第28話 これまで。そして、これから

 時間が止まった。

そう表現するしかない事象が、実際に目の前でおきている。

理解の範疇を超えていた。

ヤバイ人だとは知っていた。

実力の底も、まるで分らない人だった。


でも、これはないだろう。これは。

非常識とかそういう次元じゃないと思うんだけど。



「あ、あの師匠?」

「はあ、お前はわがままな弟子だよ。いうことは聞かないし、駄目だといったら好奇心に負けてやってしまう」

「……面目ないです」


いや、本当に。

ごめんなさい。まさかこんな大事になるとは思ってなかったんです。


「師匠、色々と質問したいことがあるんですけど」

「……めんどうだ。いっきにまとめてしてくれ」

「は、はい。えっと、まずこの魔術はなんでしょうか?」

「『技名』だ。実際に時を止めている訳ではない。空間を静止させているだけだ。はい次」

「は、え。じゃ、じゃあ第十三


 めんどくさそうな口調で師匠はぶっきらぼうに呟く。

こんなに凄いことが同時に起きているのに、さもなんでも無いような態度だ。

色々と聞きたいことがあったのに、僕の自尊心がボキボキと折られていく幻聴が聞こえる。


「あ、あの……もういいです」

「そうか。しかし、面倒なことをしてくれた。コイツはその内倒すつもりだったが、時期が悪い。魔力が足りるか……ギリギリだな」


師匠でもそんなに苦戦するのか。

師匠の魔力量がどの程度か知らないが、一方的に動きをとめているのだ。

余裕そうにもみえるけど。


「アジュール覚えておきなさい。こいつらの超回復は異常なまでに高い」


そういって、師匠は腕を振った。

すると、静止していた時間がまた動き出した。


「えええ!?? なんで解除するんですか!?」

「動きを止めたままでは授業にならないだろ?」

「……無茶苦茶だよ」


化け物が放った破壊光線が僕らのもとに迫ってくる。

タイミング的には、もう間に合わない。

それでも、師匠は焦る様子すらみせない。


「教訓その一、間に合わないと思ったら、詠唱は破棄しろ」



『火性魔術第十・魔界ノ焔アビスフレイム



発現した黒い炎が破壊光線に纏わりつく。

燃えるはずのない光の魔力が、黒い炎に触れただけで瞬く間に消し炭にしてしまう。


「……」


 言葉もでないとはこのことだ。

詠唱を破棄って、そんなの教わってないですよ師匠ぉ。


「教訓その二、力でも負けるなだ」


師匠がゆっくりと化け物に向かって歩く。


一歩、二歩と歩き、そして消えた。


おそらく魔術で強化された身体能力で駆け抜けていったのだろう。


ズゴンと爆発音が響き渡る。

発生源のほうへ視線を向けると、師匠が怪物の顔面を殴りつけていた。

一発なぐると、化け物顔面の半分が砕け散る。

手を休めることなく、師匠が殴りつける。

ズゴン、ズゴン、ズゴンと。


それだけで、怪物の上半身が吹き飛んでいた。


「あいつらはこれでも死なない。完全に消滅させなければ復活する」


そして、師匠はいつのまにか僕の後ろに立っていた。

音すらなかった。

もうホラーだった。


「堕天使の結界を覚えているか?」

「はあぃ」

「あいつの複合魔術は不完全だった。それは、あいつの技術が低いのではなく、光と闇の相反する属性を融合させるのが難しいからだ。あれは本来一人でおこなう技ではない……きたか」


上空を見上げるとギランさんと、その背中にタマモさんが乗っていた。


「難しい魔術を完成させるにはこういった方法もある」


夜空に光が差す。

ギランさんの光属性の魔術の前兆だ。


『無数の星々を束ねる光を纏いし古の神々よ その輝きは全てを支配する 集いし光を我が力とし 燃え盛る輝きで敵を消し去れ 永遠の光を世界に示せ 光の深淵より降臨せし力よ、闇を打ち払い勝利をもたらせ……』


