第2話
家族、祖国、そしてソーサライトの名との別れから三日経った。
馬車での移動も慣れてきた。ただ未だにどこに向かっているか分からない。
窓から見える景色は変わらず、広大な草原が広がっている。
その日の夜、泊っている宿で食事をしている御者と護衛の話している内容を偶然聞いてしまった。御者がいうには後一日で目的地に着くらしい。
ただ目的地の場所があの淵源の森だというのだ。
淵源の森とはこの世に蔓延る魔物の祖が生まれた場所であると言われており、各国が禁足地と指定している危険な森だ。
現在の研究で魔物の発生理由として魔素濃度が高いところで魔物は出現することが分かっており、濃度が高ければ高いほど強力な魔物が生まれるとされている。
つまり魔物の祖が生まれたところは魔素濃度がこの世界で最も高いのでは?と予想されているらしい。その裏付けとして淵源の森に生息する魔物は浅いところでも強く開拓が進められていないことも一つの要因だと昔習ったことがあった。
「何故僕を禁足地に?そもそも今回の追放はテトを次期当主にするための追放だったはず…そうなると第三者の介入だと考えるのが妥当か。」
部屋に戻り誰もいない部屋で呟く。
あの父上が禁足地に送るとは考えられない。となると第三者の介入しかありえない。
「うーん、う~~ん。」
唸りながら記憶を遡る。しかし考えたが思い当たる節がない。
とりあえず第三者のことを考えたところで王命に背くことはできない。第三者についてはまた今度に考えよう。今は今後のプランを組むことが必要だ。
思考を切り替えてこれからの行動を考える。
本当に禁足地が目的地だとしたら不味い。護身用の短剣と自分の魔術を使ったとしても生き延びられるビジョンが見えない。
でもここから逃げ出しても行き倒れる未来も見える。
だいぶ詰んでいる状況だと思いながらも策を練ると同時に、どんどんと夜は更けていった。
窓から日の光が差し込む。
気づいたら寝てしまっていたようだ。
昨日の夜ずっと考えていたがいい案は一つも思い浮かばなかった。
出立の準備を終え、馬車に乗り込む。
窓から外を眺める。なるべく外の情報を取り、どこか逃げることができそうな村はないかと遠くまで見る。
しかし禁足地が近いせいかなにもなかった。
日も暮れてきたころ、いきなり御者から声がかかる。
これまで馬車での移動中には声をかけられることがなかったため少しびっくりした。
「もうすぐとある村に着きます。カナさんはそこで降りていただくことになります。」
村があるらしい。これまで人の気配を感じなかったのに?
もしかしたら騙されているのではないかと疑う。
いきなり襲われてもいいように腰にある短剣に手を伸ばし、いつでも動けるような姿勢をとる。
「わかった。ちなみにあとどれくらいで着くか聞いてもいいですか?」
「あと10分ほどで着くと思います。」
「そうか、ありがとう。」
警戒を怠らずに村に着くのを待っていると、窓から巨大な防柵が見えてきた。
本当に村があるらしいと思うと同時に変な臭いが香ってきた。初めて嗅ぐ臭いで眉を顰める。
「カナさん、村に着きました。」
思ったより早く着いた。
馬車から降りると老夫婦とその娘であろう少女が近づいてくる。
「「「ようこそ!キオラ村へ!」」」
「ありがとう。これからお世話になります。」
僕は元の身分を隠し、この村にやってきた。だから一緒にきた御者も、護衛も、そしてこの村の人々は僕のことを知らない。
挨拶を交わし、彼らに視線を向ける。
老夫婦は落ち着いた雰囲気だが、少女は緊張しているのかどこかせわしない。
「とりあえず荷物置きたいな。これから住まう家に案内してくれませんか?」
「は、はい!あ、案内させていただきます!!」
少し上ずった声を上げ、くすんだ茶髪の少女が近くに寄ってくる。
老夫婦に目線を合わせ会釈し、きっとこの子が案内してくれるであろう少女の方に近寄っていく。
「それじゃあ、案内してくれる?えっと…なんて呼べばいいかな?」
「私アルマって言います!!!!!!」
「そ、そっか。僕はカナ、長い付き合いになるかもだからよろしくね。」
アルマが隣にやってくる。この子勢いがすごい、そして距離が近いせいかすごく声がうるさく聞こえる。まるで竜の咆哮みたいだ。
軽い自己紹介が終わり、彼女は歩き出した。
僕は彼女の後ろを歩きながら周りを観察する。
防柵に囲まれたこの村は集落のような感じで、大体200人くらい住んでそうな雰囲気がする小規模な普通の村だ。
「カナさんはどうしてこの村に?私が言うのもなんですが、この村とても危険ですし、何にもないですよ?」
アルマさんが振り向きながら話しかけてくる。
確かにこんな村に用がなければくるはずもない。淵源の森が近くにあるだけで毎日の生活すらも危ういイメージが浮かんでくる。
だがどう答えようか。王命でここに来たというのはなるべく秘匿したほうがいい気がする。王命できたことを知られて、変に気を使われたり、距離を取られる方が嫌だ。
「えっと、まぁ僕は魔術を上手く使えないから練習しに来たみたいな?」
「え?!カナさんって魔術師なんだ!すごーい!」
「あはは、でもちゃんとコントロールできないから冒険者だったり、宮廷魔術師みたいな魔術師ではないよ。」
