第10話 お調子者としっかり者
あぁ……そういえばこいつらも、ケーキ屋に並ぶって話てたっけ。だけど、まさか前に並んでいるとは思わなかった。
ここは、知らなかったていで話し掛けるか。
「あー……ども」
…………。はい、以上です。特に親しいわけでもない相手との会話なんて、こんなもんだろう?
絶賛コミュ障発揮中の俺に対し、コミュ強筆頭の水沢が、他のクラスメイトと話す時と変わらないテンションで喋り続ける。
「無月くんもケーキ? なんか意外かも。ケーキとか自分で買って食べるようには見えないのに」
「……妹に頼まれたんだ。ここのケーキ屋が新しくできたから、買ってきて欲しいってさ」
「お~。無月くん、妹ちゃんいたんだ。妹ちゃんに頼まれて買ってあげるなんて、お兄ちゃんしてるじゃ~ん」
うりうり、と肘でつついてくる水沢。なんか距離近くない? 俺のこと好きなの? 勘違いしちゃうぞ。
まあ、当然そんなことはないのは重々承知している。俺を好きになる酔狂な奴なんて、この世に存在しないからな。俺だって、俺自身面倒くせぇ奴だと自認しているし。
それとなく距離を取ると、高槻が水沢の頭にチョップを入れて呆れた顔をした。
「やれやれ……すまない、無月。夏希は昔からこういった感じなんだ」
「ああ、お調子者的な」
「まさしく。何かあったら、すぐ私に言ってくれ」
高槻は朗らかに笑い、今度は水沢の頭を撫でた。
いい距離感の二人だ。お互いがお互いを信頼している感じがする。
「昔からってことは、幼なじみなのか?」
「ああ。かれこれ、生まれた産院や誕生日も一緒だ」
ほほう。そりゃあ珍しい。なんとも運命を感じる。これが男女だったら、ラブコメが始まってるところだ。
高槻と軽く離していると、水沢がじっと俺の顔を見て来た。女子にそんなに見られるの、慣れてないからやめてほしい。……最近は香澄に見られることが多いけどさ。
「なんだ?」
「ん~……いやぁ、無月くんって、意外とお話できるんだなーと思って。教室にいる時の君って、雫玖ちゃん意外と喋らないじゃん?」
失礼な。そんなことは……あるな。俺、多分香澄以外だとカラオケ誘われた時の鷹峰くらいしか喋ってない。しかも断ったし。
ここ数日のことを思い返していると、高槻が慌てた顔をした。
「こ、こら夏希。す、すまない、無月。この子は後で怒っておくからっ」
「ああ、気にしてない。水沢の言う通り、まったく喋ってないからな。友達もいないし」
人間関係を煩わしく思っている俺が、自発的に友達を作りに行くわけがない。相手から来ても、俺の性格の面倒くささですぐに離れていくだけだ。ま、俺にはそれくらいの距離感の関係くらいが丁度いいんだけど。
過去にいろいろ話し掛けて来た同級生のことを思い出していると、水沢が首を傾げ、下から顔を覗き込んできた。
「ねえねえ。なんで雫玖ちゃんとはお話するの? もしかして幼なじみとか、中学の同級生とか?」
「いや、あいつが一方的に話し掛けてくるだけ。初めて会ったのは高校の入学式だ」
「ほへぇ~……?」
表情から「なんで?」という言葉がありありと伝わってくる。
香澄曰く、俺が『無臭』だかららしいけど……そんなこと、事情も知らない奴に説明しても理解されないだろうからなぁ。あいつの鼻がいいって話も、俺がしていい話題じゃないだろうし。
「詳しいことは香澄に聞いてくれ。俺は知らん」
「うん、わかった!」
元気いっぱいの返事をすると、ちょうど水沢たちの番が回って来た。
水沢が店員にあれこれ注文している間、高槻は俺の傍で微笑み混じりのため息をついた。
「本当にすまない、無月。夏希は少々、無神経なところがあるんだ」
「俺は気にしてないから、高槻が謝ることじゃないぞ。それより、注文に行かなくていいのか?」
「ああ。私はガトーショコラしか食べないからな。夏希も知っているから、安心して任せられる」
へぇ……なんかいいな、気を使わない関係って。俺も気を使わない幼なじみが欲しい。……いや無理か。多分相手が俺の価値観について来れない。
注文した水沢が、番号札を手にルンルンと戻ってきた。
「真帆、ただいまどーんっ」
「ああ。おかえり、夏希」
抱き着いて来た水沢を、優しく迎える高槻。なんともほのぼのした光景だ。こういう感情は、心がざわつかなくて落ち着く。
「俺も注文しに行く。じゃあな」
「うん。またね、無月くん」
「また学校で、無月」
……また、か。まさか香澄以外のクラスメイトに、そう言われるとは思ってもみなかったな。小、中学の頃の俺が聞いたら、耳を疑うだろう。
なんとなく気恥ずかしくなり、二人に手を振って別れ、ケーキを注文しに行くのだった。
甘口少女は、恋の匂いに溺れる。 赤金武蔵 @Akagane_Musashi
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