魔女の願い事

@mitu_32

第1話 「告白」

 青年は商品棚に並んだ多種多様の花々を睨みつけていた。その視線の暑苦しさったら、まさしくその道の専門家が花の研究時に向けるそれと同様である。無論、青年に花の知識なんてものは欠片ほどもない。

 だからこそなのだ。店には何十種類もの花が取り揃えられている。その中から、一番相応しいものを直感的に選ばなければいけない。青年は、そのたった一種を逃すまいと神経を研ぎ澄ましていた。


 人生最初、願わくば最後となる告白に添える花を。


「こ、こいつは……」


 青年の目に止まったのは、星の形をした真っ白の花。色とりどりに着飾る花々の中、ただその何者でもない白だけが、青年の瞳と心を奪った。

 ――これは、なんというか……。

 なんとか形容しようと試みるも、青年の語彙の範囲にあるのは取るに足らない言葉ばかりだ。


「あの子みたいだ」


 振り絞って出した言葉に、青年は満足した。あれ、自分詩の才能あるかも、なんて自惚れたりもした。


 青年はその白花を顔の前まで持ち上げ、


「頼むぞ…、シロちゃん」


 と勝手に名前を付け、勝手に使命的なものを託す。その様子を、店にいた2,3人の客が不審者を見るかのような目で見ていたのを、青年は知らない。


 あの子というのは勿論、告白予定の相手のことを指していて、ちょうどこの店で働いているルーナという子だ。


 青年が手にしている花と同じ色の髪を肩まで伸ばし、この世のものとは思えないほど透き通ったミントグリーンの瞳が彼女を特徴付ける。


 そんな神秘的美少女に心を奪われたのはきっと青年だけじゃないはず。


 ルーナについて気になった青年は、かつて店長に話を聞いたことがあった。しかし、店長でさえもよく知らないとのことだった。


 一月ほど前、近所の公園で倒れこんでいた彼女を店長が助け、それ以降、この店に住み込みで働いているのだと。

 住所不明、年齢不明、家族もいなければ、知り合いもいない。


 ルーナという名前からして、ハーフなのかという質問に対して、彼女は「そういうことになりますね」と答えたそうだ。


 ――んんんんんん、なんっとも興味深い!


 あまりに謎めいている彼女のことを、青年は知りたいと思った。そして、その「知りたい」は、毎日通ううちに別のものへと変わっていた。


『ルーナちゃん恋愛したことないらしいから、仕掛けるなら今のうちだよ〜』


 お節介ば…もとい、店長のアドバイスをそのときばかりは適当にあしらっていた青年も、結局その言葉に突き動かされ、ここまで決意を固めるに至ったのだ。


 青年は大きく息を吸い込み、花の香りで少々現実味をなくしていた身体に、緊張感を持たせた。


 覚悟を決めた青年は、1歩、また1歩と、レジ前に立つルーナのもとへと足を運ぶ。


 真正面まで来たところで、青年は持っていた花を彼女に手渡し、昨夜から何度も練習した台詞を心の中で最終確認。肺を空気でいっぱいにしてから、


「こんにちは朝月勇人あさつきゆうとと申しますこの花はそのっえとっとっ、あ、あ、うわぁぁぁぁぁぁぁやり直しますぅぅっ!!!!!」


 ――最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だっ!


 青年はもう何から悔やめばいいのか分からなかった。訳も分からず、レジから見えないように、近くの商品棚の後ろに身を隠す。


 ――え、待って? なんで俺隠れてんの? 最悪じゃん、取り返しつかないよこれ。どうしようこの空気、これって軽く営業妨害じゃなーい!?


 青年は商品棚からちらりと顔だけを覗かせ、ルーナの様子を伺ってみる。あっけらかんとした表情で固まっている彼女。どうやらもう、無理そうだ。  


 青年はいよいよ諦めた。


 ――それでも、それでも人生最初の告白なんだ。言いたいことは全部言ってやろう。


 青年は再び彼女の前へと歩みを進めた。今度の足取りには、さっきと違った重さがある。


「その、前から君のこと、好きで、その花、君に似合うかなって……プレゼントで、良ければつきあって……くだ…」


 もう情けないの一言に尽きる醜態は、ようやく彼女が口にした「1400円です…」という言葉で、益々惨めなものになった。


 会計を終えても、いつまでも俯き続けている青年の頭に、「んふっ」と可愛らしい笑い声が零れ落ちた。


 ――もうどうなったっていい、最後に笑った顔が見れるのなら。


 視線を上げた青年は唖然とした。彼女の頬が赤らんでいるのだ。


「――ってますか……」


「…はい?」


「ペンタスの花言葉、知ってますか?」


 思わぬ彼女の質問に、青年は「わかん、ないです」と半ば反射的に答えた。ペンタスというのはこの花の名前なんだろう。


「希望が叶う、ですよ。なにか願いが叶ったり、お祝い事があった際にこの花を送るんです」


「……はぁ」


 淡々と説明されても、それになんの関係があるのかがまるで分からない。


「それを私が貰うって――」


 彼女の表情が花のように柔らかく緩んだ。


「まるで私から交際の申し込みをしたみたいだなっ、て」


 二人の間に少しの沈黙が続いたあと、「ははっ」と青年が耐えられずに吹き出した。それに続いてルーナも笑う。彼女の優しさに、笑顔に、青年はもう1度心を掴まれた。

 ――この時間が、一生続けばいい。


「――いいですよ」


 あまりに唐突な響きに、青年の反応が遅れる。


「………………え?」


「さっきの、返事なんだけど」


「さっきって、告白の?」


「それ以外に?」


 彼女が首を傾げる。


 もうとっくに諦めきっていた青年の細胞に、じわじわと「歓喜」という実感が伝わる。


 ――彼女? 彼女? ルーナが彼女ってこと?


 興奮で理性が働かなくなる。本当はこの後の台詞や行動まで準備していた。それなのに、青年はただ喜びに身を任せることしかできない。


「うおおおおおおおおおおおおおおしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 感情に体を乗っ取られた魔獣のように、雄叫びをあげている青年を、ルーナは、「店では騒がないでくださいね、お客さま」と冷静に対処するのだった。



 これが、ルーナがユウトを魔法の世界に連れてくる前の物語――。

























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