客を選んで営業中

渡貫とゐち

へりくだらずともリスペクト


「おーい、会計したいんだけど、いるよなー?」


 薄っすらと明るいBGMが流れている店内。

 客は数人だった。二十四時間営業のコンビニチェーンである。


 広々とした空間はレジがなくなったことによるものだ。以前まであったスペースが丸々商品棚に置き換わっているので、同じスペースでも広く感じられるのだろう。

 品出しは店員がやることもあるが、基本はロボットである。店の外に常駐している万引き防止のロボットと同じく、二足歩行で、まるで人間のように動けるロボットだ。

 品出し中のロボットに声をかけることでセルフ会計(セルフか?)ができるが、手数料がかかるので人の手に任せた方が安くなる。

 安く、というか0円である。

 そのため、店員を呼ぶ声がなくなるわけではなかった。


「はい、いますけど」


 バックヤードに繋がる、壁の戸が横へ開いた。

 小窓から店員が顔を出す。


「これ、会計したいんだけど、レジやってくれよ」

「…………」

「いや、黙ってないでさ、レジ。客が買い物したいと言ってんだから仕事をしてくれって」


「……はぁ。じゃあ言いますけど、嫌です。タメ口で話しかけてきて、店員にリスペクトもない客の対応なんてしたくないので、別店舗で買い物したらどうですか? まあ、そっちでも同じ態度を取れば、周辺店舗でたらい回しにされるだけだと思いますけど……。あちらにロボットがいますので、お願いしたらどうでしょう。ロボットにはタメ口でも構いませんよ、感情で動くロボットではないので」


「それだと手数料がかかるだろ。会計するのに金がかかるなんてバカらしい。お前がやれって」


「だから、そういう態度ならやりません。お客様は神様、なんて悪い風潮は終わったんです。店員側が上でもないですが、少なくとも対等ですから――。喧嘩を売ってるような強気な態度でくるなら対応しませんよ。嫌なら別店舗へどうぞ。あんたが欲しいと思って、商品を買いたいんでしょ? 態度をあらためてみたらどうですか? こっちは別に、あなたでなくとも買ってくれる客はごまんといますから」


 すると、おそるおそると言った様子で、客の後ろから顔を出した別の客がいた。


「すいません、お会計お願いしたいんですけど……今って大丈夫ですか?」

「あ、はい大丈夫ですよー。現金ですか、電子決済ですか?」

「現金で……大丈夫ですか?」

「対応してますよ。レジ袋はどうされますか?」

「じゃあ、付けてもらえますか。お願いします」

「かしこまりました。3円になります」

「はい。えっと……あ。すみません、大きいのしかなくて……」

「大丈夫ですよ」


 大学生ほどの客が買い物をして帰っていく。最後に、お互いに「ありがとうございました」と言って、一連の流れが終わった。

 横で見ていた、過去をまだ忘れられない初老の男が、


「しゃーねえなあ……レジ、頼むわ」

「まだ上からなんですけどねえ……まあ、いいでしょう」


 自分が上である、という意識が抜けきっていないのだ。どちらが上でも下でもなく、対等なのだからお互いにお願いします、と言って、最後にありがとうございます、を言えば、それだけで人間関係というのは円滑になるはずなのに……。

 なぜ強気でくるのだ? たかが客なのに。

 客であり、以下でもなく以上でもないのだ。


 そもそも店員と客以前に人と人である。挨拶、自己紹介――は、省くとして、最低限のお願いとお礼くらいは誰だって言えるはずだろう。

 子供でも言える。子供はそういうところ、しっかりとしているのだ。

 大人になればなるほどお礼が言えないのはなぜだ? 年下年上関係ないはずなのに。言わないのがカッコいいのだろうか。それ、カッコいいか? アップデートできていない人間にしか分からないカッコよさがあるのだろう。


「レジ袋はどうします?」

「いらない。マイバッグを持ってきてんだよ」

「へえ。そうですか。偉いですね」


 バーコードを読み取った商品を客へ返す。

 客はマイバッグに商品を詰めていき、


「ったく、時間かけやがってさ。最初からやれよ。じゃないとお前が会計を拒否したことで、こっちは勝手に商品を持ち去っちまうことになるぞ」


「万引きじゃん。まあ、できるならどうぞ。外には万引き犯を徹底して追い詰めるロボットがいますから。感情を持たないロボットは、決めておいた項目にチェックを入れるか入れないかで判断します。人間のように情に訴えても聞く耳を持たず、即刻、警察に通報しますからね。初犯も常習も関係ないですよ。それでもいいならどうぞ」


 感情で動く人間社会は、曖昧さを残し不正を横行させていた。だからこそ全てをロボットにすることで感情が挟まれることなく、ルールに基づき、線から出たかそうでないかで判断される。

 ルールを破れば罰がある。

 これまでの社会だってそうだったのだが、これからはもっとシビアだ。


 管理者が人間から機械になった。

 融通の利かない絶対的なコンピューター支配である。

 これが一番、トラブルがなく平和になる。

 ……ただしそろそろ刑務所が足りなくなってきているのが問題になっているのだが。


「チッ、生きづらくなったもんだ」


「こっちの手間は減りましたけどね。生きているだけで全員がリスペクトされるべき人間ですよ。へりくだれ、とは言いませんが敬意を表してもいいでしょう。全国民でそうしましょうよ、というだけの話なのに、できない人が多過ぎます……難しいんですかね?」


「難しいだろうな。だってここは老人国家だぜ?」


 ……老人を責めても仕方ない。

 だって五十年の積み重ねがある中で、急に五年もない期間でアップデートし、その人の当然が塗り替わるわけもないのだから。


 染みついた匂いというのはなかなか取れないだろう。洗い流して0にしない限りは。

 だから、若者はすぐに対応できる。

 積み重ねたものが十年もなければ、塗り替えるのは容易いのだから。

 若者と老人の意識に大きな差があるのは当然だった。


「老人国家、ですか」

「ああ。言い方を変えれば『もうすぐいなくなる人間ばかりがいる国』ってことだ。……大目に見てくれよ。あと数年で死ぬんだから、最後くらい、老人に威張らせてくれ」


「と、言いながらまだまだ五十年くらい生きるでしょ。平均寿命だって伸びてるわけですし……平均寿命が130歳とか、なんなんですか。どれだけこの世にしがみつくつもりですか」


 元気な老人ばかりだ。

 おかげで過去を知っている人が今を否定し、先導している。

 間違った方向へ、全員で傾くように。


 肩を組むように――――老人たちが一丸となって。



「この国はまだまだ沈まんよ」


「泥船なのは前提なんですね」




 …了

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客を選んで営業中 渡貫とゐち @josho

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