二十二話 至福の検分タイム

 「ふふん、ふ、はん、はん、は~♪」

 

 不思議な匂いを微かに漂わせるランプが照らすだけの薄暗い部屋の中で、バリトンボイスの鼻歌が機嫌よさそうに響いている。

 その声の主はカラスマで、ここはソノワ王国の王都であるフルシュにいくつもある安宿のひとつだった。安宿とはいっても下の上というランクであり、借りた個室も誰かに覗かれる心配をする必要はない程度の造りではあった。

 

 しかし安い宿なのに安心して寝泊まりできるなんてことがあるのかと、旅行経験の多くないカラスマですら思ったものだが、そこは冒険者ギルド様様ということだった。つまりはギルドが稼ぎの多くない冒険者のために、いくつかの宿に色々と融通を利かせる見返りとして冒険者割引を提供させている。それで早々にリタイアする有望な新人が減ることは、ギルドの利益に繋がる。という仕組みだった。

 

 とはいえ、そんな異世界における社会の仕組みなど今のカラスマには関係がない。さらに正確にいうならば興味がない。

 彼の興味も目線も目の前にある戦利品に釘付けなのだから。

 

 「何体倒したか正確には数えていませんが……初日の三、四倍くらいですかね? 種類は全部ウィスプかレッサーゾンビでしたのでドロップアイテムの顔ぶれはほとんど変わりませんでした……が」

 

 ミッカと一緒に地下水路へ向かった冒険者初日に続いて、一人で向かった二日目には慣れもあってそれなりに多くの魔物を討伐していた。そしてその成果は冒険者ギルドへ寄って例の首飾りシステムで精算をしている。

 だから宿代や食費に使った分を差し引いて報酬を計算すれば、今日の討伐で何体の魔物を仕留めたかはわかるはずだ。だが銀貨が二枚、銅貨と鉄貨が大量にある所持金を見てカラスマはその把握を諦めていた。

 総額が三千ソノンとなることはわかる。ギルドでオーから貨幣については聞いていたので、数え方を知らないということではない。

 そのうえで、一ソノンである鉄貨がやけに多いことも、討伐数の把握をはなから諦めていることも、理由は同じでドロップにあった。つまりアイテムだけでなくソノン硬貨も魔物からドロップしたのだった。

 冒険者ギルドからの報酬とは別に、ただ敵を倒すだけでお金が手に入る。それは今のカラスマの状況を考えれば素直にうれしいことだったが、疑問がないわけではない。

 

 「ソノワ王国の流通硬貨を魔物が落とすのが…………まあ、気にするのも今更ですか」

 

 口にはしかけたものの、それはゲームであれば“あるある”だとして飲み込んだ。そもそも、ドロップアイテムを見て喜んでいた時点で本当に今更としかいいようがない。ジャシーンのくれたタレントがそういうものだと受け入れるのみだ。

 

 「それよりこっちです、こっち」

 

 カラスマはご機嫌での検分に戻る。目の前の床に並べられた装備品の数々は新たに加わったドロップアイテムだった。初日に手に入れていた分はインベントリに入れたままで、新しいものだけをとりあえず並べてみていたのだった。ゲームであれば表示される「NEW!」のアイコンがカラスマには目に見えるような気分だ。

 そもそもの話として、インベントリに収めたままでもアイテムの名前と見た目は脳裏に浮かべることができるし、その性能までも大体は把握できる。つまりはこんなことをする必要はないのであったが、カラスマと同じ境遇に陥ったハクスラプレイヤーの中で、こうして目の前に戦利品を並べて眺めるということをしない者などいないであろう、絶対に。

 

 「ナイフとハンマーがたくさんありますが……これは持っているのと同じですね」

 

 細かい違いはあれど基本的には既に持っている物と同じである小ぶりなナイフとハンマーを、カラスマはインベントリへとしまう。

 そして残ったのは、表面が何カ所も剥げ落ちた短めの杖が二本と、光沢が完全になくなるほど擦れた装飾のない指輪が一つだった。

 

 「ほぉ……疲労軽減のパッシブスキルですか」

 

 指輪を手に取って眺めてカラスマは呟く。プレイ経験が浅いために確たることはいえないが、疲労なんていうステータスもデバフもポータルヘルにはなかったはずだ。しかしパッシブスキルはそれを持つ装備品を身につけていれば常に効果を発揮するものであるから、疲労軽減のパッシブスキルというからにはこの指輪を身に着けていれば疲労が軽減されるということなのだろう。

 

 「そしてこちらの『脆い杖』は……お! 種火の魔法! 魔法スキルですねぇ!」

 

 既に持っている『小さなナイフ』や『小さなハンマー』と同じく、この『脆い杖』という名の短い杖についていたアクティブスキルは決して強くはない基礎的な攻撃スキルだった。だが魔法というファンタジーなスキルを使えるという予感に、カラスマは思わず声を大きくしていた。

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