手探りで頑張ってみた
「誠也、女子と映画を見に行く際のおすすめの服装とかあるか?」
「何だ急に。あっ、もしかして月夜さんとデートでも行くのか? やるなあ聡吾。俺はやると思ってたけど」
金曜の夜、意を決して話しかけた俺に返ってきたのは、平然とした誠也の返事だった。
どうせならもうちょっと動揺してほしかったのだが……まあ仕方ない。月夜さんとカップル仕草始めた効果は出てるようだし。
――俺と月夜さんが、誠也を、真昼さんを見返すための交際を始めて一週間になる。
一緒に教室移動したり、下校してみたりした効果もあってか、2人が付き合ってるという事実は無事学年中の知るところとなったはずだ。
『偽装工作の効果は上々、今のところわたしたちのことを疑ってる人はいないです』
そんな中、月夜さんから届いたメッセージ。
『こっちもだ。この調子で続けていこう』
『だけど多分、本当に交際している人たちはもう少し親密にしていると思うのです。本で読んだ限り』
あれ。
俺はもう余裕のつもりでいたが、月夜さんはそうじゃなかったらしい。
『と言われても、どうするんだ?』
『ですから、明日、映画を見に行きませんか』
えっ、それはつまり……
いや、それが付き合ってる男女のすることならやろう。
うん。月夜さんと映画見に行った、という話を学校でしまくって、誠也を上回ったとアピールするのだ。
***
そんなわけだから、月夜さんと出かけることは誠也には言わないつもりだったのだが。
付き合った経験のない俺は、女子と2人で出かけたことなんて当然ない。
例え月夜さんとの交際が見せかけだったとしても、月夜さんとの関係を悪くしたくはない。
そしてそういうことに関しては、やっぱり俺より誠也のほうが詳しいのだ。悔しいが。
「――まあな。俺だって少しぐらいはやるんだぜ、誠也」
「そうかそうか。で、服装だっけ? お前はなんでも合うと思うんだけど」
俺のせっかくのドヤ顔も、誠也には効いてない模様。
「じゃあ……朝、月夜さんへの第一声って、何が良いんだ?」
「そんなの、『おはよう。さあ、行こう』でいいんだよ。あ、笑顔でな」
いや、誠也ぐらい笑顔が素敵なら、それでも良いんだろうけどさあ。
やっぱり、モテるイケメンに聞いた俺が間違いだったのか。
「聡吾は昔から考えすぎなんだよ。月夜さんってそんな厳しい人なのか?」
「そういうわけじゃないけど、でも月夜さんってやっぱり、可愛くてさ……」
そう、月夜さんは、普通に可愛いのだ。正直、俺には不釣り合いなほどに。
今まで男子から見向きもされなかったのがもったいないぐらいに。
彼女はもっと報われてほしい、と思うほどに。
そんな子に、失礼な態度を取るわけにはいかない。
「自信持てよ聡吾。お前は、普通に優しくしてれば大丈夫だ」
***
そして次の日。
待ち合わせより1時間早く俺は最寄り駅に来た。
こういうとき、やっぱり女子を待たせてはいけない気がする。
そう思っての早起きだったのだが。
「あ、聡吾くん……」
着いた直後、女子の小さな声。
「あ……」
初めて見る月夜さんの私服。白い、丈の長いワンピースと黒い髪とのコントラストが、とてもきれいだ。
長い前髪をヘアピンで止めようとしたのか、学校で見るよりも少し素肌が見えて、普段は見え隠れしていた両目がはっきりと覗ける。
考えてみれば、学年一の美少女である真昼さんの双子の妹なのだ。月夜さんだって、可愛くないはずがない。
それを再認識した俺は、言葉が出なくなっていた。
「えっと、聡吾くん、来るの早いね」
「あ、月夜さん、こそ」
「その、楽しみで……」
……あっ、やばい。会話続かねえ。
月夜さんを正面にすると、緊張してきた。
やっぱり誠也のアドバイスに仕方なく従うか……
「うん、俺も楽しみ。さあ、行こう」
慣れない笑顔をして俺は歩き出す。
その瞬間、同じ方向に歩を進めた俺と月夜さんの肩がぶつかった。
「あっ」
考えるより先に右手が伸びていた。
後ろによろめいた月夜さんの身体を支えようとする。
「聡吾くん、ちょっと」
思わず力を込めたら、2人の身体がぐっと近づく。
