キスだけの二人

与太ガラス

ショートショート「キスだけの二人」

 私たちはいつも離ればなれ。彼が外にいる時は、いつも私がお留守番。私の仕事はいつだってこの家の留守を守ること。

 彼は朝から外に出て、帰りは遅くなることも多い。外で何をやってるのか知らないけど、いつも友人と連れ立って外出しては、いつも連れ立って帰ってくる。

 私との触れ合いは、玄関での朝晩のキスだけ。「これが僕の仕事だから」彼の言い分はそれだけ。

 家に帰ってきても、私と一緒にはいてくれない。友人と一緒にダイニングに居座って、夜通し語らっていることもある。私はそれを遠くから見ているだけ。

 いつも離ればなれは寂しいけれど、私はあなたを裏切るつもりなんてなかったのよ。それは本当。でも…


 あなたがいない時、その人が突然現れた。私は抵抗することもできず、その人に唇を奪われた…。

 それからその人はあなたのいない時にたびたび訪れるようになった。私にキスをして、そのままリビングに居座るの。そしてまたキスをして去っていく。

 なにより驚いたのは、あなたが帰ってきた時に、その人があなたの友人に紛れて一緒にリビングでくつろいでいたこと。なんて大胆な人!って思ったわ。でも私、気づけばそんな生活に刺激を覚えてしまっていた。

 その人はあなたの目を盗んで、私にキスをして出ていくこともあったわ。そのときあなたは先に外に出ていて、私には目もくれなかった。

 いつの間にか、その人が来ることの方が多くなっていった。

 不思議ね、私、自分がこんなに悪い人だなんて思ってなかった。でもいまは、この生活がずっと続けばいいって思ってる。少しでも長く触れ合っていたいから。離ればなれは嫌だから…。


「フミカ、部屋の鍵かけた?」

「いま閉めてる。なんか最近、うまく鍵かかんないんよね」

 カチッという音がして、フミカは鈴のついた合鍵をドアから離した。

「それな、なんか時間かかるよな」

「なんか、離れたくないみたい、あたしたちみたいに」

 フミカはアキラの腕に抱きつく。

「恥っず。おい、そんなくっつくのやめろよ」

 アキラはジャラジャラと音のする鍵の束から車のキーを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キスだけの二人 与太ガラス @isop-yotagaras

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