この世界は何でも屋の冒険者や国に仕える騎士、魔術師などが多く存在する。
戦える能力があれば大体の人間はそっちの道にいく。
だからこそ知見が浅い人達、特に庶民は魔術が使えたら魔術師という認識の人が多い。
「でもでも!魔術が使えるってすごいじゃないですか!!いいなー!私も使いたい!!」
アルマのように魔術に憧れる人は少なくない。
庶民が成り上がるための手段として代表的なもののひとつが魔術だ。
魔術が使えるだけで冒険者であれば多くの勧誘が、強い魔術が使えるのであれば国に仕える宮廷魔術師へ勧誘される事例もある。
「適性検査は受けたことはないの?」
魔術を使うには適性がないと使うことが出来ない。
適正を調べるには魔物が落とす魔石に自分の血を垂らし、光れば適正あり、光らなければ適正なしとされている。
「魔石なんて高価なものうちじゃ買えませんよ~!というより魔石買うくらいなら服を買います!」
魔石より服っていうあたりちゃんと女の子してる。
でも淵源の森が近いなら魔物を殺す機会もあると思っていたんだけど違うのかな。
少し聞いてみるか。
「ここは淵源の森と近いけど、そこの魔物から魔石は取らないの?」
「淵源の森かどうかはわかりませんが…、近くの森の魔物は私たちじゃ倒せないんですよ。私達ができることは村の中に侵入させないよう追い払うことくらいです。」
「そんなにこの近くの魔物は強いのか…」
追い払うことしかできないほど強い魔物が近くの森にいながらもこれまで生きていた現住民の人達の強かさに尊敬の念が沸き上がる。
それと同時に自分は生きていけるのか、足を引っ張ってしまうのではないかと不安も感じる。
不安が顔に出ていたのかアルマがこれまでの襲撃について教えてくれた。
「でも滅多に村の方に近づいてきませんよ。一年にまれに近づいてくる魔物もいますが、村の中まで来たことなんて一回もないからそんな不安にならなくても大丈夫です!」
「それに、もし魔物が村に襲撃しにきたとしても落とし穴もありますし、だいぶ昔に魔術師様が張ってくださった魔物払いの結界、それも反撃魔術が仕込まれているのがうちにはありますから!」
「へぇ、この村に反撃魔術を組み込めるほどの魔術師がいたんだ。」
魔物払いの結界。
魔術師が必ず使えるようにならなければならない魔術の一つ。基本的には魔物が嫌がる燐聖と呼ばれるものを触媒とし、結界を組む。魔術師を名乗っていく上でこの魔術は出来なければならない。
しかし、反撃魔術という自動反撃する魔術を組み込めるようになるには魔術を改変する知識がなければならないため、魔術院に通う貴族ならばまだしも、庶民が行うことはほぼ不可能に近い。
「ずっと昔に貴族様みたいな人がきたことがあって、その時に張っていったって私のひいおじいちゃんが言ってたんだ。」
そうこう話しているうちに自分がこれから住むことになる家につき、家の中に入る。
一目見ただけできちんと手入れされていることが分かる。細かいところに目を向けると三世代ほど昔の貴族が使っていたとされるものだったりと、庶民が住んでいたとは思えない家具もあった。見て気になった疑問を彼女にぶつける。
「ここはもともと誰が住んでいたの?この部屋の家具、結構いいものだけど?」
「えっとね、お父さんがいうには結界を張ってくれた魔術師様が住んでいたらしい。でもずっと前の話だからお父さんもそれが本当なのかすらも分からないって言ってたよ。」
「ふーん、でもこんないい家に住んでもいいの?こんないい家他に住みたい人もいると思うけど?」
「村長さんが村の人に住みたい人がいないか聞いたらしいけど、だれも住みたい人がいなかったんだって。だからそのまま放置されていたんだ。」
そんなことがあるのか?こんないい家に住みたいと思わないなんて、庶民の感覚が分からない。ただ村からちょっと離れているためもしかしたらその部分が気に食わなかったのかな。
荷物を部屋に置き、リビングに座っていたアルマと話していたら日が落ちかけている。
この村は子供が少なく、それも年が近そうな人が来てアルマはすごく楽しみにしていたと語ってくれた。長い時間話していると次第にさん付けをやめ、友達と呼べる距離感となっていた。
「もうすぐ夜になるしそろそろ帰りなよ。」
「そうだね、もうすぐ夜になるし帰るよ。明日もカナの家に来ていい?村の人にカナを紹介したいな。」
「僕も村の人達に挨拶しないといけないし、明日は村の方を案内してもらおうかな。」
明日の予定を立て、アルマは帰っていった。どうやら門限ぎりぎりらしい。
村の方へすごい速さで走っていった。
アルマを見送った後、余っていた携帯食料を食べ、水浴びをする。
帝国にいたころは夜でも少し蒸し暑かったイメージがあったが、この村は自然に囲まれているため嫌な暑さはなくとても気持ちが良かった。
水浴びを終え、寝る準備をする。
第三者からの介入によって禁足地に近い地での生活することになったが思ったよりやっていけそうだと思いながらベッドに転がり目を閉じた。
災厄に拾われた少年は生きるために希う 波多野 薫 @hatano_kaoru
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