生徒会長に当選した俺、応援演説をしてくれた娘に告白したら、あっさり断られた

つめかみ

前編

「乾杯!」


 二つのグラスがぶつかり、小気味いい音を立てた。そのままグイッと一口。うむ、炭酸が喉に染みてうまい。俺たちは高校生だから中身はソフトドリンクだけど、勝利を祝う一杯は格別だ。


新城しんじょうくん、生徒会長当選おめでとう」

「ああ、ありがとう!」


 向かいに座る入来いりき 緋翠ひすいに、俺は頭を下げる。彼女が言うように、俺はこのたび生徒会長に当選した。選挙にあたって応援演説を引き受けてくれたのが入来だった。


 俺たち二人は放課後、祝勝会としてこのファミレスに来ていた。ファミレスとしては高級な部類の店で、ちょっとお高めのディナーを二人とも注文した。

 料理の到着を待つあいだに、ドリンクバーのドリンクで乾杯を済ませたというわけだ。


「当選できたのも、ひとえに入来がサポートしてくれたおかげだ。ありがとうな」

「まったくそのとおりだわ。感謝しなさいよね」

「おいおい、そこは謙遜しろよ」

「だって本当のことなんだもの。まったく、新城くんときたら弱気なんだから! 最初に私に応援演説を願い出たとき、なんて言ったか覚えてる?」

「あ、ああ……」


 その時のことを思い返す。俺はこう言ったのだ。


「入来、俺は生徒会長に立候補する。なれるかどうかわからないけど、精一杯頑張るつもりだ。だから俺を応援してくれないか?」


 そんな俺を、入来は鋭い視線で射抜き、一括した。


「いやよ。『なれるかどうかわからない』ですって? そんな軟弱者を応援する気はないわ。本気で生徒会長になる気なら、『絶対に生徒会長になる! いや、大統領にだってなってやる!』くらいの気概を持ちなさい!」


 正直、なんで大統領なのかは意味不明だったが(日本は大統領制じゃないし。アメリカにでも行けってことか?)、その言葉は俺の胸を激しく打った。


 その瞬間、俺は変わったのだ。

「絶対に生徒会長になる!」と宣言し直し、入来から応援演説を引き受けてもらった。

 その後も入来のサポートのもと、ビラ配りなどの積極的な選挙活動をしたり、演説の仕方を勉強したりと、当選に向けて余念のない行動をした。

 入来から言われるまでは、そこまでする気はなかったのだ。しかしそれでは、果たして当選できたかどうか……おそらく無理だっただろう。他の候補者も強者揃いだったのだ。

 もちろん、入来の素晴らしい応援演説あっての当選だったことも間違いない。


「そうだな。俺が生徒会長になれたのは、入来があの時活を入れてくれたことと、応援演説をしてくれたおかげだ。本当に感謝してるよ」

「どういたしまして」


 満足げに微笑む入来。

 その美しい笑顔に、俺は引き込まれる。

 入来は、学校一の美少女との呼び声が高い美貌の持ち主だ。

 そんな彼女のことを、俺はずっと意識していて――。


 ゴホン、と一つ咳払いし、俺は言う。


「前に言ったとおり、俺は入来を役員にするつもりだ。立候補してくれるな?」

「ええ」


 生徒会は、十名前後の人数で活動していくことになる。

 副会長の二名は、生徒会長と同様に選挙で選出された。だがそれ以外の役員については、生徒会長に決める権限がある。立候補者の中からメンバーを選出し、役職を任命するのだ。 

 自分が生徒会長になった暁には、役員として共に活動してほしい――入来には以前から、そう話していた。


「役職はまだ決めてないけど、まあ書記か会計か」

「なんでも任せてちょうだい。また新城くんの弱気が顔を出すようなら、私がビシバシ叩いてあげるわ」

「ははは、頼りにしてるよ。なにしろ、入来は仕事が出来るからなぁ」

「当然よ」


 髪を耳にかけ、得意げな顔をする入来。

 まったく、こいつの自己肯定感の高さは見習いたいな。


 俺と彼女は昨年、庶務として生徒会の一員になった。俺は次期生徒会長になることを睨んでの入会だったから、入来も同様だろうと思っていた。だから当初、俺は彼女とをライバル視していたのだ。

 しかし入来の正確かつ迅速な仕事ぶりを見て、白旗を上げることになった。こいつには敵わない。来期の生徒会長は入来になるのだろう、と。


 だが、入来は言ったのだ。生徒会長になる気はないと。


「それにしても、入来はどうして会長になろうと思わなかったんだ?」

「私は、トップになることに興味はないのよ。人に指示を出すより、与えられた仕事をこなす方が得意なの」

「そうなのか」

「とはいえ、去年までは生徒会長の座を狙っていたわ。生徒会に入った動機も、そのためにスキルアップするためだったし」

「そうだったのか。でも、それならどうして……」

「新城くんに出会ったからよ」

「俺?」

「生徒会での新城くんの仕事ぶりを見て、私とは違うと思った。私は内申点のために会長の座を狙っていたけど、新城くんは違う。純粋な情熱を持っているって。生徒会長には、こういう人こそが相応しい。そう感じたのよ」

 

 なんと、入来も俺と同じように感じていたのか。


「ま、ちょくちょく弱気になるのが玉に瑕だけどね。でも、そんな新城くんを焚きつけて、生徒会長への道筋をサポートするのが私の役目だと、そう思ったの」

「え、それじゃあ」

「ええ。新城くんから言われなくても、応援演説をするつもりだったわ」

「マジか……」


 なんだよそれ、めちゃくちゃうれしいじゃないか。


 入来のこの発言は、俺に勇気をくれた。彼女に、ある言葉を告げるための勇気だ。

 そう、今日入来をファミレスに誘ったのは、祝勝会のためだけじゃない。

 俺がずっと抱えてきた想いを、彼女に伝えるためでもあったのだ。

 どのタイミングで口に出そうか迷っていたが、今この瞬間に覚悟が決まった。

 俺は居住まいを正し、入来の顔を真っすぐに見据える。


「入来、聞いてくれないか?」

「なにかしら?」

「一年間入来と一緒に生徒会で働いて、生徒会長選挙では応援演説もしてもらって、俺は本当に入来に支えられたと思ってる。一人の生徒としても入来のことは尊敬してるけど……それだけじゃない。俺の中には、もっと別の感情も生まれたんだ」

「というと?」

「入来……俺はお前のことが好きだ!」


 目を見開く入来。俺は続ける。


「生徒会役員としてはもちろん、私生活でも俺と共に歩んでくれないか? 俺の恋人になってほしい!」

「え? いやよ」


 ……ん?

 今、なんて? 

 もしかして「いや」って言ったか? 俺の聞き間違いか?


「いやよ。恋人になるなんて」


 俺の反応が鈍かったからか、入来は念を押すように言った。

 聞き間違いじゃなかったのか……。


 俺、振られたのか? そんなバカな。

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