十六話 少女は去り、おじさんは
ミッカからはのんきな様子にしか見えないカラスマだったが、その内心は実はそうでもなかった。
「(ほかに選択肢もない状況である以上はやむなしと考えて正直に話しましたが、運よく良い方に転びましたねぇ)」
カラスマにとっては初めから賭けのつもりだった。冒険者として仕事をすると決めた時から、何かしら探りは入れられるであろうと予想はしていた。そしてその時には腹を割って話すことで信頼を得よう、とも。持たざる者に取れる選択肢など多くはないのだから。
どちらかといえば分の悪そうな賭け――それもテーブルにのせるものは自分の身の安全――だったが、生来の向こう見ずな性格を発揮した結果なんともあっさりと実行に移したのだった。
そんなことは本人にしかわからないし、ましてその向こう見ずな性格というのが自分自身の身の安全を重視しない破滅的な無頓着さというものに由来するなど推察のしようもない。だからミッカには極端にのんきな人と見えたし、オーからは豪胆で思い切りのいい冒険者向きの気質とさえ見えたのだった。
つまりはこの短い会話で、カラスマはここのギルドでの先輩から気に入られたということだった。
「ほっほっほう」
「では早速だがミッカ殿とカラスマ殿には……あぁ、いや、通貨や魔物の討伐数について説明するという約束もあったね」
カラスマはオーに突然声を掛けられた時のことを思い出す。そして「あれはそういう建前だったろうに、律義な人だ」と感心した。
そしてその律義なオーは本当にそうした説明をし始める。カラスマとしては話しかけていた内容についても気にはなったが、ありがたいので大人しく話を聞く。
通貨については特別驚くような内容ではなかった。鉄貨、銅貨、銀貨、金貨がそれぞれ一、百、千、万の価値がある硬貨であるということで、カラスマとしても「十円玉がないのですねぇ」と感じたくらいだ。
あるいは見る者が見れば硬貨の意匠の精緻さや均一さにもっと驚いたかもしれない。
さらには通常使われない白金貨もあるとのことだったが、当然持ち合わせもないということで実物を見せてはもらえなかったので、カラスマとしても聞き流した。
カラスマがミッカとともに驚いたのは、魔物討伐の方の説明だった。
受注証として受け取って報告と報酬精算の際に返したあの小さなくすんだコインのような装飾品。いわゆるランクを表すようなものでもないし何なのだろうと思っていたものだが、やはりあれが一種の監視装置であったとのことだった。
といっても、行動を逐一見張るような大げさなものではなく、魔物を倒した時に発生する微量の魔力を記録することで、誰が何体の魔物を倒したかがわかるという程度のものだとのことだった。
一人で倒したか二人以上が協力して倒したかもわかるような言い様だったことを思い出して、カラスマは「それでも十分すごいものです」と感心したが、ミッカの口に出した「ゲームみたいじゃん」が最も素直な感想だったかもしれない。
そして話が冒険者ギルドという組織そのものに関する質問へと移ろうとした時、扉を数度叩く音によって中断されることとなった。
「どうぞ」
言葉を遮られる形となったのはカラスマだったために、オーはそちらへと目配せをした。つまりは「話の途中だが、応対してもいいか?」というところだ。一応は新人冒険者であるカラスマとしては、当然即座に快く首肯してみせた。
「ギルド長、オーさん、城の護衛兵が……」
扉を開くとそこにはカラスマとミッカにとって見慣れぬ人物が立っていた。しかし服装から受付にもいたギルド職員であろうことは察しが付く。
そしてそれよりも話の内容の方が気になるものだった。城からの使い……ということは自分たちに関する用事で間違いないだろうと。
とはいえ、カラスマはというと出てきたのではなく追い出された身だ。
「使徒ミッカ様に……そろそろ遊びはやめて戻るようにと」
職員が途中で話しづらそうにしたのは、冒険者としての活動を“遊び”などと口にしたくはなかったからだろう。それでもそのまま伝えたことはいち職員としてのプロ意識だとカラスマは内心で共感する。トップでもない構成員であるなら、私情をある程度排するのは必要な技能だ。
「ミッカさんは一旦城に……皆さんのところに帰った方がいいでしょう」
「…………わかった……けど、いったん、一旦だからね?」
そもそも、カラスマを心配して追いかけてきてくれたミッカが同行するのは、頭を冷やすために一時的に城を離れたというだけのことだった。
だからこそカラスマはわかっていたことを確認しただけだったが、ミッカはというとそれでも不満そうだった。その不満が、つまりはカラスマへの仕打ちに対してまだ怒っているからだということは明白だ。
「私は当分この城下町で過ごすつもりですから、また何かあったら相談でもさせてください」
「うん。いつでも頼ってくれていいから」
だからこそ、珍しくへらへらとしたものではない穏やかな表情で伝えたカラスマの言葉に、ミッカはようやく納得してギルドを去っていったのだった。
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