第25話
中層まで登れば、地上はすぐそこだ。
コウジを乗せた飛べない鳥型モンスターのジェイドは、吹き抜ける風のように通路を走り、メインフロアを縦に貫く螺旋階段を駆け上がる。
地上に近づくにつれ、徐々に人の数も増えてきた。
近づけば気配でわかるため、衝突事故を起こすことは無いと思うが目立つのでジェイドに速度を落としてもらう。
最上層に至り暫く通路を走ると、アーチ型の門のような構造体が出現し、向こう側には大きな白い柱が柱廊の様に並び立つ広い傾斜がかった空間が見える。
「カードの提示をお願い致します。」
「ほい。いつもお仕事お疲れ様です。」
「いえ、これが仕事ですので・・・。確認いたしました。どうぞ。」
「鑑定球使いたいんですけど、いいですか?」
「了解致しました。認定書はご希望されますか?」
「いえ、結構です。」
「わかりました。では、あちらへ。」
ベニヤ板で作られた極簡易的な改札のような場所でギルド職員にカードを提示し、出ダン記録を付けてもらい、門を潜る。
門前、両隣に設置された台座の上の鑑定の水晶球に、深層で見つけた謎のブレスレットをかざす。
「・・・へえ。これは――――・・」
***
坂を走り続けると、坂が終わると同時に壁は無くなり、柱廊の外に地上の景色が見えるようになる。
コウジは一度ジェイドの足を止め、体をほぐし深呼吸をする。
「ふぅ。やっぱり地上の空気は美味いな。」
目に映るのは、変わってしまった渋谷の光景。
ビル群の多くは度重なるモンスターとの苛烈な戦闘で荒廃、倒壊し、残った建物も倒壊の恐れがあるために爆発処理。
かつて多くの人で溢れかえったスクランブル交差点は路面上の白線に僅かな面影を残すのみであり、ハチ公の跡には僅かな石片が落ちているだけ。
しかし人が居なくなった訳ではない。
「―――おい聞いたか。最近中層1階で新しい採掘場が見つかったんだとよ。」
「あー、それただのデマらしいぞ。」
「だいたいその深さじゃ、自衛隊か『地図屋』の奴らがとっくに探索してるに決まってるだろ。」
「いや、でもさあ。ここ不人気ダンジョンだからワンチャン・・・・」
「―――クゥーッ!もうすっからかんだぜ。やっぱ魔鋼剣は高けえなあ。」
「おまっ、それ三葉重工の新作じゃねえか!!」
「――――はあ、ここ最近はハンターも増えて上層の素材は買い叩かれるようになっちまった。魔力持ちは良いよなぁ。」
「本当に。野菜や鉱石一つとっても俺たちゃ命賭けて採取してるんだぜ。」
「人が少ないって聞いて池袋から移ってきたはいいが、こりゃ変わらんな。同業者は少ないが、採取ポイントも少ない。」
「―――うーん、マジックバッグさえあればもっと効率良く稼げるんだが・・・」
「バカ、あれ一つで何円すると思ってる。宝箱漁るってもあんな希少品そうでねえよ」
「そもそもうちら、解体の仕方なんて知らないじゃないか。」
「素直に討伐報酬で稼いで、獲物はついで。それが一番効率いいよ。」
「うおっ、モンスt・・・・・何だ、従魔かよ。」
「へえ。ああいう風に乗れるのか。ありゃ使えそうだな。」
「いいなよあ。テイマー系スキル持ち。」
「いやあ。あれはあれで餌代とか飼う場所の確保とか、色々大変らしいぞ?」
「えーでもよお。例えばあれにリアカーみたいなやつ曳かせたりとか―――――」
「―――命はぁ!?」
「「大事に!」」
「「チャンスはっ!?」」
「「逃すな!」」
「俺たちゃ!」
「「渋谷の探検隊!」」
「おっしゃあぁ!今日こそは中層下部、突入するぞ!」
「「おおっ!」」
「・・・・ねえ。これ止めない?めっちゃ見られてるって。」
(何かやたらテンション高い奴らがいるな・・・。)
そんな光景を尻目に、コウジはジェイドから降りて歩き出す。
東京都『渋谷迷宮特区』
流行り物の服装に身を包んだ若者達の姿は消えたが、その代わりに剣や槍等の武器、或いは採取用のピッケルやスコップを身に付け、鎖帷子や板金鎧を着込んだハンター達が雑談をしながら道を行き交っている。
ある者は端に身を寄せ仲間と待ち合わせをし、ある者は出会った知り合いに近況を語り合い、ある者はダンジョンで得た獲得物を背負子やリアカーに満載し搬出し数百メートル先に建てられたギルドに向かう。
そしてギルドから特区外へ続く通りにはそれらハンター達を客とする大企業の量産品や迷宮産の武器や防具などを売る店、ギルドを通さない独自の販路を持つ企業の買取部門、または生産系スキルを持つ者達による受注生産制の工房が立ち並び、ギルドの裏手からはハンター達によって齎された各種資源や食材を市場へと搬送するトラックが時折走ってゆく。
迷宮大氾濫以前とは比べ物にならないが、それでも人々の姿は確かにあった。
4年前に制定された迷宮法により、政府は各ダンジョン開口部より半径1kmは例外なく”迷宮特区”として指定。
有事の際、この範囲内では自衛隊現場指揮官の判断、喫緊の場合は現地の特殊狩猟免許保持者の判断により、範囲内において全ての武力の行使が法的に認められ、民間人の死傷や財産の喪失について政府は一切の責任を負わないというもの。
つまりこの特区の中に限っては、剣でも魔法杖でも、或いは重機関銃や戦車から榴弾砲まで。ダンジョンより出て来たモンスターを排除する為なら如何なる攻撃や破壊行動も許容されているということ。
