第35話:ブルースライムロッド



 ポータル広場からこの街路をまっすぐ南。

 で、この冒険者施設の角を曲がるんだったな。


 奈和君がこのゲームやり始めたってユキ君から連絡あったけど、アポ無しで大丈夫だったかな。


 まぁ、サプライズってことだから、相変わらず部屋にこもり気味の奈和君には、いきなり登場して驚かすというのも、程よい刺激になるかもしれないな。


 ははっ、奈和君は俺を見てどんな顔して驚くかなぁ……。


 ……ああ、ここだここだ。このレストランだ。


 ――ん!?


  ――いきなりレストランのドアが乱暴に開けられた――。


 アンティーク調なドアに付いてるカウベルが、ガランガランと激しく音を立てる。


 ドアから出てきた中学生くらいの少女とぶつかりそうになったので、

「おっと、ごめんよお嬢さん」

 体をかわしながらそう声を掛けると、鋭い目つきでギロリと睨まれた。


「どこに目ぇ付けてんだよ、あぁん? このオッサンはよぉ!」


 いきなり飛び出してきたのは君じゃないか、そう言おうと思ったが、その銀髪の少女は、まるで俺が眼中にない様子だ。


 俺から顔を逸らすと、どこに焦点が合っているのか分からないような目で、「クククッ」と、不気味な笑い声を漏らし、足早に去っていった。


 なんだか……病んでる感じの少女だったな。


 気を取り直し、レストランのドアガラスに映った自分の姿を見て、ネクタイを締め直す。


 ユキ君の話だと、ここで食事をしているらしい。


 ああ、奈和君に会うのは久し振りだ。

 フルディッシュ・フレーバーリプリケータで再現したマルゲリータは気に入ってくれただろうか。


 カウベルをあまり響かせないようにドアを開けると、お辞儀をしてきた男性店員のNPCに片手をあげ、「どうぞお構いなく」と、声をかけ、さっそく奈和君を探すために店内を見渡した。


「メイドたん。牛丼おかわりぃ!」


 おや、あの席にユキ君が居るな。ということは奈和君は……あれ? 同じテーブルではないのか……。


 ――いや、背中を向けているが、ユキ君の隣に居た……。金髪ロングって……何だよその髪型、似合いすぎだろ奈和君。


 でも、ユキ君と同じで、奈和君も髪型以外はリアルの容姿をそのまま使ってるんだな。あとでスクショ撮ろ。


 ……うん。なんだか盛り上がってるようなので、今、声を掛けるのはやめたほうがいいな。


 カウンター席に座ってキリマンジャロコーヒーを注文した。


 すぐに出されたが、う~ん……いい香りだ。ほのかな甘味、苦味と酸味まで、バランスがとても良い。


 自画自賛ではないが、収拾していた味覚データ通りの味と香りだ。

 ゲーム内では、体温プラス5パーセントまでという熱さ制限があるが、これなら充分に美味しい。


 フルディッシュ・フレーバーリプリケータを完成させた甲斐がある。

 それもこれも奈和君が惜しみない投資をしてくれたお陰だ。


 じっくり味わっていると、どうやら奈和君のテーブル席の人達が全員立ち上がったようだ。


 赤いマント付きのプレートメイルを着ているプレイヤーが、奈和君を背の高い椅子から降ろそうとしてるみたいだけど……あれって、お子様椅子じゃないか?


 スクショ撮っとこ。パシャパシャパシャ。


 あ、ユキ君と目が合った。スクショ撮っとこ。パシャパシャ。


「[Fm:ユキ]間八のおじさん、あ、ゲームではカンパチだったね。今からミリアの試合を、ここにいるみんなで観戦しに行くんだけど、カンパチも来る?」


 椅子から降ろされた奈和君が俺を見上げた――。


「[Fm:ミリア]――ファンタジー要素が皆無の、スーツ着たプレイヤーいるが居ると思ったら、なんだ間八君じゃないか! ちょうどよかった。なんだかこれから試合をやらされることになっちゃったんだよ、ユキを説得して止めてくれよ!」


