学年の「じゃない方」同士で付き合ってみた
しぎ
互いに取り決めしてみた
靴箱を開けると、上履きの上には小さな封筒が1つ。
「またか。3日ぶり……何回目だ?」
いつも通り、封筒を手に取りチェックする。
白い花柄。ハート型のシールでされた封。
普通の高校2年生男子ならここで舞い上がってしまうのだろうが、俺は違う。どうせまたいつものパターンだ。
『
裏返すと、小さく丸い字。
最初の頃は肩を落としていたが、すっかり慣れた。
俺は『池上(誠)』と名札に書かれた靴箱のところまで移動して、開ける。
持っていた封筒をそこに投げ込む。数え切れないほどにやった動作、湧き上がる感情。
「おはよう
「おはよう。ったく、配達しなきゃいけない身にもなってくれ」
登校してきた隣のクラスの友人に、思わず愚痴をこぼす。
「そいつは無理な注文だよ。こっちにはモテモテの兄弟なんていないからな」
「でもさ、なんでわざわざ違うクラスの俺なんだよ。誠也と同じクラスのお前とかじゃなく」
「そりゃ双子だからでしょ」
双子って言うほど、俺と誠也は似てねえぞ。
俺はため息をつきながら戻り、『池上(聡)』と名札に書かれた自分の靴箱を開けた。
高校に入って1年と少し、俺宛の手紙なんて来てないし、これからも来ないだろう。
***
その日の昼休み。
「おっ、どうした?」
「誠也がまた告られてんだよ」
「誰に?」
「今回は知らん女子だな」
廊下の窓から校舎裏を見下ろしていると、別の友人に声をかけられた。
俺の視線の先で女子に優しく応対しているイケメン男が、俺の双子の兄の
定期試験はいつも1桁順位。受験当日に体調を崩さなければ、第一志望の私立進学校に受かってただろう。
スポーツテストの成績もよく、1年のときからサッカー部レギュラー。
黙っていても良い顔してる上、たまに見せるはにかみ笑顔。
これでモテないはずがない。
二卵性とはいえ、勉強も運動も平均的な俺――
「あの子の手紙も、聡吾が配達したのか」
「知らねえよ。ってか俺は誠也の専属郵便じゃねえってんだ」
「はいはい。……あっ、また断った」
俺がいつもの不満をつのらせてる間に、知らない女子の恋はあっけなく玉砕していた。
一目散に駆け出していく女子と、その背中に向かって顔を上げる誠也。
「なあ聡吾、誠也は誰が告ったらOKするんだろうな」
友人の疑問ももっともだ。
小中学校の頃から合わせて、数え切れないほどの告白を受けているのに、誠也は未だ誰とも付き合っていない。
一部では『誠也は男好きなんじゃないか』という噂もあるとか。
「決めたやつがいるって言ってたからなあ。そうじゃない子には、絶対OKしないよ」
「
「多分」
真昼ちゃんとは、俺や誠也と同学年の女子、
誠也が学年一番人気の男子なら、真昼さんは学年一番人気の女子である。
通行人が振り返るほどの美少女であり、勉強も運動もでき、生徒会役員も務め、次期会長候補と言われる彼女。
確かに、彼女で無理なら他のどの女子でも無理だろう。
そして、誠也は真昼さんが告ってきても断る気がする。
「ってか、真昼さんは告られる側だろ。昨日も俺のクラスのやつが1人告って、返り討ちにあってた」
そういえば、真昼さんも男子からの絶え間ない告白をずっと断り続けているという。
誠也同様、心に決めた人がいるのだろうか。
「まじか。やっぱりモテるやつは選び放題ってわけか、なんか腹立ってきたな」
「全くだよ。世のほとんどの男子は告られないまま高校生活を終えるっていうのに」
「俺からすると、聡吾もモテそうなんだけどな。誠也と間違えて告られたりとか、したことねえの」
「そんなのあるわけねえだろ」
***
――とは言ったものの。
「だあ〜っ、誠也と間違えられてで良いから、俺も告られてえよ」
放課後、誰もいない屋上で壁にもたれかかりながら、俺は想いを吐き出す。
「ってか、いちいち兄弟で比べんなよ。何が『聡吾も一人ぐらい告られたことね―の』だよ。あのなあ、俺だってモテてえに決まってるだろ」
「うんうん。わたしも、告白されたい……」
「だよな。何が『心に決めたやつがいる』だよ。この贅沢野郎め」
「ほんとに……」
ん? さっきから小声でぶつぶつ、俺の叫びに同意を示しているのは誰なんだ?
