10 かつての憧れ
「……もう我慢ならん! ちょいとキミ!」
「はて、何の御用でしょうか?」
あれから数えて……ああ、二十七ちょうどだろう。
少し疲れた表情をした美人さんな冒険者が俺に話しかけてきた。
これまでギルドに来た時も散々話しかけられたり因縁をつけられたりオタサーの姫、もとい冒険者ギルドの王子扱いされたりしてきたわけだが……この人はそれに当てはまらないと思っていたんだがな。
この王都近郊のベッドタウンにある冒険者ギルド、ここには優秀な冒険者が比較的多く集まっている。
とはいえ、冒険者なんてやっているので当然気性は荒い。
前世でもアスリートは性欲が強いというのは割と周知の事実だったのではないだろうか?
それに少し近いのかも知れない。
この世界では特定の伴侶がいるような女性はまず浮気はしない。
相手に愛想を尽かされるのは嫌なのだろう。そもそも、その相手がいかなクソ男でもどっぷりと浸かって夢中になるのがこの世界では当たり前に近い。
だが、相手がいない……とりわけ、経験すら持たない女性はこうやって気を引こうとしてくるわけだ。
特に、完全に女社会であるこの世界に、わざわざ入ってくるような男は食い物にされるのがオチだろう。
だが、この人は……昔の俺が憧れていた人でもあった。
十年ほど前のU18の世界武芸比興、ようするに高校生までの戦士たちが団体戦を以て世界最強の座を競う大会にて主将を務めていたのだ。
決勝の相手。最強の大国『アルジエート』との戦いにおいて、味方たちがみんな先鋒の少女にごぼう抜きされてゆく中、満身創痍になりながらもたった一人で五人抜きを達成し世界一の栄冠を齎したあの感動は忘れられない。
その後、冒険者として活躍を重ねつつも、控えめに言って『思っていたほどではない』程度に落ちぶれながらも他の冒険者たちの良い見本としてやっていたはずだ。
……噂など当てにならんか。いや、今まで絡んでくることもなかったし、そういう輩を一喝して止めたりもしていたんだがな。
彼女も人、そこらはコントロールできんか。
「……あの大会のインタビューにて、憧れの戦士として私を挙げてくれていたじゃないか! なのになぜ、こうも話しかけてこないのだ! 二人も女を侍らせて、聞けばあのご令嬢とも噂が立っていると聞く! それなのに……私では駄目なのか?」
少しだけお酒臭い口から馬鹿みたいな言葉がズンズンと進み出てくる。
……ああ、この人結構駄目な人だった。
アレは目標にしたい冒険者などいなかったから、とりあえず貴女を憧れとして挙げただけなのだがな。
今でもまったく憧れていないとは言わんが……ああいや、しかし憧れに挙げておいて挨拶にも向かわないのは礼を失するにも程があるか。
ただ、戦士としての憧れと女として求めるかどうかは違うだろうとは思う。
鷹野さんは呆気にとられながらも俺を守る姿勢に移り、冥は完全に勝ち誇るようにして俺の手を握り始めた。
いや、待て。今の俺では片手でB級中位の冒険者の相手など無理だぞ。
頭の中で強く念じる。『今の我らでは容易くは勝てない。こんなことで俺を取られても良いのか?』と。
全力でも2:8以上の割合で俺のほうが分が悪いと言うのに……。
理解してくれたのか、剣に手をかけてくれた。
俺も最低限の臨戦態勢に入る。
「これは失礼しました。しかし、まだF級であり初陣も済ませていない俺などという小物があのB級の冒険者……それも憧れていた剣士に話しかけて良いものかと逡巡しておりまして」
「そういうことだったか。だが、君はあの日の私よりも遥かに才能に溢れている。今の私と比べるなどおこがましいほどに優れていると分かっている。そもそも、今では若手に指南するのは趣味のようになっていてね。やはり、問題はないよ」
「……ですが、一つ問題が浮上しました。俺の言う『憧れ』をあなたは恋心と混同してしまっているのでは、と」
「……すまない。さ、流石に年が離れすぎているものな。嫌だったか……」
先輩はいきなりシュンと落ち込んだ。
「俺があなたに抱くそれは、恋などではありません。……ですが、再び輝く道もあり得るとは思っていたのですがね。こうも危なければ近寄るのは難しいと言わざるを得ないでしょう」
「再び輝く? 私がか?」
今度はきょとんとしていた。ちょっとカワイイかも知れない。