 楽しそうだな。金髪ロングにワンピースまで着ちゃってるし。

 スクショ撮っとこ。パシャパシャパシャパシャパシャ。


 そしてユキ君に顔を向ける。


「ユキ君、俺も観戦に行くぞ! 皆さん、俺はカンパチ。メインジョブはBクラスハイランクのサラリーマン。よろしくなっ!」



 ……間八視点はここまで。


 ◇ ◆ ◇



 枯色の町『キリンポート』


 キリンポートには、古代ローマのコロッセオを思わせる円形の闘技場がある。

 コロッセオと違うのは、その建物の敷地面積だ。


 巨大なコロッセオ。その外観に囲まれた町。それがキリンポートだ。


 もちろん中央部にバトルアリーナがあるのだが、露天や工房、更に道場やジムなどの施設も数多くあり、そういった様々なエリアに囲まれている。


 来訪者の多いキリンポートの南端には、バドポートの中央広場の三倍ほどの円形広場があり、そこに15基の転送ポータルが横並びで設置されている。


 ◇


「集合時間まで、まだ10分もあるね。ミリア、先に僕のロッドを渡しておくね?」


 ユキはそう言うと、握りこぶしほどの大きさで、ぷるんとした水玉のような、青くて丸い物体が付いてるロッドを、アイテムボックス(目の前の空間)から取り出した。


 それを見たカンパチが口を開く。

「――おおっ、ユニーク武器のブルースライムロッドじゃないか。これをミリアがどう使うのか、楽しみだなユキ君!」


 ――完全に俺が試合する流れになってる!


 間八君……いい意味で、一直線な性格は相変わらずだな……数カ月ぶりに会うから忘れてた。


 そしてユキは、にこにことしながら俺にロッドを差し出している。


 ……くっ――。息子の笑顔には抗えない。俺はロッドを受け取った。


『[システム]ユキさんから、メイジ専用のブルースライムロッドを借与されました。装備しますか?』


 ……はぁぁぁ~。ため息を吐きながらYESを選択。


『[システム]固有スキル、ポップスライムが使用できるようになりました。

(※注意)ブルースライムロッド装備時は、このスキルしか使用できません』


 ――えっ!?

 いやいやいや、DEADのフラグしか立ってないだろこのロッド!