それに被せるようにタマモさんが詠唱を始める。


『無数の影を束ねる闇を纏いし古の神々よ その暗き力をもて全てを閉ざせ 破滅を我に貸し与えよ 終焉と共に敵に降り注げ 無音の恐怖をもて世界を覆え 闇の深淵より降臨せし力よ、光を奪い去り絶望の影を広げろ……』


同時に唱える。


『光性魔術第十・真理光ルクス・アルティマ

『闇性魔術第十・虚無滅ネメシス・ヴォイド


夜より暗い漆黒の魔力と、星々の輝きをかき消す眩い魔力。

二つの大魔術が同時に出現する。


そして、師匠は二つの魔術を掴むように両腕を掲げた。


『光と闇の交錯する深淵よ、絶対の力を我に与えよ 全てを包み込む混沌の力で、あるゆる敵を破壊しろ その無限の力で世界を覆い尽くせ 神々も恐れる混沌を我に見せつけよ 終焉の鐘を鳴らせ 光闇カオス魔術第十五・崩壊の残響ルイン・カタストロフィー


光と闇が混ざり合い一つの巨大な魔力へと変貌する。


トリプル詠唱。


師匠の術によって二つの大魔術が完璧に混ざり合い究極魔術へと昇華する。


「消えうせろ」


巨大な魔力が化け物へ放たれる。

強烈な閃光が迸り衝撃波が発生する。

風が吹き荒れる。

暴風と衝撃に耐えながら、うっすらと瞼をあけると、化け物が消滅していた。








 破壊の傷跡がのこる荒れ果てた森で、師匠と二人っきりで歩く。

しばらく歩いてるけれど、お互いにずっと無言だった。


なにを聞けばいいのか分からない。

どうして森にあんな化け物がいるのか。

なんで僕にずっとそれを秘密にしてきたのか。


うーん、うーんと唸っていると、師匠歩みを止めて振り返る。


「どうして森に入った」

「……師匠の秘密を暴こうとしました」

「なぜそんなことをした」

「……もし師匠に困っていることがあって、僕がその手助けをできれば、追い出されないかと考えました」

「……」


だって、そうでもしないと一緒にいられない。

僕は師匠が好きだ。タマモさんが好きだ。ギランさんも好きだ。

離れ離れなんて悲しい。

いつまでも皆の隣にいたい。

同じ時間を共有して、喜びを分かち合いたい。

それができないなら……僕に生きてる意味なんてない。


「……俺はお前が嫌いで追い出しているわけじゃない」

「はい、わかっています」

「お前に幸せになってほしいと本気で願っている」

「……それもわかっています」

「それでも、ここを出たくないのか」

「はい」

「……」


沈黙が辛い。

わがままを言っているのは自覚している。


「もうすこし歩こう。お前に見せたい景色がある」


そういって師匠は歩き出した。

僕はその背中を追う。

とても、おおきな背中だ。

小さな頃から追いかけてきたつもりだった。

でも、一生追い越せないんじゃないかと感じている。


「少し、俺の過去をはなそう」

「師匠の?」

「ああ」


初めてだ。

師匠が自分の口から語るのは。


「俺はこの世界にくるまえ、どうしようもないやつだったんだ」

「前の世界でですか?」

「ああ、いわゆる引きこもりってやつだ。その理由も情けくてな、ずっと友達だと思って人達に裏切られたんだ」

「……意外ですね。師匠ならそんな人達力ずくで退治しちゃいそうなのに」

「あの頃はいまみたいな特別な力なんてもってなかった。どこにでもいる……いや、普通の人達よりもずっと弱かった。ただ世界を憎むことしか出来なかった。どうして、俺は悪くないのにこんな目にあうんだろうと……目に映る全てを憎むことしか出来なかったんだ」

「……」


それは、とてもいまの師匠の姿からは想像できないものだった。

だって、それはまるで昔の僕だ。

屋敷にいた頃の、なにもかもを憎んでいた時の、弱い頃の僕。


「そんな俺が、望んでもないのにこの世界に連れてこられた。やりたくもないのに、世界を救えだとかそんなお願いばかり押し付けれた。ふざけんなよって思ったさ。テメエらの都合で呼んでおいて好き勝手いいやがって」