身長は175を超えるくらいで、筋肉も結構ついている。
美人ではあるが、好みの容姿とは言い難い。
そもそも年の差がありすぎるから落とすつもりはないけど、ちょっともったいないかなと思ってしまった。
そんなことはおくびにも出さず……冥に悟られるのが怖いからな。
だが、悟られてしまったらしい。呆れるような視線を送られた。
『さすがに好みの幅が広すぎるわ。出会った女を全員嫁にするとかはさすがにやめてね? 寛大な心を持つ私と言えど、嫉妬心が抑えきれなくなって皆殺しの所業を行ってしまうかもしれないわよ』とのこと。
『こうなったらいっそ、私達二人以外の全生命を殺し尽くせば……』とかなんとか、暗い笑顔を浮かべて続けていたので、剣気を殺意として収束させて頭蓋に叩きつけた。
『やっとこちらを向いてくれた』、と言わんばかりの笑顔がとってもキュートだった。
俺が最も悪いとは言え、冥もなかなかにクレイジーだと再認識せざるを得ない。
「あくまでも可能性の話でしたがね。ですが流石に、B級の大物をこの段階で引き入れるのは不味いと判断せざるを得なくなりました。元々決まっていたことではありますので……」
「キミたちについていけば再び栄光を見られたかも知れないということか。その可能性を私の手で完全に消した……。だが、私を引き入れては流石に問題が起こるだろうな。ならば仕方ないだろう。しかし一つ、指南いただきたい。……どうすればこの閉塞状況を打破できる?」
その目だ。俺が憧れたあの頃の先輩の瞳……!
高校生の若造、それも侮られやすい男なんかがアドバイスして良いものか迷っていたが、このぶんなら問題はない。
「であれば一つ。……慎重になりすぎてはいませんでしたか?」
「冒険者として慎重は美徳だ」
そういいつつも心当たりはありそうだ。表情から読み取れる。
「死地を経験したのは最後にいつでしょうか? 対等以上の敵と戦ったのは、果たしていつですか? 俺の予想では……八年は前、なのではないでしょうか?」
「なぜそれを……」
「俺が言えることはただ一つ。貴女は死地より生還してこそ強くなれるということ。今のままでも一生楽しく人生を過ごせるでしょう。B級の冒険者など滅多にいない。引退するのは二十年は先でしょう。その安定志向であれば……その時が来るのははたまた三十年、四十年先のことかもしれません。ですが……その程度で貴女は満足できますか?」
「ちょっと! 先輩に喧嘩売るのにも限度があるって! す、すみません。この子、ちょっと強すぎて自信に満ち溢れすぎちゃってると言うか……」
鷹野さんにフォローされた。だが、先輩は深く考え込んでいる。
あのS級にすら届くやもとすら謳われた伝説的な才能と栄光に満ち溢れた過去。
安定はしているが、『ただの人』に落ちぶれた今。
それを比較しているのだろう。どちらがより良い人生を歩めるのか。
「……そうだね。死ぬのが怖くなりすぎていたのかも知れない。それが本当なのか、何故それがわかるのかは聞かない。君にもわかっていないんだろう?」
「経歴と昇進のスピード、剣気を探って得られた情報から再構成した回答としか言えませんね」
事実、俺の知っている情報はこれだけ。
別に未来人でもなければ鑑定チートを持っているわけでもない。
他の伸び悩んでいる人に同じようにアドバイスをあげられるかと言われると、それはその人次第としか言えない。最悪、残酷な回答をせざるを得ないかもしれない。
だけど、これは事実と言って間違いないだろう。
なんとなく疑問に思っていたことを、剣気を探ることで明確に知ることができた。
「そうか。ありがとう」
そう言って深々と頭を下げられた。
「先輩に頭を下げさせるのは外聞が悪いのですが……」
「それもそうだね。すまなかった。……だが、もしも、本当にもしも……A級に昇格できたときには少し考えてくれないかな?」
「十以上も年齢(トシ)が離れていれば、互いのためにならないでしょう」
ああ、駄目だ。前の世界の論理で語ってしまった。
この世界、年の差婚はそこまで珍しくない。
ガッついてくる同年代の女子と比べて、既に結婚なんてものは諦めているからかある程度余裕を持って接せられる大人の女性に惹かれる男というのは結構いるのだ。
材料を間違えたか。
