1話 魔王城


 鬱蒼うっそうと茂る木々の樹海。見たこともない謎のキノコや果樹で覆われている、樹海というよりジャングルだ。

 どこだよここは、ダンジョンの入り口か? 両サイドには濃い霧、この異様さはまさに異世界だな。

 

 かすかに見えるあれは岩山だろうか、危険地帯にしか思えない。ゲームでいうイベント的な場所、そんな目に映るどうでもいいことにしか考えが及ばない。


「やあ、お待たせ!」


「ヒィッ! ビ、ビビったぁ……あっ!」


 突然の呼び掛けに驚いた俺は、恥ずかしくも奇声を発して尻もちをついた。見ると神様のロッカだ。

 

「君にはまだ教えなければならないことや装備やらと色々ありましてね、魔界で準備です」


「魔界?」


「言いましたよね、先ずは魔界だって。ここは魔王の領域、ほら立って」


「ああ、そうだった」


「異世界はちょっとお預け。さてまずは魔王の城へ向かいましょう」


 魔界かあ、なるほど、どおりで怪しいわけだ。


「城って、あっ、魔王城?」


「そう。あの岩山を抜けたところにあるんですよ。今は悠長ゆうちょうに構えている暇はないので、城までは私が連れて行きます。さあ、私につかまって」


 そう言われたので、俺は黙って従った。ロッカの腕に掴まると、体が浮く感覚と同時に目の前が真っ白になった。気がつけばまったく違う場所に着いている。何という超便利アイテム。神様が使えるってことは、もしかして俺にも使えたりする?


「なあ、ロッカ様、これ瞬間移動ってやつだろ? 俺も使えたりするんだろうか」


「ん? ああ、そのうち君にも使えるようになりますよ。ねえ、私も名前で呼んでもいいかなあ、普通にお喋りしたいし、どう?」


「……別に、構わないよ。敬語を使われるとこっちも疲れるし、好きに呼んでくれ」


「ほんと! じゃあイスクね、私のこともロッカでいいから。フフッ」


 俺としたことが、つい気を抜いてしまった。

 でも意固地に突っぱる必要はないのかもしれない。どうせ何も変わることはないのだから――


「さあ、この先が君の住居だ。ここからは私でも前に進むことはできない、君が鍵だからね」


 そういってロッカは俺の横に立ち、笑顔を浮かべ岩山に手をかざす仕草を見せた。いったい何が起こるのだろう。


「この岩山の奥に魔王の城が?」


「うん、そうだよ。この岩はある呪文で開くんだ。ちょっと見ててよ」


《オープン ザ セサミ》


 地響きと共に分厚い岩が動いた。んだが、


「………………え?」


 ちょっと待ってくれ、アリババもびっくりの定番フレーズ英語版?

 

 くだらねえ……。


「今度はイスクが新しい呪文を刻み込むんだ。岩に手を当てて呪文を覚えさせる、なんでも良いよ」


 なんでも良いと言われたので――


《オーブンでサラミ》


 地響きと共に……ああ、もう面倒くさい!


「開いたねえ……イスク、やけくそ?」


「語呂合わせだよ」


 岩門が開くと、ロッカがスタスタと岩穴を歩き始めた。俺も気を取り直して慌てて後を追う。


「ほらイスク、魔王の城だよ。いや〜さすがにここまでデカいと圧巻だねぇ」


 岩穴の通路を抜けると、広大な敷地の中央に建てられた巨大な城が現れた。あの有名なベルサイユ宮殿に似た造りだが、華やかさはまったくない。するとロッカが俺の腕を取り歩き出した。


「さて、ここが君の出発点である魔王城だ」


 あまりにも唐突とうとつな始まり方で少々腹が立つも、仕方なくロッカの後に続く。


 建物の中は案の定、馬鹿みたいに広い。石造りのためか、冷んやりとした空気が漂う。

 ロッカがある大きな扉の前で足を止めた。


「ここが魔王の部屋だよ、たぶんこの扉もイスクにしか開けられないだろう。中には魔王の貴重な資料が沢山あるだろうから、見ておくといい」


「ここへ来たことがあるのか?」


「ん? まあね。じゃあ私はこれで、また明日ね」


 ロッカはそういうとスッと消え去った。俺はさっそく扉に手を掛けると、金属音のような耳鳴りが一瞬聞こえて、ガチャンと鍵が開く音がした。

 扉を開けて中へ入る――


「これは……!」


 俺はその部屋の広さと、まるで図書館の一画にでも居るような錯覚に襲われた。壁一面に設置された本棚には、びっしりと書物が並べられている。


 俺は1冊だけ机の中央にきちんと置かれた本を手に取る。表紙には見たことのない文字の羅列られつ、でも俺には不思議とその文字も意味も分かった。

 『カタグラフィ』記録だ。ということは、これは魔王の手記なんだろう。

 

 本を開くと、そこには一通の手紙が挟まれていた。読んでいいものなのか迷ったが、怖いもの見たさもあって俺は封を開けて読んだ。

 


――継承者へ――


 時は足早に過ぎ去るも、成すべき事は容易には進まぬものよ。哀しきかな、運命は定めし者と歩む。

 

 さて、継ぐ者よ。次の掟に従う事これ必然である。


 一、魔物を我が配下とし、従わせる事

 ニ、人間とて逆らう者は狩る事

 三、無駄な殺生は成さぬ事

 四、残虐は時に優先とする事

 五、魔界と魔王のみを最恐とする事

 

 継ぐ者よ。魔力を得るに当たり、己自身が変わるものと心得よ。捨身の覚悟を有するは必須、無き者はこの手紙を破り捨てられたし。さすれば全ての魔法書は灰となり消えるであろう。

 継ぐ者よ、覚悟を問う"――


 これはきっと俺への手紙だ。しかし妙だ、継承者とはどういう意味だろう。魔王城のことか、それとも魔界の再建者のことを指しているのか。

 なんだろう、きな臭い匂いがぷんぷんと……。


 とりあえず、手紙をどうしたらいいか迷う。覚悟はあるかと問われたら、すぐさま無いと応えるだろう。しかしだ、今この手紙を破り捨てたら俺は死亡フラグであの世行きか?

 それも有りといえば有りだが、唯一無二の天王に選ばれたんだ、そう簡単に諦めてなるものか!

 ここは保留で――

 

 

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影武者魔王は最恐より最高で名を馳せたい 〜魔王に憑依された転生者、最強支配者と異世界を網羅する〜 此岸 ニッチ @problem_dude

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