エピローグ 顛末

「あーあ、みーんなやられちゃった」

「真之の野郎は生捕りにされたな。まあ、代表して裁かれるやつができたおかげで俺たちへの目は逸らせるが」


 とある場末の居酒屋に、若い男女が二人。

 一人は艶のある黒髪を肩甲骨のあたりまで伸ばした美少女で、一人は白髪を逆立てた美男子。

 少女の方は肌が灰色で、背中には折り畳まれた翼と腰からは悪魔のような尻尾が生えていた。男の方にはさして特徴らしい特徴はないが、強いて言えば女に興味がなさそうな顔で、目の前の少女にも一切そういった感情を向けていなさそうである。

 レモンサワーとハイボールを啜りながら、二人は紫蘇餃子やら子持ちししゃも、コロッケなんかを突いている。あたりには仕事終わりのサラリーマンや肉体労働者が集い、飲んだり駄弁ったりしていた。


「現代の術師もなかなかにやる。手解きしてやりたくなったよ」

「あんたはあの燈真って子のおかまを掘りたいだけじゃない?」

「まさか。どちらかといえば、光希って小僧の方が好みだ」


 悍ましい会話をしながら、二人は夜の街で飲み明かす。


「だが稲尾の血が手に入っただけ充分な成果だ」

「真之が私らについてゲロっちゃう可能性は?」

「案ずるな。やつは獄中に向かう途中で、


 男はそう言って、ハイボールのグラスを傾けた。

 石肌の女は凄絶な笑みを浮かべ、「そっかそっか、じゃあ仕方ないね」とレモンサワーを呷った。


 仲間の手による処刑。

 苛烈だ。そして、彼らもその理の中にいる。

 決して仲間の存在を軽視しているわけではない。重んじればこその、絶対のルールだった。


×


「もっふもふもふ、もふもふ、ふもっふもふもふ」


 九月十八日の水曜日。自室で目を覚ました燈真は、隣で狐の姿をとり燈真の枕を横取りした挙句ひたすらフミフミしている菘の珍妙な声で目を覚ました。その瞬間、朝五時を告げる目覚ましがけたたましく鳴る。

 今時珍しいアナログ時計のボタンを押してベルを止めると、燈真は菘を抱き抱えた。


「なにすんだよう」

「そりゃこっちのセリフだ。なんで俺の部屋にいるんだお前は」

「つの、さわらしてほしいから」

「ダメだって言ってんだろ。くすぐったいんだよ、触られると」

「さきっちょだけ。ほんとさきっちょだけ」

「チャラ男みたいになってんぞ。ダメだからな」

「けちー」


 菘がボフンと煙をあげて少女の姿になった。今日は七分丈のシャツにホットパンツというスタイルらしい。彼女はそわ~っと手を角に伸ばしてきた。

 そんなに触りたいなら、少しくらいいいや、と思って触らせてやった。


「つるつるゴツゴツだね」

「俺もびっくりだよ。移植された心臓が、代々受け継がれてきた先祖の鬼神のモンだったなんて」


 燈真の心臓は、異界の半神・狭真が持つ四つの心臓の一つであった。

 彼は幼少期、叔父から心臓移植を受けている。その叔父――母の兄が宿していたものが、それだったのだ。

 あのとき、死を前にして生への執着がトリガーとなり、燈真は鬼神の因子を覚醒させた。その結果、代々流れてきた血が一気に先祖返りを起こし、彼を鬼として覚醒させたのだと柊は推察した。

 部屋自体は重量級妖怪でも暮らせる作りなのでいいが、家具の一部は取り替えてもらった。鬼になってから計ったら二四〇キロもの体重がある燈真である。そんな奴が普通の人間用ベッドを使えば、マットレスが凹んだまま戻らなくなることなど火を見るより明らかだ。


「もういいだろ、こそばゆいし変な声出そうになる」

「あえいじゃう?」

「変な言葉を使うんじゃありません。ほら放せ。着替えるから下降りてろ」

「みられてコーフンするおとしごろ」

「んなわけねーだろ。俺を特殊な趣味の全裸中年男性みたいな扱いにするんじゃない」


 菘がニコニコ笑いながら「あさごはんはたまごどんだよ」と言って出ていった。

 やれやれ、ませた子供だ。そう思いながら燈真はさっさとシャツとズボンを着替え、部屋を出る。


 あの激闘から数日。怪我の療養のため学校を休んでしまい、燈真は今日から復帰である。靴を履き替え軽くジョギング。屋敷の裏手から鬼岳を駆け上がり、戻るルートだ。途中にある地蔵が折り返し地点で、燈真はそこに家から持ってきた団子を備える。動物たちが食べるのか、次の日になると団子は必ず消えているのだ。

 屋敷に戻って、燈真は本館のシャワールームで汗を流した。胸に刻まれた、龍の爪痕のような傷が目立つ。来年、まだこの家にいたとして、学校のプール学習でどう説明したらいいんだろう。この傷はどう考えたって移植手術の痕では説明がつかない。だが、それ以上の意味などないのだ。

 思えばこれも、狭真の心臓の影響かもしれない。もしくは執刀医だった父に聞けば何かわかるかもしれないが、今の状況では聞こうに聞けない。


 風呂場を出て、学校指定のカッターシャツに袖を通し、ネクタイを締める。ズボンを履いてベルトをし、歯を磨いて髭を剃る。

 鏡に映る自分の顔は、どこか憑き物が落ちたように晴れやかだった。


 今日も一日が始まる。

 燈真の一日が、魅雲村の一日が――。


×


 ヤオロズの上澄みによる二次被害 報告


・魅雲村の周辺で魍魎が多数発生 退魔局による防御結界を強化

 ┗局勤きょっきん退魔師とフリーランスの民間退魔師に協力を要請、ことなきを得る


・一部魍魎の潜伏を確認 要索敵


・溟月市の魍魎に変化あり 微増傾向か 要警戒



 上澄み事件による顛末 報告


・呪術師クー、焜両名の死亡を確認 遺体は火葬し、遺骨は退魔局呪術師合同墓地に移送、納骨

・呪術師鬼塚真之の移送中に正体不明の呪術師の襲撃を受ける 局員一名、四等級退魔師一名が死亡 また、鬼塚真之の死亡も確認される 口封じが目的と見られ、背後に何らかの組織関係が推察される


・漆宮燈真を五等級退魔師から三等級退魔師に二階級特進 一等級相当の呪術師を撃滅した功績として、報奨金を賞与する

・稲尾椿姫、霧島万里恵の上澄み持ち(ヤオロズ憑き)撃滅による功績に、報奨金を賞与する

・尾張光希の呪術師単独処理、村への浸透・情報漏洩を防止した功績に、報奨金を賞与する


 その他報告事項


・近年見られる魍魎の活発化現象と、容易な上澄みの発生の因果関係を至急調査 久留米支局長の指示により、調査本部が立てられる

・呪術師の活動の活発化が見られる? 前年に比べ、現段階で約三三パーセントもの事件増加が見られる

・退魔師の増員が急務 国外退魔師の増援要請を検討

・ヤオロズの封印が緩んでいるという懸念事項を要調査 なおこの案件は極秘として扱う

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴヲスト・パレヱド 夢咲蕾花 @RaikaFox89

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画