災厄に拾われた少年は生きるために希う

波多野 薫

第1話

ある老人は語る。


「あれは災厄人であり人ならざる者じゃ。人の使う言語を使い、人のように過ごしておる。」


ある兵士は語る。

「その瞳から滲み出る悪意は本物だった。あれは憎悪に飲まれた災厄化け物だよ。」


ある魔術師は語る。

「世界に絶望し、世界を恨み、それでも世界を愛していたよ、あの災厄少女は。」


ある研究者は語る。

「あれはこの世に存在してはいけない、創り出してはいけない災厄機械だった。」


そして今、新たな災厄少年が目を覚ます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


少年は縋る思いで父であるアル・ソーサライトを見つめる。

頭の中ではこれからどうなるか、賢い故に分かっているのに。


葛藤をしながらも貴族としての責務を果たそうとする父、今にも泣きだしそうな母、これから何が起こるか分かっていない兄妹達。


家族に囲まれながら父の言葉を待つ。


「王命によりカナ・ソーサライトをソーサライト家から廃嫡及び国外追放とする」


分かっていても信じたくない言葉を聞き、母は泣き崩れ、兄妹達には動揺が走る。

侍従であるメイド達が母に寄り添いに行く。


「父上!どうして兄上が廃嫡なのですか!!それに国外追放?!兄上が大罪を犯したのならまだしも、兄上は何もしていないのですよ!?兄上は、貴族としても、家族としても尊敬できる人だ!!今の貴族の中には貴族足りえない者もいるのに何故?!」


弟であるテト・ソーサライトが感情的になりながら抗議する。慕っている兄が王命という絶対的な命令で、理由も明かされずに廃嫡されることが余程納得できなかった。


「すまないテト。私からは何も言わないし、言えない。」


長い事沈黙が続く。


分かってはいた。これからの情勢的に、ソーサライト次期当主として相応しくない僕が廃嫡されることは。


ソーサライト家はアルテリア帝国の王、リーアイ・ラ・アルテリア帝王から辺境伯の爵位を授かっている魔術に対して造詣が深い武家の一つだ。基本は長男が家を継ぐ、どの貴族であれそれは変わらない。

しかし辺境伯としての役目の一つとして国境の守護がある。その際、初撃として継承魔術を放つことが我が家の伝統であり、当主としての義務だ。


ただ僕は生まれつき魔術を上手く行使することが出来ない。

理由はわからないが火力に斑があり、山を一つ消し飛ばしたことがあれば、木を燃やすことも出来ないような出力の魔術だった時もあり自分の意志で制御できなかった。

幼い頃に湖を破壊しそれ以来、魔術使用を禁止されている。


そのため当主としての義務を果たすことが出来ない。

だからいずれ弟に家督を譲ることを父上と相談していた。父も親身になって相談に乗ってくれて僕の思いや今後の家の発展を考え家督を譲ることに反対はしなかった。

しかし家督を譲ることはテトが成人してから知らせることとなっていたはず。


フォンテッド王国の成人は15歳からで余程のことがないかぎり成人してから一人の貴族として扱うことが暗黙の了解となっている。

つまり余程のことがあるから性急に廃嫡し、テトに次期当主としての自覚を持たせ貴族として成長してもらわないと困ることがあるのだろう。


それについては見当がついている。近年大国であるのフォンテッド王国の動きが怪しいとの報告が上がっていた。食料、武具の流れなどこれまでの王国からは考えられないほど活発になっている。帝国は国力が上がり戦争を起こす可能性があると前々から踏んでいた。


これらの理由から王命による廃嫡という形になったのだろう。


「出立は明日だ。準備をしとくように。」


父上は涙をこらえるように言う。

だが帝王に仕える一人の貴族として、為さなければならない責務を果たした。


「御意に。その王命を果たせることを光栄に思います。」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


部屋に戻り、自分のベッドに倒れこむ。

明日、生まれ育った国から追放されるという事実に未だに実感が湧かない。

これまでの思い出が走馬灯のように駆け巡る。


「これから僕はどうなるだろうか。」


会合の時は廃嫡と追放の日時しか伝えられてない。今回の追放の場合だと王が指定した場所へ行き、そこからは一人で生きていくことになるはず。

詳しい内容は明日の出立の際に知らされるのだろうと考えているとドアをノックする音が聞こえる。


「兄様、今お時間よろしいでしょうか?」


テトが来たみたいだ。

きっと廃嫡と追放のことについて聞きに来たのだろう。


「いいよ、入っておいで。」

「失礼します。」


テトが泣きそうな、そして納得がいってない顔して入ってくる。

きっと父上から前々から話していたことを聞いてきたからあの顔なのかそれともさっきの話を聞いての顔なのか。どちらにせよ可愛い弟と話せる最後かもしれない機会だからそんな顔しないでほしい。