突発的な迷宮氾濫の被害を抑えるために、普段より一般人を特区より遠ざけ、現場に合わせた柔軟な対応を可能とする為に制定された法律だ。
勿論流れ弾がバンバンと飛んでくるし、モンスターも暴れるので元より荒廃していたダンジョン入り口周囲の地上は更に荒廃していくことになる。
その結果が、このディストピアな周囲の風景と、それに反して活気あるハンター達の往来とそれを客として建ち並ぶ簡易造りな店やギルド。
今、この国で最もホットな職業たるハンター・・・―――ダンジョンに潜り、モンスター達を狩り、或いは産出される資源を採取し地上に持ち帰る彼等が集まり、産地直送の新鮮な資源が集まるこの場所は、ダンジョンに付随する新時代の職業界が色濃く見られる土地であるのだ。
その様子は正に特区の名にふさわしい―――――かと言えば疑問はつくかもしれないが。
実のところ、この特区に限ってはそこまで人通りがあるわけではない。
人の温かみこそ感じられるものの、熱気というにはその規模は小さ過ぎた。
実のところこの渋谷ダンジョン群は、所謂『不人気ダンジョン』という存在なのだ。
なんせ出てくるモンスターが上層から無駄に強いうえ、全域が薄暗く閉塞感の強い石造りの迷宮型なのである。
単調的かつ色見がなく暗いダンジョン環境は、ただでさえ気を張り詰めねば生きて帰れぬハンターの精神を摩耗するため忌避されやすく、おまけに採取ポイントも少ないうえ、モンスターが強いのでまともに潜るのにはある程度の技量がいる。
その上、隣に植物資源が充実し、おまけに出現モンスターの強さも程良い池袋ダンジョンがある。
だから、この渋谷ダンジョン群はハンター達にとってあまり人気がないスポットなのだ。
そのため、ある程度の腕前を持ち、かつ討伐報酬をメインに生活する者(人が少ない分獲物の奪い合いにはならない上、こういったダンジョンではモンスターの間引きの為にも討伐報酬が高くなりがちなため)か、人気のない場所を好むような奇特な人物が多い。
その為、何やらすごいテンションで騒いでいるあの人たちも、業界全体で見たら結構上澄みだったりする。
そんな彼等が行き交うダンジョンの入り口からギルドの建物を結ぶ通りの反対へ、浩二とジェイドは進んでいく。
暫く―――とは言っても高々十数分だが―――歩いただろうか。
瓦礫と化した高級住宅街、その中にポツンと佇む一軒の民家。
奇跡的に殆ど原型を保ったままの、5年前の時点ならば庶民のコウジには見たこともないような資産価値のつくであろう、二階建てのその家屋へ、彼は歩を進める。
ぱっと見ではわからない程、薄い霧のようなものがその家の周囲を包んでいることが目聡い者には感じられるかもしれない。
「お?コウジはんやないか。今日はもう上がりっちゅう感じ?」
「ああ、今は狐霧君が担当か。これ、頼まれてたブツね。」
コウジは背の魔法鞄から袋を取り出し、家の玄関先であぐらをかいて座っていた糸目の自衛官に手渡す。
「ブツ言うとめっちゃヤバい代物に聞こてまうやん・・・・・。
まあ実際ヤバいもんに変わりは無いんやが。なんせワイらにとっては未知の深層産薬草やからなあ。
お代についてはいつも通り、口座に振り込みでいいんやな?」
「ああ。流石に札束で魔法鞄の空き食うのはいやだからね。」
「了解。上に言っとくわ。」
「仕事、頼むよ。」
「へいへい。でも実際楽なもんや。今の所問題らしい問題おきてせえへんし、逆に暇すぎてはげそうや。」
「え?そんな暇なら、ついてくるか?ダンジョン。」
「あんたワイを殺す気か・・・・・?それ絶対上に言わんといてね?きっと目を輝かせて指令書送ってきちゃうから。」
「ははっ、冗談冗談。」
ジェイドから降りて、鞍を外す。
それを泰然とした様子で待っていたジェイドは、裏手の庭へと歩いて行く。
コウジは扉を開け、家に入る。
上階から、誰かの生活音が聞えてくる。
階段を上がり、部屋のドアをノックして開ける。
「ただいまー。帰ったぞー。」
コウジの鼻を僅かな酒気がくすぐる。
そこに存在したのは――――――
流れるような銀の髪に、白い肌、赤いガラス玉のように綺麗な瞳を持つ、楚々とした見た目の女性――――・・・
・・・と、床に散乱するボトルと、煌々と点くテレビ。
部屋の端にうず高く積み上げられたコミック本とディスクカバー。
ゴミ箱の中に捨てられた、ポテチやクッキー菓子のパッケージ袋。
『でもおかんが言うには―――』
『―――コンフレークやないかい!』
「ぎゃははははははっ!は、腹が、腹がよじれるぅぅ―――・・・」
日が明るいうちからボトルワインを傾け、配信サイトでお笑い番組のダイジェストをゲラ笑いしながら視聴する、吸血鬼の姿であった。
(・・・・・・・めっちゃ現代に順応しとるぅ・・・)
コウジは改めて心の中で思った。
Hunter and Vampire ~禁足地に一人残り五年間ダンジョン内でモンスターを狩りまくったハンターと異世界からやって来た吸血姫の狩猟冒険譚~ 浅葱乃空 @asagisora
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