十七話 ポータルヘル

 神か、あるいはそれに類する存在によって付与された能力は、直後は衝撃で忘れてしまうものの時間が経つにつれて少しずつ思い出していく。じっくりと時間をかけて体に定着していくという印象。

 

 そうしたことをカラスマはあらためて思い浮かべていた。もちろん、自分がジャシーンから与えられたタレントなる能力であるハクスラについてのことだ。

 そして思い出していたことはもう一つ。

 

 「……ポータルヘル」

 

 日を改めて再び訪れた薄暗い王都地下水路に、ぽつりと呟いた声が吸い込まれるようにして響いていった。

 感慨深いような、それでいて寂しさであるような、不思議な感情が言葉にはともなっているような気がした。

 元の世界でのあてもなく荒野をさまよって心身をすり減らしていくような日々の中で、ハクスラと呼ばれるジャンルのゲームを楽しむことだけがカラスマにとってのオアシスだった。

 そして口にしたのはちょうど手を付け始めたばかりの新作ゲームのタイトル。正直にいえば、語れることがあるほどに詳しくない……、まだ詳しくなれていなかったゲームだ。あえてネットで検索したりして情報を入れようとはしなかったという側面もある。

 

 「主人公はスーパーに警備員として勤務していた一般人で、駅前に突如として開いた地獄に繋がる異界の扉“ヘルポータル”が起こす戦いに巻き込まれる……でしたか」

 

 カラスマは基本設定を口にして思い出す。戦闘の素人が突拍子もない状況に巻き込まれて恐ろしい怪物と戦うことになってしまう。今の自分の状況とそっくりじゃないか……、そう考えると少し楽しく感じてしまうのを彼は抑えられなかった。

 そしてそう感じる理由というのは、導入となるストーリーに類似点があったからというだけではない。

 

 「クイックスラッシュっ!」

 

 いつの間にかカラスマの手に握られていた小さなナイフが瞬時に振りぬかれ、地下のひんやりとした空気とその先にいた水のウィスプ――カラスマがスライムと呼んでいた自然物が固まった魔物――をあっさりと切り裂く。

 

 「……お、おおぉ」

 

 年甲斐もなく技名を叫ぶなんてことをしたカラスマだったが、恥じるよりも感動が体の芯から湧き上がってくるのを感じていた。

 その理由は格闘技どころかスポーツをまともにやった経験もない自分が熟練者のような一撃を放てたからではないし、スキルというその不思議な恩恵をもたらしたナイフに対してでもなかった。

 

 「む……次はストンプです、ぬん!」

 

 不意にぞりっと地面を擦る音がして振り返るとぎこちない動きで這いずるネズミがいた。それが動く小動物の死体――レッサーゾンビ――であると気付いたカラスマはまた別のスキルで反撃する。小さな衝撃波をともなう踏みつけ攻撃を行ったカラスマの手には、今度もまたいつの間にか小さくて脆そうなハンマーが握られていた。

 

 「間違いありませんよ、これはっ! これは、このハクスラなるタレントが与えてくれる能力というのは……ポータルヘルのシステムそのものですよ!」

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