第14話 『エリアス様』


 


〔王国歴377年 従地神月ムウンゼウルラーザ7日〕



※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ 



「Λ≒ηЖ」


 

 『エリアス様』は時々意味が掴めない言葉を使う。


 今も上級魔法を発動させる為に短い『エリアス語』を呟く様に言葉を発した。


 背中がゾワっとする感覚がした後、今まで感じていた風の挙動が変わった。

 前方に向けて風が吹いた。

 風の勢いが一気に強くなった事が雑草の動きで分かる。

 どんどんと勢いを増した風が、落ちている枯れ枝や石や骨などを巻き上げながら鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィが根城にしている洞穴のある崖と小屋群にぶつかった。


 ドンという音がするが、崖に風がぶつかった音だろう。

 崖に沿って私の身長の10倍以上の高さまで吹き上げられた小屋は完全に分解していた。


 枝や木片の中に30匹くらいの鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィの影が見えた。

 その中の10匹ほどの大き目な影がどこに落ちるのかを見定めると共に、落下地点に向かって走り出した。

 着地前と着地した瞬間は無防備になり易いので、そこを襲う。

 それで少しでも討伐出来れば、残りの討伐が楽になる。

 


 やはり『エリアス様』は凄い。

 さすが、力有る『現世神スピリウス様』の一柱ひとはしらに好かれているだけはある。


 初めて出会った時はその風貌と中身の凄さの差に戸惑ったが、今ではそれも偽装の一種だと分かっている。

 領主の騎士爵様も昔から私たちと変わらない生活をしている山村出身だからピンと来ないが、お貴族様ならでは相続絡みらしい。

 まあ、おかげで出会えたのだから私たちにとっては却って幸運だったとしか言い様が無いけど。


 そうそう、お貴族様だと分かった時、思わず「エリクソン様」と呼び掛けたら、『これまで通りにエリ坊と呼んで欲しい』と言われたんだった。

 きっと、その頃からお貴族様を辞める気だったんだろうね。

 まあ、今も心の中では『現世神スピリウス様』の一柱ひとはしらに好かれている事から「エリアス様」と呼んでいるんだけどね。



 広く信仰を集めている『諸神教』では現世神スピリウス様についての記述が経典に無い為に、神として扱われない。

 だけど、私とエッサの出身地では山で採れる果実や根菜などの食物の恵みを豊かにして下さり、その上、ごく偶に誕生する魔獣から村を守って下さる身近な神様として崇められていた。


 だから、住民は山の中に在る村で平和に暮らしていたが、それもあと数年で崩壊する。

 私が子供の頃、現世神スピリウス様が庇護している我々に教えてくれたのだ。


 魔脈が変動する時が近付いて来ていると。

 その時が来たら、これまでの比では無い数の魔獣が発生しだすと。

 

 私たちの山村には狩人は居ても、討伐士は居なかった。

 そらそうだ。山には様々な野獣は居ても、魔獣がほとんど居ないのだから。

 いざ、魔獣の発生が活発化した場合、現世神スピリウス様だけでは村を守る事は難しいとの事だった。


 そこで、戦う事が出来る恩寵を授かっていた私とエッサの2人が武者修行の旅に出たのだけど、あっという間に10年が過ぎた。

 もっと強くなりたいと焦った挙句、討伐に失敗しそうになっていた時に出会ったのが、『エリアス様』だった。


 暗雲の中に一筋の光明を見た気持ちだった。

 今まで出会って来た討伐士とは桁が違う力を持っているのに、それを隠している理由は最初は分からなかったけど。



 その後、仲間になる事が出来て、そのおかげで討伐する魔獣の等級も数も大きく上がった。

 実力もぐんぐん伸びた。

 しかも、私たちでも有効な魔法攻撃が出来る魔具まで造ってくれた。

 本当に仲間になって正解だった。

 

 今は未だ討伐士としての等級は6級だが、実力的には5級の真ん中くらいは有ると思う。

 私たちの後にも、村から何人かが武者修行の旅に出たと聞いているので、その子たちの実力次第だけど、かなり目途が立って来たと思う。


 本当にエリアス様サマだ。




 最初の1匹が着地しようとしているが、十分に間に合う。

 エッサも別の鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィに狙いを定めているのが気配で分かる。

 この気配を探るという考え方もエリアス様から教えられた事の一つだ。

 見えなくても、お互いの位置が分かる事がどれほど討伐に役立つのかは、信じられない程だ。

 

 私の意図に気付いたのだろう。

 狙いを定めた鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィが無理に態勢を修正して攻撃を仕掛けようとした。

 鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィの手は普人ヒュームよりもかなり長く、その爪は硬く鋭く、狙った獲物に致命傷を簡単に負わす事が出来る。

 襲われた非武装の一般人が素手で挑んでも勝てない理由だ。


 魔獣化ゴレーズンしていない1匹の鏖殺猿ジェノヴ・エイヴィ相手なら、体格差の分だけこっちの方が膂力が勝るので、傷だらけになるけど運が良ければ生き残れるかもしれないけど、魔法で身体強化を掛けられる鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィ相手では厳しい。



 まあ、それはそれとして、無理に攻撃態勢を取ったコイツは落とし穴に落ちた様なものだ。

 ほんの一瞬だけ仕掛けるの遅らせると、あっさりと空振りした。

 当然だが、重心を均衡出来ずバランスを取れずに着地に失敗して左足が折れた。

 バスタードソードを首を刎ねる様に水平に振り抜き、首を半ばまで切り裂いた。

 止めを刺したいが、今は数歩先に着地しようとしているヤツの対処を優先すべきだ。

 



 鏖殺魔猿の集落の討伐は昼前には終わったけど、それから魔石の採り出しと焼却に時間を取られ、結局開拓村に帰って来れたのは夕方前だった。



 ああ、風呂は本当に良い。

 村に帰ったら、絶対に風呂を作ろう。

 エッサも同じ意見だ。

 薪は山村だから手に入り易いが、エリアス様にお願いしてお湯を沸かす魔具でも造って貰おうかな。

 うん、造ってくれるかは分からないけど、おねだりするのはタダだからな。

 

 

 


※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ ※ ◇ 


 




2024-12-17公開

お読み頂き、誠に有難う御座います。


 第15話の投稿予定は今週中を見込んでいます。

 取り敢えず討伐後の雑事をこなしてから、いよいよ傀儡作成編に突入する予定です\(^o^)/

 

 これからも週に2話程度の頻度で(休みごとに書き上げて)投稿する予定です(評価が芳しくなければ頻度が落ちますのでご理解とご協力を賜わります様に伏してお願い申し上げ候)。


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傀儡使いの下克上 mrtk @mrtk

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