「師匠はそれでも、皆に協力したんですか?」

「……結果的には、な」


それだけで凄いと思う。

僕だったら絶対に協力なんてしてあげない。

ましてや、なにもかもを憎いと感じていた、視野の狭かったあの頃ならなおさらだ。

それでも、師匠は力を貸した。素直に尊敬できる。


「けど、別に意図してそうしたわけじゃないんだ。なんたって、こっちの世界に来たばかりの俺は魔術も魔法も使えなかったからな」

「えっ!? そうなんですか!?」

「ああ、お前と同じ状況だったんだよ。大量の魔力を持っているせいで、魔素が感知できない。魔法が使えなかったんだ」

「魔術はなかったんですか?」

「なかった……魔術は、不能者である俺を不憫に思ってくれた仲間達が、力を貸してくれて一緒に作り上げたものだ」

「てっきり、師匠の元々の世界のものだとおもってました」

「ふん、俺の世界には魔法も魔術もなかったからな。苦労したぞ。俺をこの世界に呼んだ奴等は、あれだけ協力しろとほざいておいて、俺が不能者だと分かった瞬間においだしたからな」


その時の師匠の気持ちは痛いほどわかる。

僕だって自分で望んでこの世界に生まれた訳じゃない。

なのに、普通の人と違うからって、弱いものを虐めるやつらの神経が理解できなかった。


「金もなく路頭に迷っていた俺を仲間達が拾ってくれた。最初は心を開けなかったけど、皆は俺のために力を貸してくれた。寝る間も惜しんで魔術の研究を手伝ってくれた。だから、俺にとって魔術は大切な宝そのものだ」


なにかを思い出すように、師匠は遠い空を眺める。


「楽しかった。心から笑えたのは久しぶりだった。俺は仲間達と旅をして色んな場所を巡った。沢山の綺麗な景色をみた。大勢の優しい人達と出会った。前の世界では全てを憎んでいたのに、こっちにきて俺はこの世界が大好きになった。守りたいと思えたんだ。あの人達の住む場所を、笑顔を、幸せを。俺を呼び寄せた奴らのためじゃなくて、心から親愛する仲間達のために」



小高い丘を登り、師匠が足をとめた。


「綺麗ですね」


そこからは絶壁内の森が一望できた。


「さっきの怪物……お前は倒せる自信があるか?」

「たぶん、まだ厳しいです。あれはいったいなんですか?」

「あれは怪獣だ」

「怪獣?」

「……ああ。俺はそう呼んでいる」


師匠は苦虫をかみつぶしたような、苦しそうな声音でそう答えた。


「俺はあいつらを封印するために、この地にとどまりつづけている」

「……500年もですか?」

「ああ」

「どうしてですか? 師匠ならさっきみたいにたおせるはずじゃないですか!」

「あれは怪獣の残滓みたいなもんだ。あれをみろ」


師匠が指さした先には……何もなかった。

ただ森が広がって連なる山の稜線がみえる牧歌的な風景だった。


「ここからだと遠くて分かりずらいからもしれないがな、あれは山じゃない。全て怪獣だ」

「……は!?」


そんなハズはない。

あれが怪獣?

ありえないだろ。

大きさが。

100メートルとかそんなレベルじゃない。

1000メートルは優に超えている。

それが、怪獣だって?


