動画学習の功罪

奈良ひさぎ

どのくらい動画を見るかは好みでもある

 先日、会社のとあるイベントで、バーベキューをすることになった。運営側の人間であった私は、肉やら野菜やらの買い出しに出たわけだが、残念ながらバーベキューをするにはすでに少し寒い時期であったことから、バーベキュー用にいい感じにカットされた野菜セットは終売していた。代わりに鍋用の野菜セットが所狭しと並んでいるのを見て、いまだヒートテックを引っ張り出さない私も季節の移り変わりを実感したものである。

 私の中でヒートテックは本当に寒くなってから、12月も1周目が終わろうかという頃にようやく出してくるものであって、それより前に着た日にはあわや熱中症で倒れそうになる。どれだけ急に冷え込んだとしても、11月末が関の山だろうか。それくらい、暑いのに耐えられない体質なのだ。その昔、ヒートテックを着たら暑すぎて熱が出るから嫌い、と言う知人がいたが、そんなバカなとあながち笑えないのが恐ろしい。


 閑話休題。カットされた野菜がないなら仕方ない、普通の野菜を買ってまな板包丁で自分で切るしかないのだが、これが問題だった。まず私は一人暮らしながら、料理をほとんどしたことがない。冷凍食品をチンするだけの作業を料理すると呼んでいいのであれば、少しは料理していることになるが、そう認めてくれる人はそういないだろう。文字通り料理というものに縁がなかった。昔から鈍くさく、包丁から皮むき器から、鋭利なものを持たせたら危なっかしいから、という周りの気遣いももしかするとあったかもしれない。そんなわけで、高校家庭科の調理実習以来初めて、包丁を握ることになったのである。


 さて包丁を握って野菜を切り始めたわけだが、これがなかなかに時間がかかる。まず大前提として、包丁を握るのが怖すぎた。何年もやっていないわけだから、「食材を切る時は包丁と反対の手を猫みたいに丸めるんだ」といった基本中の基本ですら、常に意識にとどめておかなければやらかしそうになる。驚かれるかもしれないが、本当に料理をしたことがない人とはそんなものだ。これで曲がりなりにも料理ができるようになる日は来るのだろうかと、本気で心配になる。

 私があまりにも野菜カットに時間をかけてしまったので、見かねた同僚が手伝ってくれたわけだが、彼の手つきを見て気づいた。野菜の切り方が自分と全然違う。猫の手なのは当然として、彼は包丁を引くようにして切っているではないか。何を言っているのか分からないかもしれないが、私は『龍が如く』シリーズでケジメをつける極道がエンコを詰める時よろしく、上から無理やり力をかけるのでザクザクとピーマンやらにんじんを切っていたのである。なるほど確かに、それでは時間がかかるのも当然だし、何よりそんな切り方でよくケガをせずに済んだと思う。指も一緒にザクザクになっていても何らおかしくなかった。



 ここまで読まれた方は、1200文字もかけてこいつはいったい何の話をしたいんだと思われたことだろう。とんでもない包丁使いを披露してきたわけだが、実はこれでも普段のYouTube鑑賞で、料理系YouTuberの動画をよく見る。

「今日はこちらの魚を、さばいていくっ」

「分量は好みでもある」

などとそらんじられるくせして、動画内で絶対に入っているはずの包丁を使うシーンは何一つ記憶に残っていなかった、というわけである。

 もちろん、料理系YouTuberの動画を料理ができるようになりたい気持ちで見ていないのはある。ショート動画ならふとした瞬間に見かけてついフルで見てしまうと、以後おすすめに出やすくなるし、通常の動画でもおいしそうな料理を見たいだけというのが目的だったりする。加えて、包丁で魚をさばいたり野菜を切ったりするシーンは大抵早送りかカットされるので、そもそも注目しにくいこともあるだろう。だがそれにしても、毎動画ほぼ必ず出てくるはずの包丁シーンがここまで印象に残っていなかったという事実には、愕然とさせられた。


 そして改めて実感したのは、動画というコンテンツそのものが、記憶に残りにくいということだ。最近はYouTube上でもいわゆる教育系YouTuberが多く活躍し、勉強に役立つコンテンツが多数転がっており、私たちはそれを無料で享受できる。あるいは動画学習という意味では、Udemyや東進ハイスクールの動画授業が源流に近いかもしれない。Udemyも東進の動画授業も、私は経験があるが、やはりノートを作るなりメモを取るなりして、実際に自分の手を動かさなければ内容はまるで頭に入ってこない。高校生の当時はベクトルの単元がどうにも理解できず東進の授業を受けたが、動画を見ると分かった気になるだけで定着しておらず、結局学校でみっちり補習を受ける方がよほど克服できたものだ。

 今現役で中学生や高校生をやっている子たちは、生まれた頃や物心ついた頃にはスマホがあった世代だろうから、もしかすると動画学習に対する姿勢や吸収度合いが違うのかもしれないが。私は中高生時代にスマホが出始めた世代で、パソコンにもそれなりに馴染みがあるということで、デジタルネイティブ世代の上の方に属すると言ってよいだろう。そんな私にとっては、動画学習はどちらかというととっつきにくい分野だったりする。


 動画学習そのものが悪というわけでは決してない。役に立たない、むしろ間違った知識を喧伝する動画もあれば、うまくまとめられた有用な動画もあるだろう。だがそのメリットデメリットは、教室で先生対生徒の構図で行われる授業と何ら変わりない。教師の良し悪しについてひそひそと陰口をたたいていたあれに相当する。一生記憶に残る恩師と巡り会えることもあれば、出会わなかった方がマシだと感じるほど教え方が下手だったり、不真面目だったりする教師もいるだろう。人間誰しも完璧ではないので、それは往々にして起こる。

 私の子どもくらいの世代が学生になる頃には、むしろ動画学習の方が主流だったり、あるいはさらにその先の技術が普及しているかもしれない。ノートに鉛筆で書き込んで勉強するなんて非効率も甚だしい、と鼻で笑われる日が来るかもしれない。鼻で笑われること自体はジェネレーションギャップなので、甘んじて受け入れるしかないとして、それでも私は手を動かし、脳や手の退化に必死で抵抗しなければ未来はないと思う。きっとそういう世代なのだ。


 とはいっても、なんだかんだで動画学習が便利であることに疑いの余地はない。便利でどこでも学習できるという圧倒的アドバンテージを引っ提げているからこそ、これだけ普及しているのだ。新しいものを受け入れる前進的な姿勢と、昔からのスタイルを守るという懐古主義。この二つのバランスをうまくとりながら、最新の流行にこそ乗り遅れても、世の中の流れになんとなくついていければいいなと、私は感じたのだった。

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