「な、なぁユキ……メイジ縛りじゃなくて、アデプト……」


 いや――それは弱いものいじめだな。息子の前でそんなことはできない。


「……アデプトにはならないよ。私、このロッドで頑張ってみるね、ユキ」


 俺の言葉に、笑顔のまま頷くユキ。


 仕方ない。取り敢えず、ポップスライムというスキルの確認だけでもしておくか。


『ポップスライム:装備者を中心に、半径10メートル以内ならどこでもブルースライムを召喚でる

召喚ブルースライム:HP1、MP1』


 HPもMPも1って……


 ブルースライムは、僅かに持つ魔力の干渉により、球状の体型を保っているという設定のMOBだ。


 武器や拳で、ちょっと強めに叩いただけで体が崩れ、どろっとした只の液体になってしまうほど脆いという、このゲームで最弱のMOBなのだ。


 少し補足があるようなので、そこも読んでみる。


『スライムの大きさ:ロッドの先端に付いているレプリカと同程度

召喚までの時間:0秒、無詠唱

消費MP:1

次の召喚まで:クールタイム1秒』


 ステータスアップ効果も無いのか……。

 ……これでどうしろと。デメリットしかないだろこれ。


 ふぅ……もう覚悟を決めた。

 ルイーサにさっさとぶっ倒されて終わりにしよう。


 痛覚の再現が5パーセント未満に戻ってるんだから、ちょっとヒリヒリする程度で済むだろう。


 それに、莉佳がSレアを仕込む時間稼ぎだったという俺の予想が正しければ、復活転送も短時間だ……。


 ◇


 町方向から見て、右から三番目にあるポータルの魔法陣が淡い光を放ち始めた――。


 空間が歪み、光が屈折を始め、屈折した光は地面の方から組み合わさり、一つの形を成していった――。


 ミリタリーロリィタの衣装を纏い、目蓋に掛かる整った銀髪を揺らす少女――ルイーサ。その登場は、ただの出現ではなく、圧倒的な存在感の顕現だ。


「アタイは一人しか居ねえってのに、がん首揃えやがって。あぁ、モテるってのも辛いもんだねぇ……」


 ルイーサの片側の犬歯が剥き出しになり、「クククッ」と、不敵な笑い声を漏らした。


 カンパチが「――あっ」と、小さく声を上げる。


 俺はその声だけでビクッとなった。

 か、間八君……ルイーサとお知り合い?

 いやいや、そんなことより膝が震え始めたんだが、どうしよう。


「ミリアなら強いから心配ないね」


 待て待てサクラ。それは励ましの言葉になってないぞ。サクラはメイジの俺がどんだけ弱かったか知ってるだろ?


 ガタガタ震えながら木の棒を振り回して、皆んなの後ろから弱々なファイアボール撃ってただけのメイジだぞ!


 そのファイアボールも取り上げられて、DEADな未来しか見えないメイジなんだぞ……。


 アラタが指先を動かしながら他のメンバーに話しかける。


「今日はランカーの試合でもあるのかな。もう観覧席がけっこう埋まってるみたいだ。皆んなで先に席を取りに行こうか」


 そう言ってユキの方に顔を向ける。


「ユキ。席は確保しておくから、ミリアちゃんを入場ゲートまで送ったら個人トークを飛ばしておくれよ」


 ユキが頷く。

「ありがとうマスター」


 雑談を交わしながら町の中央へ向かう皆んなを、俺とユキは見送った。


 銀色の髪をサラサラと揺らしながら、俺の方へ歩いてくるルイーサ。


「お別れは済んだかい、ミリア。クククッ」


『[システム]ルイーサさんから、バトルアリーナ1:1の対戦を申し込まれました。対戦条件を確認、及び提示をおこないますか?』

[YES] [NO]


 ルイーサがニタァっと笑う。

「もちろんミリアは最強ジョブのアデプトでアタイと戦ってくれんだよねぇ、クククッ」


 俺は片手を上げる。


「あ、いえ、恐れながらレベ1メイジで戦うという約束でありますので、約束通りメイジで対戦するであります!」


 ビシッ――敬礼。


「――ざっけんなミリア! ユキなんかの条件を鵜呑みにしてんじゃねぇぞ! アタイはアデプトのミリアと戦いてぇって――」


 ――咄嗟にユキが、俺に飛びかかろうとしたルイーサの腕を取った。


「ルイーサ。君がメイジのミリアに勝てたら、僕もきちんとリアルでの約束は守るよ」


 姿勢をユキの方へ向けるルイーサ。


「……ほ、ホントだなユキ! ログアウトしてアタイの部屋で……二人っきり……初めて同士……絶対だなっ! 約束だかんな!」


 ――ちょっ、なにその約束!

 ふ、二人っきりで初めての勉強会?

 二人っきりで初めてのお泊り会?

 二人っきりで初めてのパジャマパーティー?

 二人っきりで……初めての恋バナ?


 いやいや、男女で二人っきりといえば……

 し、将棋かな。チェスかな(現実逃避)。


「よぉユキ、アタイに履いて欲しいパンツの色を教えろよ」


 ――虹色モザイクでよろしくお願いします!


「気が早いねルイーサ。もう勝った気でいるんだ」


 駄目だぞユキ。傷付きやすい年頃の女の子にそんな言葉を……


「クククッ、あぁ、どうせ脱ぐんだ。なんも履かねぇで待ってるよ」


 そして俺をギロッと睨む――


「さっさと終わらせてやんよ――とっととメイジでバトル設定しろ、ミリア!」


 ……なんか、ユキの父として……。


 ――負けるわけにいかないんだが。






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