第29話 旅立ち。新たな景色と決意を胸にを
その日は、雲一つない晴天だった。
見上げれば青い空がどこまでも続いていた。
太陽の暖かい日差しが、魔湖の綺麗な水面に反射して輝く。
今日は僕がこの森を旅立つ日だ。
皆がその見送りに、魔湖の畔までついてきてくれた。
「アー君、ちゃんとご飯をたべるのですよ」
「はい!」
「毎日歯を磨いて」
「はい!」
「寝る時はお腹をしまいなさい」
「……はい」
「それと、女の子を手籠めにする時は責任をもって」
「し、しませんよ! もう分かりましたから!」
心配性のタマモさんがしつこく言ってくるので、たまらず言い返してしまった。もう子供じゃないのに。最後くらいカッコよくしたかった。台無しだ。
「小僧、いつか吾輩の故郷にもいってみるがいい」
「ドラゴンの里ですか?」
「ああ、気性の荒いやつばかりだが、吾輩の名をだせばすこしは協力してくれるだろう」
「……本当ですか? ギランさんって、たしか暴れ回って何度か里を半壊させたとか言ってませんでした?」
「うっ」
「逆に襲われそうですけど」
「ま、まあ随分まえのことだし、みんな忘れてるだろう、ガハハハハ」
ギランさんは大きな牙をのぞかせて笑った。
この笑い声もきけなくなると思うと、少しさみしくなるな。
すると、師匠が折りたたまれたマントを僕に手渡してきた。
「これは?」
「昔、仲間と旅をしていたときに俺が着ていたやつだ。特別な素材をつかってるから丈夫だぞ」
ひろげてみると、黒いシンプルなマントだった。
「いいんですか、大切なものでは?」
「埃をかぶせておくよりこの方がいいだろ」
「では遠慮なく」
着てみると少し大きかった。
でも大丈夫だと思う。
僕だってまだ成長するはずだ。
そしたら、このマントの似合う男になるだろう。
「いい感じです!」
「そうか。そうだな、よく似合っているぞ」
「はい!」
こんな何気ないやりとりもこれでしばらくお預けだ。
いまはこの光景をすこしで沢山、この目にやきつけておこう。
「そういえばアリエルの姿がみえないが、呼び出さないのか? せっかくの旅のはじまりだというのに」
「あの子はもうよびだしていますよ。ちょっと準備して貰ってるので、ここにいないだけです」
「準備?」
「まあ、気にしないでください」
「……そうか。まあいいさ。そうだ、歩きで旅をするのは大変だろ。俺が昔契約した馬の魔獣をつれていけ」
師匠がそういって召喚術を行使する。
現れたのはまっしろな白馬だ。
「ただの馬にみえるが、こいつは魔獣でな。初心者でも簡単に乗れるし旅の相棒にぴったりだ。名前はシスラ。さあ、契約するといい」
「わかりました」
『魔獣よ我が魔力を糧に契約を』
「ヒヒン!」
指先で魔力をおくると、魔力を通じてつながった感覚が伝わった。
「これからよろしくね」
首を撫でてあげると、うれしそうに顔をこすりつけてきた。
試しに跨ってみると、暴れることもなく素直にのせてくれた。
「それでは、そろそろ行こうかと思います」
「故郷に顔をだすのか?」
「いえ、それはあとにしましょう。まずは、いろいろ見て周ろうと考えてます。やりたいこともできたので」
「ほう、森を出たがらなかったお前がやりたいことか。いったいなんだ?」
「ふふふ、それは秘密です。でも、まあ手始めに盗賊でも捕まえて、手柄でも立てようかと考えております」
そういうと、皆がビックリしたように目を丸くした。
まあ、魔術しか興味のなかった僕が、こんなことを言うのはらしくないもんな。
「驚いた、出世欲なんてないと思っていたが」
「ガハハハ、いいじゃないか。男は気張ってナンボのもんだ。存分に暴れてくるがいい」
「戦うアー君もお可愛らしいですよ」
「ええ、頑張ってきます」
僕がそういうと、師匠は満足そうにうなずいた。
「あ、そうだ。師匠最後にお願いがあります!」
「なんだ?」
「師匠の苗字を僕に下さい」
「……お前にはロータスという名があるだろうに」
「師匠が元いた世界では知りませんが、この世界では父の家名を引き継ぐの通例ですので。都合が良いことに、僕が父と思っているのは師匠だけですから」
「ふん、最後まで我儘な弟子だな。いいだろう、アジュール・フジワラ。お前の冒険には、多くの出会いと、試練が待っているだろう。それでも前を向き進み続けよ」
「はい!」
「では行ってこい」
「はい! いままでありがとう、ございましたッ!」
思わず言葉が強くなる。
ちょっと、泣きそうになってしまった。
けれどこの別れに涙は似合わない。
だって、こんなにも幸せな気持ちなんだから。
シスラを歩かせる。
ぱから、ぱから、と心地よいリズムで進んで行く。
樹海のまっくろな葉がかぜにふかれてゆれる。
おもえばいろんなことがあった。
最初は死を覚悟してこの樹海を訪れたが、色んな出会いがあり、試練があった。
師匠の言葉を借りるなら、屋敷をでたあの瞬間から僕の冒険は始まっていたのだろう。
踵でシスラのお腹を撫でると少しスピードがはやくなる
ぱから、ぱから、ぱからと快音をたたく。
大きく息を吸い込む。
嗅ぎなれた樹海の腐葉土の香りがして清々しい気持ちになる。
まるで、この雲一つない晴れやかな空のように。
僕にはやりのこしたことが一つあった。
それは、師匠が魔術でつくった魔湖だ。
僕はあれをみて、いつか同じ規模の魔術を成功させて皆を驚かせてやろうと決意していた。
残念ながら、いまの僕の実力では叶わないだろう。
―――でも、僕はもう一人じゃない。
「アリエル、クラウ!」
(じゅんびおっけーだよ!)
