第34話:危険な少女と危うい息子



 俺の思い出に深く刻まれている『ピッツア・マルゲリータ』


 なぜ同じものがゲームにあるのか……。


 現在で入手可能な合成食材を使い、一度だけマルゲリータを作り、ユキと一緒に食べたことがある。


 それでもオリジナルには遠く及ばなかった。


 だが、いま食べているのは、後藤先生の両親が経営していたイタリアンレストランで食べた、そのオリジナルと全く同じだ。


 ……すると答えは一つだ。


 料理を丸ごと、その味や香りまでフルスキャンして再現する技術――。


『フルディッシュ・フレーバーリプリケータ』を、とうとう間八君が完成させたということだ。


 ……なかなか洒落たことをしてくれる。


 俺はユキがこちらを見ていることに気付き、あえてダブルウィンクで個人トークを繋いだ。


「[To:ユキ]ユキ、あいつに会ったのか?」


 ユキがにこりと笑う。


「[Fm:ユキ]間八のおじさんがサプライズしたいって言うからね。僕はその話に乗ったんだ。ジョルジュおじさんと後藤のお爺ちゃんも協力してくれたんだよ」


「[To:ユキ]天然の素材を集めるのも大変だったろうな。粋なはからいすぎる。ユキ、ありがとな」


「[Fm:ユキ]あ、そうそうミリア。間八のおじさん、『あとはよろしくって伝えといて』って言ってたよ」


 ああ、あいつとは長い付き合いだ。今後どうして欲しいのかは分かってる。


 ゲームでお腹が膨れるわけじゃないからな。ゲーム内でリアルと同じ物を提供すれば、飲食チェーン店のいい宣伝になる。


 なんたってスパーク・オン・ファイアは現在、各国の全サーバー、全ワールドの登録ユーザー4億6千万人を誇る、同時接続数世界一のゲームだ。


 そりゃあ料理店を経営してるオーナーは飛びつく。


 ゲームだけでなく、リアルでもこの技術を活用すれば、合成素材を天然素材の味に変えることさえできるだろう。


 間八君が学生時代からこつこつと集めてた味覚データも活用すれば、現在は無くなってしまった素材や料理さえ再現できるだろう。


 ついに夢を叶えたんだな間八君。やったじゃないか!


 ……俺も長年、間八君に投資をしてきたかいがある。


 今後はマーケティングに注力しつつ、間八君の会社設立に向けてファンドを……


「[Fm:ユキ]ねえミリア。今、ビジネスの事考えてたでしょ。駄目だよ、今は僕とゲームしてるんだから」


「[To:ユキ]――す、すまん」


 そうだな。こんな素晴らしい体験までさせてもらってるんだからな。


「メイドたん。牛丼おかわりお願いしますぅ」


 エドガーが、左手で空のどんぶりを上げた。


 ……それ三杯目だな。まぁ、リアルで牛丼は超高級料理だからな。


 ゲーム内ではカロリーとか無いし、熱さを軽減していても冷たい訳ではないし、美味しいものは美味しいだろう。


 サクラは俺の真似をしようとしているのか、ナイフとフォークに苦戦してる。


「サクラ先輩、フォークの使い方がミリア先輩と違いますよ。見て下さい、こうです。この指はここに置いて、こう持ってます」


「うっさいなぁリュート。横から口出されると、こんがらがっちゃうじゃないの」


 なんだかんだこの二人は仲がいいんだな。

 ホント微笑ましい。


 アラタが男性NPCを呼び止める。

「この美味しいピザを三枚追加で」


「マルゲリータの追加、承りましたお客様」


 俺があまりに美味しそうに食べてるせいか、牛丼を無心にかき込んでるエドガー以外、みんながマルゲリータに手を伸ばし、自分の皿に取り分けて食べている。


 ――ダァンッ!