しかも女子の声。
壁の向こうを覗き込んだ瞬間、顔が合った。
目を隠すような長い前髪。伸び放題の後ろ髪。分厚いジャージには『玉川』の刺繍。
真昼さん、ではない。
「あっ、えっと……
真昼さんの双子の妹、
「は、はい……聡吾くん」
思えば、一応同じクラスだけどほとんど喋ったことない。どこか、取っ付きづらい印象があった。
姉の真昼さんと違い、月夜さんは他の子と一緒にいるところを見かけない。
休み時間は一人で本を読んでて、周りと壁を作っているような感じ。
だから例えば、真昼さんについて月夜さんに詳しく聞こうとか、そういう男子もいない。
それぐらい、この姉妹は違う。
「その、なんか、変なの聞かせちゃった、かな」
「ああ、大丈夫……というか聡吾くん……ふふっ、ふふっ」
「あのさ、今のは聞かなかったことに」
「いや……わたしも同じだから」
同じ?
「真昼ぐらい……モテたい。いや、そこまでは言わなくとも……ちょっとぐらいわたしもおこぼれがほしいというか……確かに真昼に比べたらわたしは成績も普通だし、運動とかむしろ苦手だし、かわいくもないけど、けど……」
ああ、わかるなそれ。
身体を小刻みに震わせながらつぶやく月夜さんに、感じる親近感。
「確かに。差が無いなんて言わないけど、それにしても不条理だぜ。そのくせチャラチャラしてねえで謙虚だから余計に腹立つんだ。誰だよ心に決めたやつって」
「わかる……けど、異性からしたらそういうのが好きなんだよね、きっと……聡吾くんだって」
「まあ否定はしないけど、月夜さんもそうじゃない? 誠也が美少女を乗り換えまくってウェーイってやってたらそれはそれで嫌になりそうだけど?」
「うん、うん……」
話、合うな……
モテる優等生の双子の弟/妹、という共通点があった月夜さんのことは前から気にしてはいた。けど、読書してるときの月夜さんは、あまりにも自分の世界!って感じで、俺と同じ気持ちを抱えてるようには全く見えなかった。
正直、びっくりだ。
「というか、誠也くんも真昼と同じなんだ……決めた人がいるらしいけど、誰かは絶対に教えてくれない」
「そうそう。俺も言ってみてえぜそういうの。あー、1回でいいから誠也にマウント取りてえな。別に嫌いとかじゃないけど、悔しい」
「わかる、1つぐらい上を行きたい、けど、わたしが真昼に勝てるようなところって……あるかな……」
凡人たる俺が、天から三物ぐらいもらったような誠也に勝てるとこ、あるのか?
「――あっ、思いついちゃった……でも」
その時、月夜さんの顔が変わったように見えた。
「えっ、あるの?」
思わず聞き返してしまう俺。他人事ではない。
「えっと――真昼も、誠也くんも、多分、誰とも付き合ったことないんだよね」
「そうだな」
「じゃあ、わたしと聡吾くんがもしその……付き合ったら、あの2人より経験人数で上回れる……」
ええっ?
「ああ、別にその、本当に付き合うわけじゃなくて……その、それっぽい仕草をしてれば、真昼や誠也くんを、見返せるんじゃないかなって……」
首を横にブンブン振る月夜さん。その身体はまだ震えている。
「むむ……でも、それってありなのか? そんなの別に、誠也に勝ったことにはならないような」
「でも、わたしたちが付き合ってるという事実さえあれば……少なくとも客観的には、1対0で、わたしは真昼に勝てる……」
確かに数字的にはそうだ。
誠也が俺に隠れて交際をしてない限り、俺が誰かと付き合えば、その時点で俺が上回る。
そしてそういう意味で、俺と月夜さんは、互いに協力関係になれる。
縮こまってる月夜さんとは対照的に、前のめりになってる自分がいた。
「だけど、事実さえあればって言っても……」
「まあ……互いに相手のことをどうとも思ってないのなら、おあいこ……かな……」
――少し想像する。
俺に彼女ができたと知ったら、誠也はどうする?
きっと、口では『おめでとう』ぐらいしか言わないんだろうな。
いや、でも誠也を驚かせることができるってだけでちょっと嬉しい。
そして、誠也を上回れる。やっぱりこれは、何よりの利点だ。
月夜さんの言う通り、別に月夜さんに対しそういう感情は持ってない。でもぶっちゃけ仕方ない。もとより凡人の俺に、女子をより好みできる資格なんてないのだ。
例え利害が一致しただけだとしても、女子から付き合わないかと提案された。それだけで上等じゃないか?
「じゃあこれは、取り決め、って感じなのか」
「取り決め……うん。そう! お願いします! これは……契約!」
月夜さんが突然大声になった瞬間、屋上を強い風が吹き抜けた。
彼女の長い前髪がたなびいて、俺の位置から月夜さんの素顔があらわになる。
――あれ、可愛いじゃないか……?
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