気持ちを伝えてみた
「全く、みんな騒ぎ過ぎなんだよ。ちょっと一緒にいただけで」
真昼さんと一緒に歩く、あの姿を俺たちに見せつけてから一週間。
日曜日の夜、不意に誠也はそんなことを言い放った。
「それはお前と真昼さんだからだよ。学年一番人気美男美女同士のカップルだぜ。噂にするなって方が無理だ」
誠也と真昼さんの姿をあの日見ていたのは俺たちだけでは無かったらしく、瞬く間に2人のことは学校中に広まった。それこそ、俺と月夜さんのことなんて忘れたかのように。
「はあ……仕方ないな。これは真昼さんから言わないよう止められてたんだけどさ、聡吾には言うよ」
「何だよ。2人の馴れ初めか? どっちから話しかけたんだ? それともいつから狙ってたんだ? というかいつから付き合ってたんだ? 俺や月夜さんにも内緒で」
ここへ来てのろけ話か。先週俺がマウントを取った仕返しでもする気なのか。
もう良い、存分に聞いて、負け惜しみを言ってやろうじゃないか。
「まず、俺と真昼さんは付き合ってなんかいない。あの日は、急に真昼さんから呼び出されたんだ」
「何だそれ。付き合ってもない女子からなんで呼び出されるんだよ」
「最後まで聞けって。あのな、俺は真昼さんから、聡吾のことについて聞かれたんだよ」
ん?
「なんでも、月夜さんの付き合ってる相手が、どんな人か知りたかったんだと。でも直接聡吾に聞いても見栄を張るかもしれない。だから第三者たる俺に正確な意見を聞きたかったらしいんだ」
はあ。
一応、筋は通っている、か。
だが。
「でもそれってわざわざ会って話すほどのものか?」
「まあ、どうだろうな……とにかく、俺は本当のことを言った。だから聡吾、このことをそれとなく学校で広めてくれないか」
「いいのか? 真昼さんから口止めされてんだろ?」
「だけど、このまま勘違いされたままじゃ、お前と月夜さんが可哀想じゃないか」
「それは……」
この一週間、月夜さんとは喋っていない。
教室でも、月夜さんは俺を避けるようにすぐどこかへ行ってしまう。
まあ無理もない。
俺と付き合うふりをして、真昼さんにマウント取ろうとした矢先にその真昼さんが交際を始めたのだ。しかも俺の兄である誠也と。これが気まずくなくてなんだろう。
なんなら、付き合うふりをする理由は、もう消えたのだ。このまま時間が経てば、俺と月夜さんのことなんてみんな忘れるだろう。誠也と真昼さんの一挙手一投足が、ずっと話題になり続けるのだ。
俺も月夜さんも、元の状態に戻るだけである。
――嫌だな、それ。
だって、また俺は誠也を見返すこともできない毎日に戻るのである。
あ、それも嫌ではあるけど、そうじゃない。
何より、月夜さんが可哀想だ。彼女が真昼さんの陰に隠れ続けるというのは、あまりにももったいない。
告られても、全然不思議じゃないぐらいには可愛いし。
映画館のときも、ぽかんとする俺に熱心に映画の話をしてくれたし。
それに、顔を赤らめながらも頑張って、自身と俺のために、一緒に下校してくれたり、それこそ映画館に行ってくれたり……
そもそも、本心でないとはいえ、月夜さんは俺に付き合ってほしいと言ったのだ。震えながら、意を決して。
その想いには、報いてあげないといけないんじゃないか?
