二十三話 ビルドの方向性
「種火の魔法っ!」
ほかのアクティブスキルと同様に魔法も“詠唱”を必要としないことはわかっていたが、地下水路でカラスマはやはり叫びつつ発動させてみていた。
なにしろ初めて使う魔法なのだから、まだ現実の延長線上といえるクイックスラッシュやストンプと比べて声が上擦るのも仕方がない。
「お、おぉ……」
目の前にいた水のウィスプがいくつかの小さな火にまとわりつかれて苦しそうに身もだえる。感情があるかどうかは定かでないが、表面を微かに波打たせながら細かく震える様子はカラスマにはそう見えた。
「威力そのものはクイックスラッシュよりも低そうですか。消費するマナは同じくらいなのですがねぇ」
瞬時に持ち替えた『鋭い小さなナイフ』で斬りつけて止めを刺しつつ、カラスマはこの魔法スキルについて考える。属性という考えがこの世界にあるのかどうかは不明だが、水のウィスプに対して火を起こしてぶつける魔法は効きが良くはないようだ。そしてそれ以上に、現状のカラスマは魔法を扱う基礎的な能力というものが、剣を振るためのそれよりも低いように感じられた。
――セット一――鋭い小さなナイフ(クイックスラッシュ)、くすんだ指輪(疲労軽減【微】)、なし
――セット二――軽い小さなハンマー(ストンプ)、なし、なし
――セット三――脆い杖(種火の魔法)、なし、なし
「……ふむ」
近くに魔物がいないことを確認してからカラスマは現在の装備セットを思い浮かべる。昨日に一つだけ手に入れた指輪を装備したことで、セット間の“使いまわし”はできないらしいことが既に判明していた。
つまり、戦闘中にセット切り替えをしても維持したいパッシブスキルがある場合には、同じ指輪を複数手に入れる必要があるということだ。
「ふ……ふふ」
それは面倒な作業プレイだという思いが半分、やりがいがあるという期待がもう半分という複雑な感情が、カラスマの口から不気味な笑いとして漏れた。
しかしすぐに、どうにも人目がないからと気味の悪いことをしてしまったと、カラスマは口を引き結ぶ。
「物理スキル……の、腕力特化……ですかねぇ」
そして続けて口にしたのはこれからの方針だった。いわゆるビルドというキャラクターの成長の方向性だ。
ゲームのキャラクターと違って今のカラスマにはレベル以外のステータスは数値としては見えていないが、一方で確かに存在することは自覚できている。
腕力・知力・器用というそうした基礎ステータスは、レベルがあがると手に入るポイントを割り振ることで、力も魔法もそれなりに得意だとか、力も魔法も高くないがとにかく圧倒的に素早くて器用だとか、そうした戦士としての特徴付けをしていける。
その中から魔法ではなく物理系のアクティブスキルを使い、特に腕力を伸ばす方向性にしようとカラスマは決めたのだった。
「リスペックやビルドスロットは……今はなさそうですしねぇ」
リスペックはレベルはそのままにポイントを振り直すこと。ビルドスロットはそうしたポイントの割り振り方を複数用意しておいて、安全な拠点にて切り替えること。どちらもポータルヘルに備わっていた機能の名前だ。
しかし現状ではカラスマの内にあるタレントへと「リスペック!」や「ビルドスロット!」と呼びかけてみても、応えてくれそうな気配はない。つまり少なくとも現状では“未実装”だとカラスマはそれを諦める。
であるからこその、腕力特化なのだった。魔法を使ったり弓矢や罠などを駆使したりするのではなく、体を直接動かすというその構成でいくのが、とっさに何かがあっても最も安全なのではないかという考えだ。
そうした中年らしい安定志向という薄皮を一枚めくれば、せっかくのハクスラだから自分の手足で楽しみたいという思考もまた透けて見えてはいたのだが。
とはいえ、ここでハクスラおじさんことカラスマの、最初のビルドの方向性というものは決まったのだった。
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異世界に召喚されたらチート能力もらったので無双します!……に巻き込まれたハクスラおじさん 回道巡 @kaido-meguru
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