「ふふ。たしかに、私は君の好みからは外れているようだな。だけど、その頃には無駄に鍛えた筋肉もいくぶんか衰えているだろうし、できるだけ君の好みに合わせられると思う」
魅力的な申し出か否かで言われれば、魅力的と言わざるを得ない。
……どうしようか。
「まあ、身長と年齢だけはどうにもならないが……年齢に関しては、ちょっと金銭的に無理して若作りすれば見た目だけならばどうとでもなるからな。趣味も当然君に合わせる。……どうかな?」
たしかに、金さえかければ見た目だけなら簡単に維持できる。
この世には67歳で現役を続けている少年アイドル……見た目だけは少年だな、うん。ともかく、そういうやつだっているわけだから。
B級として精力的に活動したり、A級に上がれるほど極まった暁には幾らでも金は入ってくるだろう。
となれば、容姿はこのまま一生変わらない……か。
……その時になってみて、ちゃんと想いに答えるかはわからない。
十歳差というのはこの世界ではそうでもなくても、前世の世界では大きい障壁だったのだから。
俺の常識から考えると……少し難しいところがある、と思う。
「貴女であれば、たしかに有言実行してくれるのでしょう。その時の貴女はきっと、衝動を抑えるのが難しくなるほどに美しくなっているでしょうね。……ですが、乗れません。俺のような信用ならない男は諦めるべきでしょう。未来の貴女であれば、『選べる側』でしょう? 俺よりもいい男を見つけてくれれば、それが一番ありがたく……」
「残念。振られちゃったな。だけど、そう簡単に諦めたりはしないよ。もちろん、君が嫌がるようなことは絶対しないし、迷惑だと思われるようなら他の支部に行く。だから、その範囲で振り向かせられるように頑張るからね? 君たち……というよりは、吸血鬼の子、冥さんなら諦めがたいのはわかるんじゃないか?」
「私ならば諦めるという選択肢はないわ。もしも、絶対にありえないけれど……たとえどれだけ嫌われてしまっても、再び振り向かせてみせると決めているもの」
「それは君たちの関係性があってこそだな。私にはそういうのはないからね。……それで、どうかな?」
「そこまで想ってくれているのであれば……その時はしっかり考えます。しかし、なぜ俺なんかに? 容姿だけは特別優れてはいますが、他の部分には欠片も魅力などないと思うのですが……」
「君のそういうアンバランスなところとかも……こう、なんというか……そ、そう。魅力的だなって感じるからな」
発情した女の匂いが感じ取れた。
何が言いたいのかは察してしまった。
自信に満ち溢れているようでそうではない部分もある、他にも矛盾に満ち溢れた俺の在り方に惹きつけられたと言いたいのだろう。
当然、容姿の補正ありきではあるだろうが。
……どうしようか。
さっさと振らないといつか堕とされかねないぞ。
だが断るのも……己の優柔不断さが嫌になる。
S級の冒険者を目指すという目標には分け目も振らずに突っ込んできたのに、女関係だけはどうしても弱気になってしまう。
優柔不断さを発揮して、好きでもない女子の告白に対する返事をどうしようか決めかねていた俺に対し、冥はたびたび一喝してくれたわけだが、今回はしてくれないようだ。
……そうだな。いつまでも頼ってばかりではいけないな。
堕とされるというのならばそれも良いだろう。
結婚後の生活が大変という話なら、この世界でも珍しいハーレム婚を選んだり、父親となる俺が冒険者な時点で変わらない。
あえて断る意味はない、か。
これからどうするかというのを悩みと楽しみのままに逡巡しながら、先輩とは一度別れることになった。
さて、ダンジョンアタックだ。
初陣はG難度を推奨する……だったか。
冬休みまでにD級を目指さなければならないのだ。
そんな悠長なことは言ってられない。
とは言え猪突猛進だと思われても困るから初陣でE級のダンジョンに潜るのはやめておいたほうがいいだろう。
だから、F級ダンジョン。
その中でも中難度のそれを目標にしよう。
男女比1:10の現代風ファンタジー世界に転生したので天下無双を目指そうと思う 小弓あずさ @redeiku
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