***
『誠也と真昼さんは、別に付き合ってはない』
『どういうことです?』
『ちゃんと説明したいから、昼休みに屋上来てくれないかな』
翌朝、メッセージを月夜さんに送る。
登校しても、特に変わりなく、月夜さんは俺を避けていく。
昼休みになって屋上に上がる。
うちの学校は屋上への入口が校舎の端にあることから、わざわざ上がる生徒はほとんどいない。この日も誰もいなかった。
そういえば、誰もいないと思って俺が叫んでいたら、月夜さんが応えてきたんだよな。
もしかして、月夜さんも屋上で1人、想いを吐き出してることがあったのかな。
俺同様、自分も真昼さんのようにモテてみたいとか言っていたのだろうか。
長い前髪で隠れた向こうの感情は、俺と変わらないのかもしれない。
「月夜さん! もったいない!」
思わず、俺は空に向かって叫んだ。
「普通に顔良いし! もっと自分に自信を持って!」
「あ、その、ありがとう……」
振り返ると、月夜さんがそよ風に吹かれて立っていた。
その姿を見ると、なんだか急に恥ずかしくなってくる。
でも。
まずは、何より月夜さんを安心させないと。
「うん。それに真昼さんは、多分だけど、月夜さんのために誠也と会ったんだと思う」
「だからそれって、どういう」
「真昼さんは、俺のことが聞きたくて誠也と会ったんだ。月夜さんの付き合ってる相手が、いったいどんなやつなのかって」
「ええ……」
「誠也も驚いてたよ。急に呼び出されて、色々聞かれたって。だから、真昼さんと誠也の間には何の関係もない」
「でも」
まあ、納得いかないよなあ。俺だって完全に納得しきってるわけじゃない。
けど、このままというわけにはいかない。
「とりあえず、俺と誠也でみんなの誤解を解く。まあ、俺なんかは大した影響はないかもだけど……それに」
気づいたら、俺は月夜さんの両肩をつかんでいた。
両手にすっぽりと収まってしまう小さな肩。
「真昼さんにそう思わせてるってことは、俺と月夜さんの計画はうまく行ってるってことだよ。これからも真昼さんと誠也を見返していこうぜ」
「だけど……やっぱり真昼が誰かと付き合ったら、わたしのことなんて眼中にない。わたしなんて」
「そんなことない! さっきも聞いちゃったかもだけど、月夜さんは本当に魅力ある人だよ」
ずっとずっと、月夜さんは真昼さんと比べられてきたんだろうな。それで自分に自信を持て、というのが難しい話だ。その難しさは俺が身を持って実感している。
だから、誰かが気づかせてやらないといけない。
月夜さんの魅力に気づいた誰かが。
「計画とか抜きにしても、月夜さんのことをもっと知りたいって思ったもん、俺」
「え?」
「月夜さんは頑張ってるよ。真昼さんを見返すために、俺に計画を持ちかけたりとか、映画館に誘ったりとか……映画の内容も、俺にちゃんと説明してくれたし」
「映画は、別に好きなものを布教したかっただけ……聡吾くんのためじゃない」
「でも、それが俺にとっては良かった」
俺と同じ、恋愛経験のない月夜さん。
だけど経験がないなりに精一杯やってくれたのだ。
「そういう月夜さんの頑張りが、ここで終わるのはもったいないよ――」
そよ風で少し吹き上がった月夜さんの前髪を、俺は左手で止める。
真昼さんに勝るとも劣らない、文句なしの美少女が、そこにいた。
「月夜さん、これからも仲良くしてほしい」
「…………うん。わかった」
その月夜さんの顔は、何かを心に決めたかのような。
やっぱり彼女は、陰に隠れてはいけない存在だ。
***
「とりあえずは、もう少し様子見かな」
おっと、いけない。思わず声が出てしまった。
やはり月夜には、自信をつけてくれる人間が必要だ。
あの子はひねくれたところがあるから、身内のわたしがいくら言っても聞かない。
だから、月夜と聡吾くんを挑発した。
わたしと誠也くんが噂になれば、絶対危機感を覚えるはず。
どうせわたしに対抗して、交際という既成事実を作ろうとしてるのだろう。だってあまりにも突然すぎる。わたしが、月夜のそういう変化に気づかないなんてありえない。
もしそうなら、必ずわたしと誠也くんの噂に対して動く。できれば月夜の側からアクションを起こして欲しかったけれども、ああして聡吾くんから迫られるのも悪くない。
とにかく結果としては狙い通りだ。
聡吾くんには、我が愛しの妹・月夜の魅力を広めるべく、頑張ってもらうとしよう。
学年の「じゃない方」同士で付き合ってみた しぎ @sayoino
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