十八話 “武器とスキルをとっかえひっかえ!”

 魔物以外には通行人などいないこの地下水路であったために、それを見て驚くような者はいなかったが、カラスマは二度の攻撃の際にどちらも違う武器を手にしていた。

 左右の手に持って使い分けたのでなければ、ベルトなどに身に着けておいて持ち替えたのでもなかった。文字通りに瞬時に手の中で出現したり入れ替わったりしていたのだ。

 そしてそれこそが、カラスマが叫んだ通り「ポータルヘルのシステム」だった。インベントリにあるアイテムから装備品――武器と指輪――を選んで装備セットを四つまで登録しておく。そして戦闘中を含むいつでも瞬時に切り替えられるというシステムこそが、“武器とスキルをとっかえひっかえ!”というキャッチコピーの所以でもある。

 なにしろポータルヘルでは武器には能動的発動を必要とするアクティブスキルが、指輪には常時発動型のパッシブスキルが付与されている。だからこそ、ゲームパッドでは十字キーに割り当てられたそれらをカチャカチャと操作して忙しく切り替えることこそが、難しいところであると同時に醍醐味なのだった。

 

 「今の私のセットは……」

 

 ワードローブと思い浮かべると、頭の中には文字とも音声とも判別がつかない状態で情報が浮かぶ。

 ――セット一――鋭い小さなナイフ(クイックスラッシュ)、なし、なし

 ――セット二――軽い小さなハンマー(ストンプ)、なし、なし

 

 とはいえ今のカラスマはそもそも装備品などほとんど持ってはいない。ゲーム的に言えば冒頭も冒頭の超序盤だ。

 インベントリにあるアイテムも『小さなナイフ』が九本に、『小さなハンマー』が一本。それぞれについているスキルは先ほど使ってみた通りだった。

 とはいえ、いつの間にかすっかりとやり方が理解できている“装備セット切り替え”を行ってナイフを出したりハンマーを出したりしてカラスマは口元を緩める。

 ハンマーは現状では一つしかないのでわからないが、ナイフは同じ『小さなナイフ』が九本あって、どれも付与スキルは同じ。しかしワードローブのセット一に入れているこれは『鋭い小さなナイフ』だ。実際に、ほかの同アイテムよりも切れ味がわずかに鋭いということが直感的に理解できていた。

 いわゆるアフィックスだ。装備品には同じものでも修飾語のようなものがついていることがある。“鋭い”が今回の場合だが、これによってわずかに攻撃力が高かったり、防御力を底上げしてくれたりする、追加効果ともいわれるようなものだ。

 そしてランダム性があるこうした要素があるからこそ、トレハン――時にはアイテム掘りなどとも呼ばれる――という作業的ゲームプレイに没頭するゲーマーは後を絶たないのだ。

 

 その長蛇の列のまさに一人であるところのカラスマは、ゲームでは当たり前であり、現実では不思議な存在であるはずだったこの小さなナイフを呆然と眺めていた。

 まだまだわからないことの多い状況ではあったが、最も重要なことは把握できた、という感慨からの短い自失状態だった。

 

 「一旦は、このあたりで手に入るドロップアイテムを集めてみますかねぇ……」

 

 はっとして動き出したカラスマが呟いた声は決して大きなものではなかった。しかしそれは誰がどう聞いても――聞いている者はいないが――熱を帯びていると表現するしかない声色でもあった。

 そう、同郷の若者たちには役立たずとして疎外され、異世界の城にいた者たちには使徒に混じった紛い物として捨てられた。それでもずっとへらへらと他人事みたいに受け流していた枯れた中年男でしかなかったカラスマは、大好きなハクスラをゲームの中ではなく現実で味わえると理解した瞬間にこの上なく悦んでいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る