第36話:二十二年ぶりのバトル
バトルアリーナの観覧席。収容人数は8万人。
転送サービス付きのチケットを使用し、各タウンから次々と指定席に転送されてくる観客たち。
立ち見席は既に一杯で、自由席の観客も合わせ、バトルアリーナは既に熱気に溢れていた。
◇
入場ゲートまで送ってくれたユキが俺に手を振った。
俺が手を振り返していると、ルイーサがユキに向かって声を上げる。
「ユキ! アタイのベッドで(ピー[自動合成音])して、てめぇの童(ピー[自動合成音])、アタイの(ピー[自動合成音])で、(ピー[自動合成音])してやっかんな――約束だぞ!」
ちょっと自動合成音さん、一文字だけ漏れてますよっ。
◇
試合開始前のインターバル。
迷彩柄のオープンフィンガーグローブを装着したルイーサが、ウォームアップを始めた。
まずはリズムを取るようにトントンと小さく跳ねる。
スッと足を揃え、軽く膝を曲げたと思いきや――目の前の空間に右ストレートを打ち込む――
――刹那――。
その右拳が――瞬間的に空気を圧縮し――弾いた!
――ゴッバァァァンンッッ!
――拳から発生したソニックブームが耳をつんざく爆音と共に、バトルアリーナに張り詰める全部の空気を揺さぶった――。
――使う人を選ぶといわれる、オープンフィンガーグローブ型の希少レア武器『ブーム・オブ・ブーム』――
――直径200メートルの円形グラウンドを取り囲む観覧席がどよめき――直後――怒涛のごとく沸き起こる大歓声!
ルイーサは銀髪をサラリと揺らし、片側の犬歯を剥き出しながら、歓声に応えるように右拳を高く挙げた――。
――観客は総立ちになり、雄叫びをあげながら拳を突き上げる男性もいれば、耳をふさぎながら悲鳴のような歓声を上げる女性もいた。
――まさに熱狂の
円形グラウンド中央部。
水平にせり上がっている六角形の闘技台の上で、ルイーサがいきなり見せたパフォーマンスに、ぽかーんと口を開けるだけの俺。
……拳からソニックブーム……パンチスピードが音速を遥かに超えてるのか……。
衝撃波による、目の前が白むような感覚と、耳鳴り――。
冗談じゃない――あんなパンチ食らったら瞬間DEADだ!
くっ――膝の震えが止まらない。
だが……父として、ユキの貞操は絶対に守る!
俺はアイトラッキング設定の確認を始めた。頼むぞ補助AI。
全ては補助AIの反応速度に掛かっている。
地面の場所を指定してポイント表示。そこにブルースライムを召喚。
ぷるんとした水玉のようなブルースライムが、その場所にポンッと現れた。
1秒後、その隣にもう一匹召喚。更に1秒後にもう一匹。召喚クールタイムが終わる一秒ごとに、ブルースライムを並べていく。
うむ……アイトラッキングの速度が早くなった。
8匹目――ポンッ。……よし、次――ポンッ。
――ゴッバァァァンンッッ!
出していたブルースライムたちが、ルイーサの拳から発生した衝撃波で、もれなく全部、一瞬で潰されて只の液体になった。
「クククッ、随分と幼稚だねぇ。アタイをスライムでスリップさせようって魂胆だろ? 中身も見た目通りのお子様なんだねぇ……クヒッ、いたぶりがいがあんぜミリア」
ルイーサがベローンと舌を出す。
「教えといてやんよミリアお嬢ちゃぁん。今から出しても試合開始と同時に全部消えるんだよぉ? そのちっぽけなお友達はねぇ! クヒヒッ……どうだ? 無駄だと分かって絶望しただろ。あぁ、愉快だねぇ……クククッ」
「はい、よく分かりました……そろそろ試合開始の時間ですね」
俺の膝ガクガクガクガク。
◇
――ビーーーーッ!
