十九話 地下水路のトレハン開始

 「思えば王都の地下水路というロケーションも出だしとしてはいかにも、という感じで悪くないものです。趣深いとすらいえましょう」

 

 とても「悪くない」程度とは思えない上機嫌な様子で、カラスマは手にしたナイフを振り回す。時折混ざるとびきり鋭い斬撃はクイックスラッシュだ。

 ウィスプやレッサーゾンビ程度ならば一般中年男性でも倒せるとはいえ、どうして強力なスキルをもっと連発しないのかというと、そう何度も続けては使えないからだった。

 嬉しくなってあたりかまわず――魔物がそこにいるかどうかにすらかまわず――ストンプしてまわったカラスマがすぐに気付いたところによると、自分自身のスタミナとは別にゲームではマナと呼ばれたリソースがしっかりと存在するようだった。

 連続して使うとクイックスラッシュでもストンプでも四~五回くらいで使えなくなり、しばらく経てばまた使えるようになる。さらに使えなくなる前には“減っている”ということが感覚として理解できもしていた。

 とはいえ、ゲームではもちろん数字として表示されていたマナが今のカラスマには見えているわけではないために、この感覚を身に着けて理解するのは骨が折れそうというのが正直な感想だった。

 

 「それも含めて私は初心者ということですねぇ」

 

 ゲーム序盤特有の学んでいく楽しさを感じていると同時に、カラスマは元の世界で手を付け始めたばかりで残してきてしまったゲームであるポータルヘルのことを思い出していた。家族はおらず、親類も近しい者はいない。さらにいえば友人もろくにいなければ会社に忠誠心もない。そんな生きながら死んでいるような状態だったカラスマにとっての、唯一の心残りがポータルヘルだった。

 そんな愛しいハクスラの続きを今こうしてできている。そのことに充足感を覚えないはずがなかった。

 

 ステータスやライフ、マナといった数字として見える成長やリソース管理といったことができないことには若干の不満もありつつも、それすらも“リアルさ”と捉えればやりがいを感じ始めてすらいる。

 ……異世界にきたとはいえ現実において“リアルさ”とはなんなのだ、というのが正論ではあろうが、今のカラスマにはそれが正直な気持ちなのだから仕方がない。

 

 「お、上がりましたねぇ」

 

 ウィスプを斬り、レッサーゾンビを踏み、薄暗い中でへらへら笑いながら暴れつつ、倒した魔物が落としたきらりと光るドロップアイテムをインベントリに収納する。そんな行動を続けていたカラスマがふと動きを止めて虚空を見つめるようにする。

 ちなみにインベントリはすぐ近くにあるものであれば触れずとも収納できると気付いてからは、まさにゲームのようにドロップアイテムの上を通り過ぎるだけでよくなって効率も増している。

 

 息を切らせて汗を浮かべたカラスマは、別に何もないところを見ているのではない。数字としてみることができると途中で気付いた唯一のステータスであるレベルを眺めているのだった。とはいっても内心に浮かぶ文字とも音声ともつかない情報であるために、より正確には眺めるというより感じているといったところだったが。

 

 「レベルが三になってマナも倍ほどに増えた感じですかね」

 

 ポータルヘルではステータスは、基本となる強さの基準を表すレベルに、生命力であるライフ、魔力や気のようなものであるマナ、力の強さを表す腕力に、魔法の出力や制御能力である知力、身のこなしを示す器用、といったものがそれぞれ数字で表示されるようになっていた。

 今のカラスマにとってはレベルしか数字として認識することはできないが、一方でほかのステータスが確かに存在して自分の身の内に息づいていることを感じていた。これがジャシーンから与えられたタレントの効能でもあるのだろう。ギフトによって即座に身体能力が向上していた学生たちとは違い、カラスマはこうして地道に鍛え上げていくというコンセプトなのだと理解した。

 

 馬鹿ではないが面倒くさがりな面のあるカラスマは、ジャシーンから与えられたタレントは、ジャスティアがこの世界の一部の人間や使徒たちに与えているギフトとは明らかに意図的な違いがあることには気付いたものの、深く思考することはしなかった。

 あれは神かそれに類する存在だ。ただ考えただけでも察知される可能性は十分にある。そしてそれを反抗心と解釈されてしまった場合は、カラスマの方が困ったことになる。

 なにしろ、彼は既に気に入ってしまったのだ、このタレントを。

 当たり前にビデオゲームなど存在しないこの世界において、これを取り上げられたりしたら耐えられない。

 

 「お、あっちにもウィスプの集団がいますねぇ」

 

 そうして小休憩を終えたカラスマは、また嬉しそうに小走りしつつナイフやハンマーを振り回し始めたのだった。

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