、各国企業や政府に邪魔されたらしいな。
政府が土地を買い上げて管理するかと想ったら、それの採算も取れずに民営化で払い下げて、なんて話も聞いた。
ここの混成迷宮巣は、すこしまた事情が特殊なようだね」
「ええ、シンビオシス・ポートが近いおかげで、政府も目を光らせていて、ここの民営化はさせませんから……まぁほとぼりが冷めた頃、与党がやらかさない保証もないですけど」
「ふたりともまた物騒な話を」
「おぉ、すまない。
とにかく俺は少しこの辺りを散策してくるよ。
なんか美味い店あるといいんだけど」
結が視線を細める。
「夜ごはん、ちゃんと入る程度に抑えといてよ?」
「わーってる」
水瀬はそのまま行ってしまった。
「自由というか、呑気ですね……」
「ようやく戦いから解放されたんだから。
昔はずっと険しい顔してたのに」
「でもいまの水瀬さん、楽しそうでいいですよね」
「うん」
梛木の言葉を、結は肯定する。
「困ったことがあったら、すぐに相談するんだよ?
誰かに脅かされたとかなら、水瀬くんなら物理で解決してくれるし」
「それもそうですね……」
「水瀬くんが帰ってきたことだし、いくらか仕送りもできると想うけど、無駄遣いはしないようにね?」
梛木もその点、異論がなかった。
*
「いい物件は見つかったかい?」
不動産屋を出た直後、突然ふたりの目の前に水瀬が現れて、柵にもたれかかっている。
結たちはわりと引いた。
「まぁ……」「人目、気にならないんですか?」
「なに、見計らったちょうどいい頃合いだったのに?
誰が俺のことなんて、いちいち気にするんだよ」
梛木はそう言えば、この人はそういう人だったと思い返す。
「昔から自己評価の低さに、絶対の自信がありますよね」
「みんな手品なんてすぐ忘れるから。ほら、そろそろ行こう」
彼が突然その場に現れたのは、異能による空間跳躍なのだが、そもそもの彼はそんな異能は持っておらず、それはある人物による干渉で、後天的な変質を遂げた結果だった。
「突然生えてくるのはまだ許せますけど、だったらもう突然いなくなったりしないでくださいよ?」
「……俺もふたりと一緒の時間をもっと楽しみたいから」
暗に、必要とあればまたそうする、ということだろう。
うまいことはぐらかすものだ。結と梛木は揃って嘆息する。
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