 ――突然、迷彩柄のタクティカルブーツを履いた脚が、俺の視界に飛び込んできた。


 テーブルの上の、料理を乗せた食器が跳ね、ガシャンッ! と、音を立てる。

 

「おめぇら、なにシケたもん食ってやがんだ。クククッ、アタイのブーツを味わいやがれってんだ」


 アラタが立ち上がる。

「ルイーサ、何しに来た?」


 ルイーサがテーブルに叩きつけた足を下ろし、アラタを下から睨みつける。


 ルイーサは、前髪ぱっつんな銀髪ボブ。ショートパンツスタイルのミリタリーロリィタを着た、中学生くらいの褐色肌アバターの少女。


 尖ったナイフ。この表現がピッタリと当てはまるような目つきだ。


「クククッ、アラタ。アスドフの次のターゲットはアンデルセンだってよ。20日に一度、一人ずつ無差別に狩ってやんだっていきまいてたぜ、クククッ」


 ルイーサは俺に視線を移すと、ニタァと笑った。


「これはこれはSクラスのミリアちゃぁん。アタイとこれからバトルアリーナでデートしませんかぁ? 殺り合おうよアタイとさぁ! クククッ」


 ……こ、怖い。だが、ユキの前で震えるわけにはいかない。

 引きつりそうな笑顔をルイーサに向ける。


「あの、ルイーサさん。新しく手に入れたS武器をお譲りしますので、アンデルセンのメンバーを無差別というのは、勘弁して欲しいとアスドフさんにお伝え――」


「――なんだとミリアっ! アタイはS武器もアスドフもどうでもいいんだよ! 今すぐ殺り合おうって言ってんだよ! ほら、バトルアリーナ行くぞ! 今すぐによぉ!」


 お子様椅子に座ってる俺の顔を、ルイーサが下から覗き込んできた。その迫力に思わず身体が竦む。


 静観していたユキが、持っていたフォークをカチャリとお皿に置いた。


「ルイーサ。一方的にルールを決められるアスドフのカオスアリーナならともかく、正規のバトルアリーナでは絶対ミリアに勝てないよ。例えミリアがレベル1のメイジで、君がカンストソルジャーだとしてもね」


 ――買いかぶりすぎだ、ユキ。メイジの俺はよわよわだぞ。闘技台に立つだけで息切れしまくりだぞ、たぶん不具合で。


「――なんだとユキ! じゃあテメエがアタイの餌食になってくれるってのか?」


 ユキが小さく息を吐きながら、落ち着いた声で続ける。


「ミリア、僕が持ってるメイジ用のロッドを貸してあげるから、遊びだと思ってルイーサと戦ってあげてくれない? ミリアなら簡単に勝てるよ」


 何を根拠にそんなこと言ってるんだ、ユキ。


 最弱Cクラスで、痛覚と運動不足まで反映される不具合付きメイジが、AAクラスのソルジャーなんかに勝てるわけがないだろ。


 ユキがルイーサに顔を向ける。


「ルイーサ。1時間後、バトルアリーナのあるキリンポートのポータル前に集合でいいかな?」


 ――いやいやいやいや、勝手に決めないで!

 お父さんはもう復活転送は嫌だぁぁー!


「いいよね、ミリア?」

「うん」


 ――くっ、反射的にかっこつけてしまった。


 ルイーサが片側の犬歯が剥き出しになるほどニタァとした笑みを浮かべながら、ベローンと舌を出した。


「クククッ、分かってんじゃねぇかユキ。ミリアのあとはテメェも可愛がってやんよ。クククッ」


 今度はユキの前に移動し、椅子に座ってるユキを下から覗き込む。


「いいねぇ、そのリアルと同じ顔。クククッ、奪ってやんよ……アタイが勝ったらログアウトしてアタイの部屋に来なよ? クククッ」


 あ、お父さんも同伴します。ユキの保護者として。

 ――いやいやそうじゃない。


 ルイーサは、リアルでもユキを知っているということか?