「ぐあ!」
「いくよ!」
クラウが大きな麻袋を咥えて大空を飛翔する。
魔湖を大きくかこうように、翼をはためかせてとんでいく。
クラウが運ぶ麻袋から、黒い粒がぱらぱらと零れ落ちていく。
アリエルがそれを風でちらす。
粒がなくなると、次の麻袋が地上から投げれられて、クラウがキャッチする。
麻袋を投げたやつはサバイバルで仲良くなったあの猿の魔獣だ。
僕がぐっと、親指をたてると、猿の魔獣が嬉しそうに飛び上がって、そしてクラウのあとを追う。
(ふふ、あの子に名前くらいつけておけばよかったな)
そんなことを考えていると、クラウ達が予定通り魔湖をぐるっと一周した。
僕は右手を掲げた。
『大地の恵みよ、生命の力を解き放て 全ての生命に繁栄の祝福を……」
この魔術には作物の成長を促進する効果がある。
クラウ達が撒いていたのは、サバイバル期間に秘かに集めて、育てていた花の種だ。集めた種の一粒一粒には、出立の直前まで僕の魔力を込めていた。
いまの僕の実力では同じ規模の湖をつくれないけれど、魔力を通わせた種なら、同じ規模範囲で影響を与えるくらいはできる。
感謝の気持ちが届くように、大声で詠唱する。
『土性魔術第五・
魔術の光が広がる。
ぽつり、ぽつりと種から緑が芽吹いていく。
急成長した芽から蕾がみのり、やがておおきな花を咲かす。
魔湖をかこうように、黄色い花が咲き乱れて、黒一色の味気ない樹海に明るい色の花畑が誕生する。
「どんなもんだい師匠、僕だって負けてばっかじゃないんだぞ」
やってやった。
きっといまごろ、みんな驚いているだろう。
踵でシスラのお腹を小突く。
ぱかり、ぱかり、ぱかり、ぱかりと速足でかけていく。
景色が流れていく。
僕の大切な想いでがつまった場所が遠のいていく。
でも、大丈夫だ。
必要なものは全部師匠達に貰って、
頑張ろう。
どんなに大変なことがあっても挫けずに。
辛いことがあったら、思い出せばいいんだ。
ここで過ごした日々を。
「頑張ろう」
これからの人生を。
いまから幕があけるこの冒険を!
「頑張ろう!!」
全力でめいいっぱい生きてやると僕は決意した。
◇
さわやかな甘い花のにおいが香る。
魔湖のほとりに咲いた黄色い花をミロクがみつめる。
「まったく最後までやっかいな奴だ」
「アー君はとんでもないサプライズを残していきましたね」
「がはは、まさかこんなことを仕込んでおったとはな」
ギランが豪快に笑い。
タマモが慈しむように花を愛でる。
アジュールが立ち去っていった道をミロクが眺める。
「頑張れよ、馬鹿弟子め」
――――――――――――――――
これにて一旦完結とさせて頂きます。
最後までお付き合いしてくれた方々に感謝します。
本当にありがとうございました。
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「お前を追放する!」と、怒鳴られ投げつけてきた物は……金貨だった
タイトル
『ちょっと女神様っ、この世界の悪役は癖が強すぎです!』
https://kakuyomu.jp/works/16818093089813162636
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追放された魔術師アジュール・ロータスは、異世界の魔法学体系を学び世界をぶっこわす 街風 @aseror-t
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