第33話:(過去編)暗雲失意転機そんな思い出



 冬休みが終わり、新学期が始まっても、僕は学校に行きたくなかった。


 髪が伸びていないというのも、もちろんあった。


 母さんから、砂垣君が転校させられたという話も聞いたけど、僕は結局、「かんちゃん」と呼んでしまったことを、砂垣君に謝ることは出来なかった。


 今までは自分に違和感を感じたことなんて無かったけれど、僕はクラスのみんなと顔を合わせるのが怖くなったんだ。


 でも、母さんも、夕方に必ず来てくれる後藤先生も、学校に行けとは一言も言わなかった。


 僕はそのまま学校を休み続け、三学期も後半に差し掛かった頃。


 気が付けば、バトルアリーナのランキングは1位になっていた。

 戦績は、1000勝、0敗。


 でもなんだかおかしいんだ。勝利した時にもらえてた「エリプス」というゲームマネーで支払われる賞金額が、突然減額されたんだ。


 今までは1勝する毎に10万エリプス支払われていたのに、1万エリプスしかもらえなくなったんだ。


 それで、その頃から対戦相手の装備も全然違うんだ。


 火力アップの効果が付いてる武器とか、防御力アップの効果が付いてる防具など。

 どうやら新しいガチャで出るらしい課金装備で、全身を固めてる挑戦者だらけになったんだ。


 公式サイトでガチャ景品の詳細を見てみると、最高レアの武器で攻撃力50パーセントアップ。最高レアの防具で防御力50パーセントアップって書いてあった。


 そしてトップページには、

『無敗の王者、ミリア・ルクスフローに挑戦しよう!』


 ……え? なにこれ……なんでこんな企画が始まってんの?