月夜さんの顔が、髪が触れそうなほど近くに……
「ちょっと聡吾くん……」
そこで気づく。
右手に触れる、月夜さんの柔らかな、小さな尻の……
「あっ、あっ……ごめん! 本当にごめん!」
俺は頭を下げる。何やってんだ。
これは互いに利害が一致してるから付き合ってるだけとか、そういう以前の話だ。
そもそも仲良くもない女子にこんなことやる男子がいて良いはずがない。例え事故でも。
「えっと、別にいいよ。わたしなんてそんな、触るような価値もない」
「いや、そういう問題じゃ……」
俺が言いかけて、また月夜さんと目が合った。
……何を考えてるんだ。
今日は誠也や真昼さんにマウントを取るための日なのに、俺が焦ってどうする。
落ち着かせるように、自分に言い聞かせた。
***
「で、映画どうだった?」
「もちろん最高だった! ラストシーンとかこれまでの伏線をすべて回収していって……あ、ごめん、思い出したらまた泣けてきた……」
月夜さんがそっと視線をそらす。
な、なんだこれ。俺が泣かした気分だ。
「えっと、月夜さんが楽しかったのなら、俺は何よりだよ」
「聡吾くんはどうだった? 面白かった?」
「ああ……うん」
俺は生返事で返す。
見た映画は、月夜さんがハマっているというアニメの劇場版だった。が、俺は上映後に月夜さんからレクチャーされるまで、内容をよくわかってなかった。
だって、隣の月夜さんが途中から、声にならない叫びを上げ始め、興奮して手が震え始め、立ち上がりかけ、涙を浮かべ……そっちのほうに目が行ってしまって、後半はほとんどちゃんと見れていない。
可愛い女子が隣でそんなことになってて、気にならずにいられない男子なんて、いるわけがない。
「実は、月夜さんがすごく真剣に見てるから、ちょっとそれが気になっちゃって……」
「!」
途端に、月夜さんの顔が真っ赤になる。
ここはファミレスで、月夜さんの前にはランチセットの熱々のスープが置かれているけど、それには手を付けてないのに。
「えっとその……変、だよね」
「変?」
「だって、もう16歳になった人が、映画見てあんなにはしゃぐなんて……それも映画館で」
「いや、別にそんなこと」
「真昼がいたら笑われてる……『そんなんだから月夜はいつまで経っても月夜のままなのよ』って」
トゲをたっぷり含んだ、月夜さんの言い方。
確かに、優等生の象徴ともいうべき真昼さんが、映画を見てああなるイメージは沸かないけど……
あ、でもたまに誠也も俺に言ってるな。
「お前はもっと強気に出ろ」
「聡吾がその、マシになりたいとか言うんなら自分のことをちゃんと見てやれよ」
うん、やっぱり俺も月夜さんも、兄姉にちょっと見下されてるのかもしれない。
「良いじゃん、だったら見返そうよ。『でもわたしと付き合ってる聡吾くんは、変ともなんとも思ってない』ぐらい言ってしまおう」
「えっ」
月夜さんの顔が、ぱあっと輝いた。
笑顔が、まぶしい。
「聡吾くん……ありがとう」
「いや、というかそのために俺と月夜さんは付き合ってるふりしてるわけだし。むしろマウント取るチャンスだよ」
「うん、うん! そうだね」
首を縦に振る月夜さんが、なんだか今までで一番可愛く……
って、だから落ち着け俺。これはあくまで誠也や真昼さんを見返すためのものなんだ。
俺がマジになってどうする。
水を一気飲みし、頭を冷やす。深呼吸。
「そうそう。このあとはどうする? カップル仕草をできそうなのはゲーセンとか……?」
道路の向かいのゲーセンに何となく目を向けて、言葉が止まった。
向かい側の歩道を、誠也が歩いている。
そういえばあいつも、知り合いと会う用事があるとか言ってたっけ。
けど。
その後ろから現れて、ごく自然に誠也に話しかけたのは。
「――真昼?」
見間違えであってほしかった。
けど、実の妹である月夜さんが言うなら間違いなはずはない。
誠也と真昼さんは俺たちに見せつけるかのように、仲睦まじくなにか言葉を交わしながら、歩いていってしまった。
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