 そして……。


 愉快そうな顔で、レストランを出ていくルイーサ。


 不機嫌そうな顔で、跳ねたコップからこぼれたジュースをナフキンで拭きとるサクラ。


 ナイフとフォークを握りしめたまま、眉間にシワを寄せているリュート。


 リュートの肩に手を置き、ポンポンと叩いて宥めるアラタ。


 それ以外の3人の女性は、不安そうな顔で肩を寄せあっていて、1人の男性はルイーサの後ろ姿に中指を立て、2人の男性はしかめっ面でささやきあっている。


「メイドたん。牛丼おかわりぃ!」


 おいエドガー、この状況でよく4杯目を注文できるな。


 ……だが、張り詰めていた空気が解け、一瞬で場が和んだ。


 この変態……やはり只者じゃない。この場では一切、セクハラ発言さえしていないからな。


 和やかなムードで食事会は再開され、まだ名前を知らなかった6名が、それぞれ俺に自己紹介を始めた。


 女性から順番に『クルミ』、『カトレア』、『シオン』

 男性は『コーイチ』、『コージ』、『レオナルド』


 覚えた……ことにしよう。俺はバトルアリーナの事で頭がいっぱいだから。すまん。


 目が合ったユキが、ダブルウィンクをしてきた。


「[Fm:ユキ]マルゲリータも食べ終わったみたいだし、ミリアの痛覚、通常に戻しておくね?」


 ――なっ!?


「[To:ユキ]ユキ、それはどういうことだ?」


 ユキが、にこりと笑う。


「[Fm:ユキ]痛覚が5パーセント未満だと、熱さが再現されないからね。でも想定外だったよ、痛覚の数値を変えたのを、母さんに気付かれたのはね」


 ……?


「[Fm:ユキ]レッドスライムもSロッドも想定外だった。ミリアに対して過保護すぎるんだよ母さんは……」


「[To:ユキ]何を言っているんだ、ユキ。一体、何のことだ?」


「[Fm:ユキ]1830戦、無敗の伝説……最初は僕も、根拠のない都市伝説だと思ってたよ。エイツプレイスの開発室で厳重に保管されてた、古い映像データを見つけるまではね……」


 少しだけ目を細めて微笑むユキの顔は、なんだか紅潮しているようだ。この表情……


 ……宿屋の客室で「ミリアを愛してる!」と、渾身の力で抱きしめてきた……ああ、俺が違和感を覚えた時の――あの表情だ。


 悪意は全く感じない。ユキの素直な気持ちが反映されているだけだろう。


 だが……。


 ユキは俺の感覚パラメータを、このマルゲリータを食べる事を想定して、リアルと同じ数値まで上げていた、ということか。


 それを、現在も現役のプログラマーである元妻の莉佳が気付いた。


 そして想定外の事態、レッドスライムのポップ。


 流石のユキも、ポップしたレッドスライムを踏んづけてる俺を、守るのは間に合わなかったんだ。


 そうか……ビートルキングの範囲攻撃で、DEADになったプレイヤーたちが、戻ってくるのがやけに早いと思っていたが……。


 俺の復活転送があれほど長かったのは、莉佳がレッドクリスタルロッドSを仕込むための時間だったと考えれば、全ての辻褄つじつまが合う。


 俺のリアルの神経に、DEADによる損傷を与えないために、ドロップさせたという事だろう。


 そしてユキは、スパークス時代の、ミリア・ルクスフローを知っている。


 ……恐らく……近年の価値観の問題が絡んでいる。


 中身とか関係ないのだろう。


 ユキは明らかに、ミリアというゲーム内の存在に恋い焦がれている。


 ――だが今は、それが普通の感覚なのだ。


 フルダイブで自分が設定したキャラになりきる。それはもはや転生、あるいは転移。


 統計でも出ているが、フルダイブ式のゲームプレイでは、


 ゲームキャラクターはもう一人の自分であって、リアルは関係ないと考える人が大多数を占めている。








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