「どうしたんだいテト、今にも泣きだしそうな顔してかっこいい顔が台無しじゃないか。僕はいつものクールなテトが見たいな?」


部屋に入ってきたテトを茶化すように話しかける。

いつものテトは冷静で理的な感じだが先ほどの会合や今のテトからはそれが感じられない。

それほど動揺していたのかな。


「変な冗談を言っている場合ではないと思います!明日、兄様は追放されるのですよ?!それも行先もわからないまま!そんなの行き倒れることを願っているようなものではないですか!!」


「確かにそうだね。きっとそれも目的の一つかもしれない。」


「であれば何故そんな冷静なのですか?!」


それはそうだ。自分でも何故こんな冷静なのか分からない。

しかしなんとなく、ただなんとなく生きていける自信があるからとでも言おうか。


「僕はいずれこうなると分かってはいた。ただ思ったより早いこととその内容が分からないのは予想外だった。だけどねテト、これはもう決まったことだし、ゆくゆくは君に家督を譲る計画を父上と立てていたんだ。」


「そんな...」


元々計画されていたものであったと知り、呆然とするテト。

テトは良く慕ってくれたし貴族の醜い部分を嫌悪していたから余計今の状況に納得してないだろう。


「テトはこれから貴族として、それも当主としてソーサライト家を継ぐことになる。それはきっと、嫌悪している貴族になる時もあるだろう。だけどね、どうか折れないでほしい。もし折れそうになったら自分の在りたい貴族になればいいさ。テトはいい当主になれると信じているからきっとうまくいくさ。」


色々と考えて話していると感情的になってしまった。


「兄様...」


小さな声で何かを噛み締めるように、そして覚悟を決めた瞳で僕を見る。

凛々しいその姿はきっと忘れられないだろう。


「兄様、僕は--------------!!」


そして夜が明けた。

昨日の食事いつもと違い、静かであった。まるで嵐の前の静けさのように。


靴を履き、護身用の短剣を腰に差す。

立って身動きを確認し後ろを振り返ると家族が見送りに来てくれていた。


「兄様。必ず、必ずまた会いましょう。」


「うん、いつか会いに行くよ。」


テトとは昨日話したからそんなに会話はなかった。

だけど貴族としての自覚が芽生えたのか、それとも成したいことができたのか。

その感じなら大丈夫だろうと視線を外す。


「お兄様、いかないで!!行っちゃやだ!!!」


幼い妹のアリスは泣きながら足に抱き着いてくる。

いつもは天真爛漫な子でわがままを言わないいい子だけど今日はちょっとわがままだ。

アリスのお願いはずっと叶えてきたけど、今回ばかりは叶えることはできない。


「ごめんね。でもアリスがいい子にしていたらきっとまた会えるからさ。」


頭をなでながら言い聞かせる。

しかし抱き着く力は弱まらない。このまま動きたくない、離れたくないという気持ちがあふれ出てきそうになる。

いきなり強い衝撃が襲ってくる。母上も抱き着いてきた。

少しよろめいたが転ばずに済んだ。


「カナ、絶対に死んではなりませんよ。死ななければいつか会うことが出来るかもしれませんが、死んでしまえば会うことすら叶わないのですから。」

「うん、頑張って生きるよ。」


「何者になろうが、どこに行こうがカナは私の子供です。私...の子供なのですから...」


泣きそうな声で囁く。

長い沈黙と抱擁が続く。嗚呼、この時間が永遠に続けばいいのにと思っても時は残酷にも進んでいく。


「そろそろ時間だ。離れてやってくれ。」


父上が離れるようにと急かし、名残惜しそうに母上と妹は離れる。


そして父上と視線が交わる。

その瞳の奥からは色々な感情が読み取れる。


「父上。」


そう手を差し出す。

父上は何も言わず、その手を強く握りしめる。


「何かあれば、すぐに手紙を飛ばせ。出来る限り援助はする。」


「ありがとう、父上。」


「死ぬなよ。」


「うん。」


そう短いやり取りだった。しかしそれだけで十分でもあった。

手が離れていく。


もうすぐ時間が来てしまう。

家族と会えるのはこれで最後かもしれない。沢山の家族の愛を感じ、泣きたくなってしまう。

ずっとここで過ごしていたかったと強く思う。


だけど進んでいかなければならない。

それが、僕が貴族としての最初で最後の責務。

さぁ、行こう。覚悟は出来た。


「行ってきます!」


「「「「行ってらっしゃい!」」」」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


家族は笑顔で見送ってくれた。最後まで温かった。

馬車に揺られながら思い出してしまう。

出発したばかりなのにもうさみしくなってしまった。


気分が落ち込んできたから気分転換しようと窓を見る。


どんどん領地から離れていく。


次に足を踏み入れることが出来るのはフォンテッド王国との戦争が終わってからだろう。


いつ頃になるか分からないがそれまでは生きよう。


必ず会う約束もしたから。


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