後編
ちょっと待ってくれ。振られるなんて、正直思ってなかったぞ。この告白には自信があったのだ。
この一年間の付き合いで、俺たちはどんどん仲を深めていた。生徒会の仕事の合間には雑談に花を咲かせ、並んでに帰宅するのが日課にもなっていた。休日に、一緒に映画を観に行ったことだってある。
そうした中で、入来も俺に好感を持ってくれている感触があったのだ。
それなのに、なぜ……。
……いや、待て!
危ない危ない、俺はまた同じ過ちを繰り返すところだった。
入来は、弱気な姿勢をなによりも嫌う。生徒会長になれるかどうかわからない、と言った俺を一括した時のように。
さっきの告白はどうだ?
俺の恋人になってほしい、と言ったが、それじゃあダメなんだ。入来が求めているのは、もっと強気な姿勢!
「すまん、言い直させてくれ」
あらためて姿勢を正し、力強く告げる。
「入来、俺の恋人になれ!」
「だから、いやだと言ってるでしょう。聞こえなかったの?」
……もちろん、ちゃんと聞こえてたよ。
違うのか。言い方の問題でもなかった。
じゃあ俺、やっぱり振られたんだ……。
マジかよ……。
「…………」
「…………」
二人のあいだに沈黙が流れる。
えーっと……どうするよ、これ。
入来にはすでに、生徒会役員になることを了承してもらってる。これから俺は、振られた相手と一緒に生徒会活動をしなくちゃいけないのか。気まずすぎるだろ。
それ以前に、今の状況がめちゃくちゃ気まずい。
これから食事をするんだぞ? 楽しいはずだったディナーが、一転して重苦しいものに変わってしまった。せっかく高い料理を頼んだのに、味感じなさそうだな……。こんなことなら、せめて食べ終わってから告白すればよかった。
料理がくる気配は、まだない。入来は相変らず無言だ。
沈黙の圧に耐え切れず、俺はドリンクを口にした。
「新城くん」
「ぶほっ!?」
突然声をかけられて、思わずむせ返った。ゴホゴホと咳をする。
「な、なにか?」
「私は、話の続きを待っているわよ?」
「続き?」
「新城くんは、私に恋人になってほしいのよね? その続きよ」
「……いやだから、入来は俺の恋人になりたくないんだろ? 俺、振られたってことだろ? それで終わりじゃん」
「終わりじゃないわ。私は『恋人になるのはいや』としか言ってないのよ?」
……どういう意味だ?
入来がなにが言いたいのか、さっぱりわからない。
黙っていると、入来は大きなため息をついた。
「まったく、また新城くんお得意の弱虫が顔を出してしまったようね」
「ど、どこが弱虫なんだよ? 俺は勇気を出して告白したんだぞ?」
「気概が足りないのよ」
「気概?」
「新城くんは、私と恋人になりさえすれば満足なの? 本当に大事なのは、恋人になった後のことでしょう?」
「なった後?」
「そうよ。新城くんは、私と恋人になったらどうしたいの? 私になにを与えてくれるの?」
「なにを与えて……」
「これくらいのことを言いなさいよ! 『俺についてこい! お前のことを一生幸せにするから!』」
「一生幸せって……そんなの、まるでプロポーズじゃないか」
「ええ、そうね」
……は?
「私は、新城くんと恋人になるのはいや。でも、夫婦にだったら、是非ともなりたいと思うわ」
……こいつ、マジで言ってんのか?