「森のいたるところにある亀裂は俺がつくった結界だ。あれがあるからこそ、こいつらを封じ込めれている。そして、俺の魔力のほとんどはこの結界の維持に使っている」

「……師匠がたまに魔力がないとぼやいていたのをようやく理解できました」


師匠はあまり魔力を使っている姿を僕に見せなかった。

それなのに、魔力吸収効果のある冬魔草のお茶を良く飲んでいた。

それには、こういう理由があったのか。


「……倒せないですか?」

「無理だ。一体程度なら意地でも道ずれにしてやる。だが、あの数は無理だ。いまはアイツらは休止しているが、結界から解き放たれた瞬間に目を覚ますだろう」

「あれが動き出したらどうなります?」

「この世界は終わるだろうな」

「……だから師匠はこの森に住んでるんですか?」

「ああ。この結界のために俺はここから離れられない」

「五百年もこうして?」

「……ああ」

「……っ、そ、そんなのあんまりですよ!」


思わず叫んでしまった。


「理不尽じゃないですか! 師匠はこの世界の人じゃないんですよ!?」

「……そうだな」

「それなのに、この森でずっと気の遠くなる時間を過ごさなきゃいけないなんて!」

「……」


あまりにも身勝手な理由だ。

この世界に住む人はそれでいいだろう。

でも、無理矢理つれてこられて、そんな目に合わせられるなんて辛すぎる。


師匠だって本心から望んでやってるわけじゃないはずだ。


「どうしてそんなことを引き受けたんですか!」

「……」


師匠はなにも答えてくれない。

ただじっと、遠くの景色を見つめる。


時折、師匠はこんなふうに遠いどこかを眺めるような目をする。

きっと過去の思い出を思い浮かべているのだと思っていた。


それが、どんな気持ちで、何を連想していたかなんてわからなかった。

ただ、そんな時はきまって寂しそうな顔をしていた。


でも、いまなら少しわかる。

懐かしんでいたのだ。

かつての仲間たちを。

彼らとみてまわった風景を。

その頃の楽しい想いを。


結果的に師匠は世界を救ったと言った。

でもそれは嘘だ。

だって、優しい師匠のことだ。

世界が滅ぶなんて言われたら断れないじゃないか。

選択肢なんて最初からないも同然だ。


師匠は夜になると泥酔するまで酒を飲む。

どうしてだろうとずっと思っていた。

もしかすると、忘れようとしていたのかもしれない。


かつての仲間たちとの思い出を。

彼らとみてまわった風景の美しさを。

楽しいかったあの頃の感情を。


全部を忘れて、孤独から目を背けようとしていたのかもしれない。



誰かを救うために人生を犠牲にするなんてきれいごとだ。

孤独がどれだけ辛いか僕は知っている。

屋敷で過ごした暗い部屋での一年間は永遠にも感じた。

それを師匠は先の見えない500年間という長い時間をずっと……



「こんなの奴隷と変わらないっ!」

「……」

「許せない。こんなことを師匠にお願いした人は悪魔だ!」

「アジュール」

「うっぐ」

「泣くな。俺が納得してやっていることだ」


言われて気がついた。

ぽたぽたと、とめどなく涙が溢れてくる。


「うっぐ、うう、納得してるはずありません! できないですよ! こんなのヒドイ、あんまりだぁ」


胸が苦しくなった。

師匠の運命があまりに呪われていて。

けれど師匠がいなければ僕もこの世界の人も皆死んでしまう。

結界の維持なんてやめていいって言ってあげたかった。

でもそんなこと言えないと思った。

あまりにも師匠が背負っているのもが大きすぎて。

口が裂けてもそんな無責任なことは言えなかった。


自分のことのように心が痛かった。



「どうじで、師匠じしょう平気へいぎでいらるんでずが!」

「……俺はこの世界が好きだ。恨むしかできなかった渇いた俺の心に優しさをくれた。人を愛する喜びを教えてくれた。大切な人を守る力をもらったんだ」

「ぐう、で、でもぉ」

「アジュール、俺はお前を愛している」

「……うぐ」

「息子のように思っている」

「……うううぐぐぐ」

「だから、お前にも俺の愛する世界を知って欲しいんだ。かつて仲間とみた美しい景色を、多くの人達の出会いを、知って欲しい。俺の守るこの世界を、お前にも愛してほしい」

「……はい゛」

「……こい」


師匠が手招きする。

近づくと両手で抱きしめられた。

こうして師匠に抱きしめられるのは初めてだった。


「人生の経験というものは、どんな魔術きせきでも得られないかけがえのものだ。いつまでも俺はここにいる。お前はお前の道をゆけ」

「うわあああああああああああ」


もう返事も返せなかった。

ただうなずいて、師匠の胸で泣くことしかできなかった。

そして師匠は僕が泣き止むまで、力強く抱きしめてくれた。

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