二十話 使徒と深淵の魔物
「ここに例の……?」
「うん、報告通りならそうだね」
テツが呟いた言葉に、ショウが軽い調子で応じる。
近くにはアツコもいて、少し離れてシラギク、ミッカ、キョウジ、サクも立っている。
つまり異世界から召喚された使徒たち――ただしカラスマを除くギフト所持者――が揃っていて、さらにはここはソノワ王国の王城ではなかった。王城および城下町フルシュからほど近い草原だ。ただし草原といっても大岩が散在しているために見通しは良くはない。
「あくまでも視察だが、気は抜かないでおいてくれ、です」
明らかに慣れていない敬語でぎこちなく話すのは、ここまでの案内役である騎士ゴルアッシュ・ジャンバ。王城の守護者である星騎士団で副団長を務める人物であり、ソノワ王国でも屈指の強さを誇るギフト所持者でもあった。やや長めで癖が強い黒っぽい茶髪の彼は、大柄ではないが鎧を着ていてもわかる引き締まった体躯をしていて、肩書きに負けない迫力を備えている。
そしてほかには騎士や衛兵は同行していない。正確には城をでてしばらくは大所帯だったが、しばらくして使徒たちと彼だけになったのだった。
その理由はこの“視察”というのが深淵の魔物を対象としたものだからだ。いつも眉間にしわを寄せた渋面の宰相マイアから説明されたその脅威を、一度直に見てきて欲しいと依頼されていた。依頼とはいっても、城に身を寄せている立場である以上は断る選択肢などないも同然ではあったが。
「っ!」
その時、使徒たちの中の誰かが驚きに息を短く吸う音がした。何かが見えたとか襲い掛かられたのではなく、気配を感じてのことだった。それはすぐにほかの面々にも伝播し、その場には一気に緊張感が満ちていく。
「よく見ているように……ください」
余裕がなくなっているのか、ゴルアッシュの言葉遣いはさらに怪しくなっていた。だが装飾過多な星騎士団の剣を抜き放つその様子は、実戦経験豊富な戦士の迫力をともなっていて、使徒たちにも笑って見るような者はいない。
そして短い沈黙が訪れたが、焦れたサクが何かしら口を開こうとした瞬間に、状況は次へと移っていた。
グゥゥゥゥゥゥッ!
威嚇の唸り声を漏らしながら少し離れた場所の岩陰から出てきたのは、あちらこちらの肉が削げ落ちたオオカミ、つまりは魔物としての名称でいうならゾンビだった。
動物の死体に魔力が宿って動き出すものをゾンビと呼び、その元となったのが小型動物ならレッサーゾンビ、中型動物ならゾンビ、大型動物ならグレーターゾンビとされる。グレーターゾンビともなればその圧倒的な耐久力もあって厄介な存在とはいえるが、それでも全体的に動きも反応も鈍い魔物であることから、それほど手強いとされるものではない。
そしてゾンビには元となったものが動物でも、あるいは人間でも、共通する特徴がある。それは発声能力はないということだ。だから曲がり角の多い場所では、耳を澄ましてゾンビが地を這いずる音に警戒しておけと新人冒険者が注意を受けたりもする。
しかしこのオオカミの形をしたゾンビは唸って登場したのだった。それは明らかな異常といえたが、そんなことには使徒たちは驚いていなかった。単純にそうした魔物の特徴まで知らなかったということなのだが、それよりも目立つ異常があったからということも大きい。
「……これが深淵」
呟くシラギクが見つめる先では、ゾンビは黒い靄を羽衣のようにまとっていた。
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