俺は思わず頭を抱えた。
いつも強気な彼女らしいと言えばらしいが……恋人を通り越していきなり夫婦とは。
「待ってくれ入来。俺たちさ、まだ高校生だぞ? 結婚まで考えるのはちょっと早いんじゃないかな……?」
「そんなことはないわ。新城くんは来年の四月には十八歳になるでしょう? そうすれば結婚できるわよ」
「いや、それはそうだけどさ……」
でもやっぱり、結婚まではまだ考えられないよ。
そう言おうとした俺は、思わず息をのんだ。
俺を見つめる入来――その瞳は些かの揺るぎもなく、どこまでも真っすぐだった。
本気なのだ。嘘でもおちゃらけでもなく、入来は本気で俺と結婚したいと思っている。
それに気づいた時、俺の中でなにかが弾けた。
そうだ。入来は、いつだってこうだった。
臆病で半端な俺の腕を引いて、新しい世界へ導いてくれる。
俺は覚悟を決めた。
やけくそでもなければ、勇み足でもない。そう断言できる。
なぜなら、俺自身もいずれは入来と結婚したいと思っていたから。それほどまでに、彼女を愛しているからだ。
大きく息を吸い、ありったけの力を込めて叫んだ。
「わかった! 結婚しよう入来! 俺と夫婦になってくれ!」
入来は美しく笑った。
「ええ。うれしいわ、新城くん」
……ああ、よかった。
と、周囲の異変を察知した。
店内で食事をしている客の多くが、こちらに視線を向けている。
そりゃあ、そうだよな。あれだけ大声で叫べば、店内にいる全員の耳に届いたはずだ。俺のプロポーズは。
あまりの恥ずかしさにうつむいていると、やがて拍手の音が聞こえ始め、どんどん大きくなっていった。店内がパチパチという音で満たされる。
公衆の面前で公開プロポーズをしてしまうばかりか、喝采を浴びることになるとは……。恥ずかしさも倍増だ。
「あらあら、みなさんが私たちを祝福してくれているわよ」
「あ、ああ……。それにしても、まさか高校在学中に結婚することになるとは思わなかったよ……」
勢いづいてプロポーズしたものの、正直実感が湧かなかった。
「ふふふ、ごめんなさい。意地悪しちゃったわね。安心して。来年の四月に結婚する気はないわよ」
「え? は? う、嘘だったのか!?」
「嘘じゃないわよ。新城くんと夫婦になりたいという気持ちは本当。でもさすがに、高校生で結婚したらいろいろ大変でしょう? だから将来、ということよ」
「な、なぁんだ……」
拍子抜けしたというか、安心したというか……ある意味ではがっかりもして、身体の力が抜けた。
「あら、気を抜くことはできないわよ? 私たちが夫婦になることは確定……つまり、結婚するまで絶対に別れないってことなんだから」
「お、おう」
「結婚するまで、いえ結婚した後も、死ぬまでずっと……私を楽しませてよね? 新城くん」
死ぬまで、か。正直遠い未来の話のような気がして、イメージができない。将来年老いて、死を身近に感じるようになる時まで、俺たちは一緒にいて、幸せに暮らしているのだろうか。
……いや、そんな未来を作るのが、俺の役目なんだ。そうだろ?
彼女を……入来 緋翠を幸せにするためにも、気概を示さなければ!
「わかった! 一生楽しませてやる! だから入来、俺についてこい!」
「ええ。大好きよ、新城くん」
その時入来が見せた満面の笑みの破壊力が凄まじく、俺は卒倒しそうになった。
好きな人から好きと言われる、これ以上の幸せはない。
だったら、俺も入来に言ってやらねばなるまい。
「俺も大好きだ、入来!」
「私も大好きよ、新城くん!」
「好きだ入来!」
「好きよ新城くん!」
「あ、あの……ご注文の品をお持ちしたんですけど……」
気がつくと店員さんが料理を運んで来ていた。
恥ずかしすぎて、体温が急上昇して額に汗がにじんできた。
俺たちのバカップルっぷりをずっと見ていたであろう店員さんは、料理をテーブルに置いているあいだ、ずっとニヤニヤしていた。
「あぁ……さっきから恥ずかしいことばっかりだな」
「これくらいで恥ずかしがってたら、将来大統領にはなれないわよ?」
「だから、なんで大統領なんだよ! ならねえよ!」
「あら? なってもらわなくちゃ困るわよ? 私にとっての大統領に」
意味がわからなかったが、入来の美しい笑顔を見ると、些細なことはどうでもよくなった。あらためて実感する。俺は彼女のことが好きだと。
この笑顔を見続けるためにも、もっと成長したい。決して弱気にならずに頑張っていきたい。
心の底から、そう思った。
生徒会長に当選した俺、応援演説をしてくれた娘に告白した結果…… つめかみ @Nail_Biter
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