二十一話 深淵の魔物対星騎士団副団長
「凝縮された魔力がまとわりつく様子が深淵みたいに黒く見える……だったっけ?」
ショウがマイアから受けた説明を思い出すように口にするが、それに受け応える余裕のある者はいないようだった。
その代わりというわけではないが、ゴルアッシュががぱりと口を開けて「ぅぅぅ」と小さく唸り始める。それは怯えているのでなければ、ゾンビが出すはずのない声を出して威嚇してきたのに対抗したということでもなかった。
「らあああああああぁっ!」
小さな唸りを予備動作として、勢いをつけた咆哮がゴルアッシュから発せられる。それこそが星騎士団副団長である彼が神から与えられたギフトであるテラーボイスだった。
ゾンビという魔物は、別に生物が生き返ったということではない。魔力が宿ってそれっぽく動いているだけだ。
だというのに、咆哮を受けたオオカミのゾンビはその身を縮こまらせて怯えたような姿勢を見せていた。
心も何もあるはずのない存在にすら恐れを抱かせる。神の恩寵たるギフトの本領発揮だった。
「ぁぁぁぁっ……せい!」
そして咆哮の尾を引いて駆けだしていたゴルアッシュはすぐにゾンビの目前まで迫り、剣の刃をその頭に叩き込んでいた。
衝撃波すら目に見えるような迫力ある一撃。ギフトがただの特殊能力に留まらないことを見せつけるような膂力だ。
「らああっ!」
ゾンビは頭でも腕でも体のどこかを大きく損壊させれば、そこから魔力が漏れて魔物としての存在を保てなくなる……つまりはそれで倒せるということだ。しかしゾンビの頭を半分以上抉り取るような一撃を叩き込んですぐに、ゴルアッシュはもう一度咆哮していた。
今度は先ほどより短かったが、その効果も違うようで、単純な衝撃波として放たれていた。そしてそれによって吹き飛んで草地の上を転がっていく頭が半分ないゾンビはまだ黒い羽衣を身にまとっている。
「あの靄がなくなるまで深淵は死なねぇから気ぃつけろっ!」
ぎこちない敬語を維持するほどの余裕はないゴルアッシュだったが、役目まで放棄してはいなかった。つまり力はあっても知識と経験のない使徒たちに、深淵の魔物との戦い方を見せるということだ。
「深淵に普通の魔物の常識は通じねぇ! あの黒い靄の量だけに注意しろ!」
言われて見てみれば、最初に姿を現した時と比べて、オオカミの形をしたゾンビの周囲に漂う黒い靄が随分と薄くなっているようだった。
「なんだ殺せるんじゃねぇかよ」
ホッとしたような、あるいは侮ったような、どこか調子っぱずれなサクの声だったが、離れて立つ使徒たちの耳に届くことはなかった。
だがそうした空気をゴルアッシュはどこかで感じ取ったようだった。
「ギフト所持者はそこらの魔物なんか簡単に圧倒できるが深淵だけは別だっ……らああっ! 絶対に油断だけはするな……らあああああああっ!」
二種類の咆哮を使い分けつつ、どんどんと攻め込んでいく星騎士。頭部はもげ、脚もあらぬ方向に曲がっていながら、それでも靄を支えにするかのようにその深淵の魔物は動いて襲い掛かり続けた。
それでもほどなくして、ゴルアッシュは見事に単身で深淵のゾンビを打ち倒して見せたのだった。
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