第13話 『鏖殺魔猩猩討伐』

 


〔王国歴377年 従地神月ムウンゼウルラーザ7日〕





「エフ・ワン」


 

 俺の魔法は基本的に無詠唱だ。

 上位精霊のエレムが使う魔法の術式を見て来たから詠唱無しでも術式を展開出来るし、ラノベを参考に開発したからな。

 なんせラノベでは無詠唱が当然と言うか、現地の人間を『下げて』主人公を『上げる』為の手法でしか無かったが、それに準拠して魔法の完熟度を上げたからな。


 そんな俺でも上級魔法はさすがに発動の為のキーワードを使う。

 今唱えたキーワードで発動する魔法は上級魔法の中でも範囲攻撃用としては使い易いと言える。

 特に森の中では。



 魔力が視える普人ヒュームは少ない。

 だから、この魔法を自身に向けて放たれても、発動直後は、直感か、野生の勘か、術式が複雑で巨大という点に気付くか、風の流れの違和感に気付ける者でしかヤバさが分からないと思う。


 「エフ・ワン」というキーワードで発動する魔法が最初に起こす現象は、俺の前方の風が一瞬止まる現象だ。

 それから一気に事態が進む。


 微風が起こり、それが風になり、疾風になり、強風になり、暴風になり、最後は烈風以上になる。


 そう、「エフ・ワン」とは、風の強さを表す藤田スケールの「F1」を指す。

 秒速40㍍近い風は、若木なら根ごと倒すし、大木でさえ幹を折られるかもしれない。


 そんな凶暴というか、凶器というか、とにかく大きな被害を齎す風魔法だ。 


 そんな風魔法の直撃を受けたら?


 一瞬で、倒木と葉っぱと枝を組み合わせて建てた小屋群は倒壊というよりも分解した。

 

 その煽りを受けて、かなりの数の鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィが宙を舞った。

 だが、鏖殺猿ジェノヴ・エイヴィの時点で普人ヒュームよりも頑丈で、しかも魔獣化ゴレーズンして身体強化の魔法が使える鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィはそんな状況でも生き残る。

 

 ただし、成人前の個体は身体強化が間に合わずに、高所からの落下に耐えきれず息絶える個体が多い。

 生き残れても最低でもどこかを骨折している。



「行け!」


 その俺の言葉の前に、アルマとエッサの2人は駆け出していた。


 2人の後姿を追わずに、俺は視線を洞穴に向けた。


 開口部から烈風以上の風が吹き込んだ洞穴も影響が無い訳では無い。

 洞穴の中に在った色々な物が外に吹き飛ばされていた。

 当然と言うか、道具類の類は無い。 

 食べ散らかした動物の骨が大半だ。

 それらに混じって成人前の鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィも吹き飛ばされていたが、外の小屋の中に居て上空に吹き飛ばされた同族と違って軽傷で済んでいる。



 うん、動ける鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィ全てが俺を見ている。

 視えなくても分かるその視線は殺意に染まっている。

 俺がこの惨状を齎した犯人だからではなく、魔獣ゴレーザー・ディエランの本能で普人ヒュームの俺を滅ぼすべき敵だと断定しているからだ。 


 『天陽神ゼントゼウル様が与えし試練』ではなく、普人ヒュームに掛けられた呪いという気がしたが、不敬に当たりかねんか?

 

 ま、そんな事はどうでも良い。


 洞穴に向けて走りつつ、更に身体強化の強度を上げて、埃が晴れて遂に視認した鏖殺猩猩の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグの元に向かった。


 鏖殺魔猩猩ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグは多少のかすり傷を負っているが、負傷はそれだけだ。

 前に討伐した時の鏖殺魔猩猩ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグは若い個体が進化したばかりで、まだ身体能力を持て余していたが、今回の個体は前回よりも大きいので、経験も能力も狡猾さも上と見るべきだ。


 あと10㍍という所で3匹の鏖殺魔猿ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィが横槍を入れようと動き出した。

 判断が遅い。1秒は前に判断すべきだったな。

 ほんの少しだけ進路をずらせば、3匹とも手が届かずに無力化出来る。

 それよりも、立ち上がった鏖殺魔猩猩ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグの右足が僅かに動いた方が問題だ。

 何か仕掛けて来る。


 答えは落ちていた骨を蹴り上げた、だ。

 さすが、としか言い様が無い。

 トップスピードに乗った状態で蹴り飛ばされた骨をこの距離で躱すなど普通は不可能だろう。


 だが、ヤツの目論見は空振りに終わる。

 俺目掛けて飛んでいた骨が撥ねられた様に不自然に軌道を変えた。

 開発者の俺が『近距離用突風魔具』を使うと、異世界のプロボクサーよりも速いジャブ代わりに使えるからだ。


 一瞬だが、思わぬ事態にヤツの意識が驚愕に染まった。

 それは空中で撥ね飛ばされた骨を目で追い掛けるという取り返しのつかない凡ミスに繋がった。


 4㍍手前で最後の一歩を右足で踏み込んで、更に加速する。

 間に合わないと分かっていながらも薙ぎ払おうとヤツが右手を持ち上げた時には、俺のバスタードソードは鍛え様の無い喉に突き立っていた。

 ほとんど抵抗らしい抵抗も無くバスタードソードが気道の奥の頚椎の隙間に到達し、中を通る全てを切断した。 

 

 ただ、俺も痛いミスをしていた。

 懐に飛び込む事を優先するあまり、勢いが付き過ぎていた。

 このままではヤツの上半身とまともにぶつかってしまう。

 自分の間抜けさに苦笑いが浮かぶ前に恥ずかしい魔法を発動させた。


 柔らかい物体に上半身がぶつかって、勢いを殺す。

 万が一にも怪我をしない様に造ったエアーバッグという魔法だが、実戦で初めて使った。

 なんとか怪我やムチ打ちにならない程度に衝撃が減衰された後で鏖殺魔猩猩ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグにぶつかった。


 更に、ヤツの身体を吹き飛ばす事で慣性エネルギーを移し変えながら、俺の身体は45度の角度で上に飛ばされた。


 思わず気を緩めて、洞穴の天井にまともにぶつかりそうになった事はアルマとエッサの2人には内緒だ。





2024-12-13公開

お読み頂き、誠に有難う御座います。


 第14話の投稿予定は来週を見込んでいます。

 なんせ、まだ1文字も書いていませんからね(;^ω^)

 討伐シーンというか、今作で初めての戦闘シーンだったのでは?

 『残心の大切さ』が今話のテーマです\(^o^)/


 これからも週に2話程度の頻度で(休みごとに書き上げて)投稿する予定です(評価が芳しくなければ頻度が落ちますのでご理解とご協力を賜わります様に伏してお願い申し上げ候)。





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