『両者、指定位置についてください』
俺とルイーサは、30メートルの距離を開けた指定位置で対峙する。
それぞれの目の前に「ストップ」を示す、赤い手の平のマークが出る。
手の平マークが緑になったらカウントダウンが始まる。
ああ――心臓が張り裂けそうだ。
手の平マークが緑に変わる――
――3……2……1……
手の平マークが消えた――
『――FIGHT!』
ルイーサの方向。10メートル先、召喚できるぎりぎりの距離にスライムを召喚。
ダッシュを加速させ、一気に距離を詰めたルイーサが、俺の出したスライムを蹴り飛ばした。
「――無駄だっつってんだろが!」
――手前にもう一匹――ポンッ――。
ルイーサは手前に出したスライムをサッと飛び越え――姿勢を下げ、軸足に力を入れる――。
――予想通りだ――
ルイーサは自慢の音速パンチが届く位置まで、一足飛びで行けると確信し、ベローンと舌を出して俺に狙いを定めた――。
――ダッ! ――勝利を確信したルイーサが地面を蹴る――
俺はスリップなんて狙っていない。ブーツの底を見れば、濡れた地面程度ではスリップしないと分かるからな――
――俺が狙ってるのは確実な位置――ここだ!
「――ガハッ――ゴホッ――ゲホッ――」
リアルだからこその咳反射だ。気管にコップ一杯もの水が流れ込めば、人体は必ず排出しようと反射的に咳き込む。
残酷だとも思うが、これはバトルだ――ここは戦場なのだ――。
勝つためにはやるしかない。悪いがその奥へもう一匹追加だ。
ルイーサが、ガクンと膝を折る。
「ゥオブッ――ゴボッ……ガボッ――」
両手で喉を押さえながら地面に倒れ込み、激しく身をよじるルイーサ。
更に追加召喚――。
「――ンオゴッ――ゴボッ、ゴボ……」
足をバタバタとさせているが、鼻腔に入り込んだ液体が耳管を圧迫し、立ち上がるための平衡感覚さえ失っているのだろう。
もう一匹――追加召喚。
「コポッ……」
肺の空気は完全に無くなったようだ――。
――起き上がることもできず体をよじり、鼻と口から水色の液体を垂れ流しながらも、俺を睨んでくるルイーサ。
――ユキとは、お友達から始めてくれ。それならお父さんだって応援する――
――とどめの召喚。
――ドボッ。
鼻と口から水色の液体を吹を出し――直後、脚と身体が一直線になりビクンビクンと痙攣を起こした――。
……その瞳は涙にまみれている。
俺の方へ向け伸ばされた腕も、力なく地面へ落ちた。
瞳は光を失い、くるりと白目を剥く。
一切の動きが止まった――。
――カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ!
『――WINNER、ミリア・ルクスフロー!』
――ドオォォォォォォン! と地面が揺れる程の大歓声!