 ――こんなのやってらんない。どう見たって無課金な僕への当て付けだ。


 最初はそう思ってたけど、無課金な僕は、ゲームマネーを賞金で稼ぐしか無かった。

 父さんが作ってくれた僕のお姉ちゃんを、こんなところで終わりにしたくなかったから。


 でもね。同時期に行われた大型アップデート以降、クエストを消化するにも、レア堀りをするにも、課金装備が前提みたいな調整をされちゃったんだ。


 悔しかったよ。

 ……けれど、僕のお姉ちゃん、ミリア・ルクスフローはいつも笑顔なんだ。だから僕は意地になって戦い続けたんだ。


 課金装備使用プレイヤーに最初は苦戦してたけど、負けることもなかったよ。


 以前よりペースは随分と落ちて少しずつになったけど、無敗記録だけは伸びてった。



 そんな頃。


 プロヴィタメディクスという大手製薬会社の、木場という人が、母さんの承諾を得て、父さんが生前に使っていた書斎を訪れた。


 たぶん、『父さんのデスクに資料が入ってるの見付けたよ』と、母さんに教えてたから、資料を見に来たんだね。


 しばらくすると、その木場という人が、居間でおやつを食べてた僕にも聞こえるくらい、大きな声を上げたんだ。


「こ、この試薬に心当たりはないですか!」と、母さんに聞いている。


 試薬? あったのは金平糖だけだよ。

 僕は教えてあげようかと思ったけど、すぐにまた声が聞こえた。


「読ませて頂いた七浜博士の資料でも確認できました! ナンバー00021という試薬は完成していました! 本当に心当たりはありませんか!」


 ――あ、それ……あの瓶――


 僕は食べてたクッキーをお皿の上に放り出すと、自分の部屋に駆け込んだ。

「試薬」が2粒残ってる小瓶を、学習机の引き出しから取り出して、向かいの書斎へ飛び込んだ。


「ここにあります! ……3粒は……僕が食べちゃったんですけど」


 ◇


 細かな状況は省くけど、僕はそれから色々な検査を受けることになった。


 検査に立ち会っていた、木場という博士が出した結論は、その試薬の副作用で、僕の成長はほとんど止まってるらしいんだ。


 あ、正確に言えば「髪の毛や爪、それと皮膚や粘膜などの代謝と、内部的な生殖機能以外、成長がものすごくゆっくりになってる」だって。


 僕が食べた金平糖は、老化を抑制するための試薬らしいけど、元々、成長段階の人ではなくて、成熟しきった人を想定して研究してたらしいんだ。


 結果を聞いた母さんはショックを受けて、丸一日寝込んでた。


 ◇ ◆


 けれど、数日でいつもの日常に戻った。だって、僕がそれによって死ぬ訳でもないんだから。


 後藤先生は毎日来てくれた。

 クラスメイトも度々訪れていたけど、僕は後藤先生以外、会うことは無かった。


 そして僕は形だけ中学へ進学した。


 副担任という立場を気にしなくて済むせいか、後藤先生と母さんは親睦を深めていった。


 身体のコンプレックスまで感じるようになった僕は、中学へ進学しても学校へは一度も登校しなかった。外出さえしなくなった。


 中学の卒業式の日は、母さんと後藤先生が、僕の部屋でささやかなお祝いしてくれた。


 中学も卒業して、益々コンプレックスを感じるようになった僕は、意識して自分の事を「俺」と言うようになった。



 ――そして俺が17歳を迎えたとき。

 母さんと後藤先生の婚約が決まった。


 俺はとっても嬉しかった――でも、とっても悲しい出来事が起こった。


 母さんと後藤先生は、婚約旅行をしたんだ。

 ……飛行機で……沖縄へ――。


 ◇ ◆



 ――ああ……ポールシフトで地球の磁場が弱まり始めたところに、太陽の異常活動――太陽フレアの直撃という大災害が起こったんだ。


 ポールシフトと太陽の異常活動は数年前から観測されていたので、ある程度のフレアを想定して、オートパイロット機能を有する交通機関には、国際基準のシールドが付けられていた。


 だけど、このときの、太陽からのエネルギー放出は想定を超えていた。


 アジアからヨーロッパ全域にかけて、同時刻に飛行していた、オートパイロット航空機は、制御を失って次々と墜落した。


 太陽フレアの影響を受けた地域で大停電が発生し、通信網や交通網も麻痺をした。


 航空機に限らず、リニアレール、バスなどの交通機関や、タクシー、一般車両に至るまで、オートパイロットで動く物全てで重大事故が同時に多発し、それらの救助は困難を極めた。


 都市機能の復旧は急を要し、災害を免れた各国も、被害が出なかったアメリカが中心となり、救助や復旧、避難所の建設など、様々な支援に尽力した。


 辛いので、この災害の惨状についてはこれ以上語らない。


 母さんと後藤先生の遺灰は、人工的に作られた小さなルビーに入れられ、ペンダントになった。


 ペンダントは今でも、俺の首に掛けられている。


 母さんと後藤先生というかけがえのない二人を失い、絶望の底に沈んだ俺が、立ち直ることが出来たのは……。


 ああ、その事もこの先で語る。


 ◇


 都市機能の回復後は、ポールシフトの進行と、太陽の異常活動による災害を防ぐため、放射線を遮るシールドの設置が最優先で行われた。


 ケンタウルという愛称が付けられた、四足歩行の人型建設機器『自立型アーキビルダー』も、電装部のシールドが強化された。


 太陽からの危険な放射線や磁気嵐に耐えながら、道路やリニアレールなども含め、各地のシールドドームを建設するため、述べ32000機作られた自立型アーキビルダーはフル稼働を始めた。


 ◇


 俺が住む中野区も、中央リニア線、西豊リニア新宿線、環状道、一般道、商店街に至るまで、軽量合金製のシールドが張られた。


 都内ではもう夜空さえ眺められない。


 一時期サービスを停止していたスパークスも、サービスを再開したというニュースを見たけど、俺はとてもプレイをする気にはなれなかった。


 その当時、俺を保護していたのは後藤先生の両親だ。リニアレール中野駅から程近い、イタリアンレストランを経営してた。


 その店舗の二階の一部屋に俺は住んでいた。18歳になっても相変わらずヒキコモリだった。


 レストランは『ピッツァ・マルゲリータ』が人気メニューで、そこそこ繁盛していた。


 後藤先生の両親は、祖父母も親も居ない俺のことを、とても心配してくれていた。


 俺はいつも、閉店して客が帰ってから、ご飯を食べにレストランへ下りる。


 レストランの定休日には、後藤先生の両親と一緒に、ピッツァ・マルゲリータの作り方や焼き方を教わりながら、一緒に作って食べるのが、俺と後藤先生の両親との唯一の会話の場になっていた。