「多対多」のオータムシーズンバトルで、悪名高いギルド『ディザスタークラウン』の先鋒を務め、負け知らずだったAAクラスのルイーサが、最弱Cクラスの、しかもレベル1のメイジに「1対1」で負けたのだ。
ルイーサのファンたちは悔しさを露わにしつつ、グラウンドに次々とポーションの空き瓶など、不要アイテムを投げ込む。しかし、間もなく沸き起こるミリアコールに完全に飲み込まれた――
「「「「「ミ、リ、ア! ミ、リ、ア!」」」」」
立ち見席でその様子を見ながら、肩を抱き合ってむせび泣く三人のプレイヤーがいた。
「二十二年ぶりに……伝説が……帰ってきた。あの戦い方は……偽物なんかじゃない……」
真ん中の男がそう言葉を漏らすと、右の男が口を開く。
「ああ、ミリア・☆ルクスフロー☆も、ミリア・@ルクスフローも、本物ではなかった……」
すると、左の男も口を開く。
「そうだ。ミリア・ルルクスフローも、ミリア・ルクスフーローも偽物だった……」
再び真ん中の男。
「――あれが本物の伝説――無敗の王者、ミリア・ルクスフローだ!」
「「「うおぉぉぉぉー! ミリアー! うおぉぉぉぉ! ルクスフロー!」」」
三人の渋おじアバタープレイヤーが、歓喜の表情で声を合わせて叫んだ。
◇
闘技台の開始位置で復活し、しばらく放心状態だったルイーサが駆け寄ってきた――。
「……み、ミリア……あそこのオッサン共の話を聞いたけど……あれは本当のことか?」
睨むというよりは、少しだけしおらしい上目遣いだ。
だが……返事はできない。ゲームでは、あくまで俺はユキの妹だからな。
立ち見席の男たちが、手を振りながら大声をあげる。
「ミリアー、覚えてるかー! 俺は、お前に184回倒された男、ヴァイキングのバルバルドだー!」
「俺はお前のデビュー戦で負けた男、ウォーロックのウィルターキーだー! 覚えてるかー!」
「おーいミリアー! 俺は唯一、お前から3ポイントも取れた男、サムライのクロウスハートだ! 覚えてるだろー!」
ルイーサが、俺の顔を覗き込む。
「――まさか……ミリアってあの都市伝説の……」
くっ……過去の俺を知ってる化石プレイヤーの存在がヤバい。
こういう時代錯誤なやつらがいるから困る――マナーは守れよ……今はなりきりプレイが主流なんだから。
歳がバレるだろ!
お前らは見た目から年齢バレバレだけどな……。
まぁ、倒してきたプレイヤーの顔やキャラ名なんて、全然覚えてないんだけど。
――突如!
歓声が掻き消えるほどの、まるで猛獣でも吠えたかのような声が響く――。
――おいっ!!
――確かにそう聞こえた。
これはアスドフの声――ビクゥゥッ!
「カオスアリーナ!」
――なっ!? ……いや、ここはキリンポート。巨大な建物の中だ。
カオスアリーナは使えない筈――あ――グラウンドには屋根がない!
次の瞬間――青空が紫色に染まった――。
――静まり返ったバトルアリーナ。観客は誰も居ない。
……もう、転送されたんだ……。ヤバい、全身が震えてきた。
六角形の闘技台。対戦開始の位置に大剣を突きたて、仁王立ちで俺を見据えるアスドフが口を開く。
「リペイトリエーション! 吾輩はレッドクリスタルロッドSを戦利品に指定する! 吾輩が負けることはあり得ないが、万が一負けた場合は、低級HPポーションを差し出そう。三本だ!」
『――要求を承諾。カオスバトル開始まで60秒です。お互い、開始位置について下さい』
――なんて滅茶苦茶なスキルなんだ!
こっちは値段の付けられないS武器なのに、そっちは1本100エリプスのポーションって……。
『[システム]借与品のブルースライムロッドは、カオスバトルでは使用できません。他の武器を選択して下さい』
――嘘だろっ!
俺は急いでアイテムボックスを開く――なにっ!?
『レッドクリスタルロッドS:戦利品に指定されているため使用不可』
――酷い!
接がれた木の杖しかないじゃな――あっ――これがあった。
『[システム]ホワイトキャッツガントレットSを装備しますか?』
YES!
『[システム]装備すると譲渡不可品になります。よろしいですか?』
YESYES!
『[システム]装備すると特定のジョブに変更されます。よろしいですか?』
YESYESYES!
――システムさん急いで! 時間無くなっちゃうから!
『[システム]メイジからニャンコにジョブチェンジしました』
――ちょっ、なにこのフワフワな手は――え、これ……肉球?
いや――手だけじゃない!
足も体も、なんか全身、白くてフワフワした毛で覆われてるんだけど……。
これって……着ぐるみ?
これ……全然ガントレットじゃないんだけどー。
どんな不具合ぶちかましてくれてんだよ――莉佳……。
伝説になってる自覚がない? 初めてのフルダイブプレイで燥ぐ元最強廃人ゲーマーの可愛いお父さんの色んな伝説 よこ幅 @21cm
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