 俺にこのレストランを継がないかとも言ってきた。それだけ俺の事を心配してくれているのは痛いほど分かる。


 だけど俺は、このレストランを継ぐわけにはいかなかった。


 18歳になっても、元々体の小さかった俺は、どう見たって小学生にしか見えない。例え中学生だと言い張ったとしても、大抵の人は首を傾げるだろう。


 大人のように仕事が出来ない俺では、かえって老齢の後藤先生の両親に負担をかけるだけだ。


 いくら母さんと後藤先生が、生前に婚約してたとしても戸籍上は他人だ。一方的にお世話になり続けるのはとても心苦しい。


 ◇


 そんな時、俺と同い年だという二人の青年が、閉店後のレストランを訪れた。


 一人は金髪でひょろっと背の高い、イタリア人の母と日本人の父を持つ『田中ジョルジュ』

 ああ、小学6年の時のクラスメイト。今でも大親友の田中、お前だ。


 もう一人は……そう、最初は全く分からなかった。礼儀正しく笑顔がとても似合う好青年になった『砂垣間八』だ。


 砂垣君との再会は、俺にとっても、とても感慨深いものだった。


「砂垣間八君……あの時は……」

「七浜奈和君……あの時は……」


 お互いに言葉が詰まった。俺も砂垣君もただただ無言で涙を流した。


 その後、少しだけ会話を交わしたけど、多くを語らなくても、砂垣君がどれほど後悔していたか、そして、どれほど努力してきたかを理解できた。


 ◇


 砂垣君は近畿地方の大学に合格し、寮生活に入る前に。

 田中、お前は母親の故郷の大学に通い始める前に。


 ああ――二人は旅立つ前に、俺に会いに来てくれたんだ。

 こんなに嬉しい出来事は、何年ぶりだったろうか。


 俺は決意した。


 ◇ ◆


 身体的には子供のままでも、18歳であれば成人だ。


 生活費は、母さんが経営していた店舗兼住宅を、当時スタッフだった3人が共同で借りているので、その家賃で何とか賄える。


 俺は後藤先生の両親の家を出て、リニアメトロ中野坂上駅から近い地下アパートで、一人暮らしを始める事にした。


 その後、後藤先生の両親のイタリアンレストランは、巨大シールド設置の為の基礎工事における、区画整理で取り壊されることが決まり、本人たちは群馬に出来た保養型の国営アパートに入居したそうだ。


 俺が一人暮らしを始めたのは、タイミング的に良かったんだと思う。


 ◇


 一人暮らしを始めてから、ネットで求人を探した。


 だけど俺は学歴もない。


 子供のような身体という事もあって、国からの補助金で運営する訓練センターのような、障害を持つ人達がリハビリをかねて低賃金で単純作業をする施設くらいしか、働けるような所はなかった。


 雇ってくれる人がいたとして、雇用主は「子供を働かせてる」と、不快に思われたり、色々なハラスメントの対象になるくらいなものだ。


 俺が後藤先生の両親の誘いを断ったのも、こういった理由があったからだ。


 在宅でできる仕事も探したが、ホログラム面接で顔を見られた途端に、子供は雇えないと断られる。


 そのうち、職探しも諦めるようになった。


 二十歳を迎える頃には、母さんの店舗を借りていた元スタッフの人達も独立し、思い出だけが残る家は、取り壊しが決まった。


 振り込まれた最後の家賃と土地の売却料。都内の土地の売却といっても、地上部の地価は大暴落しているので、解体料を引かれるといくらも残らなかった。


 俺に残されたのは、父さんのゲーミングノート。


 スパークスを立ち上げてログインし、ミリア・ルクスフローのステータス画面を表示したまま、一人で二十歳の誕生日を祝った。


 年齢証明書を見せても、店頭では絶対に売ってくれないから、ネットでお酒を買った。

 ビニール紐も買った。なん重かにすれば切れないかもしれない。


 ネットバンクの残金も、当たるはずのないロト11を購入して空にした。


 ◇


 酔った勢いで自殺するつもりだった。


 だけどお酒なんて飲んだことのない俺は、一口飲んだだけで目が回って意識を失っていた。


 ◇


 これ以上は語らなくても良いだろう。ああ、寝不足もあって、恐らく丸一日寝てたんだと思う。


 目を覚ましたらロト11が当たってたんだ。





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