第3話 桜が喜ぶこと

「さぁ、ここに座って」

 

「えーと、おう」

 

 東也は桜の家に来ていた。理由は簡単そう、分からないのだ。

 

 なんで俺はここに居るんだ? 確か電話が来て、『今から勉強会しない?』って言われて来てみたらいつの間にか家に居たんだ。

 

 しかも驚くことに、俺の家から徒歩3分のとこに住んでいる。

 

 ゆっくりと腰を下ろし座る。

 

 何も触れないように。だって勝手に物を触れるのは嫌だろう、だからあまり指紋を付けないように気をつけないとな。

 

「今日はここを教えて欲しいな」

 

 指で教科書の問題を指す。

 

 桜は自分の可愛さを理解しているのか分からないが、口を尖らしその上にシャーペンを置いている。

 

 これはツッコミ待ちか? いや、多分真面目にやっているだけだな。

 

 自分の考えに恥ずかしくなりながら勉強を教え始める。

 

「こうすれば、ほら」

 

「凄い」

 

 手で口を押える桜を見て思わず笑いそうになる。けど笑うことは絶対にしない。

 

 まだ笑う資格はない。

 

 桜が心の底から笑った時一緒に笑いたい。そう思ってしまった。だから俺も笑わない、心の底から笑える日まで。

 

「ちょっと休憩しましょう」

 

 桜は手を伸ばし、力を抜いていく。

 

「お茶持ってくるね」

 

 桜は立ち上がり、部屋を出て行く。

 

 なんか落ち着かないな、やはり緊張する。初めて上がった女子の部屋。それが同級生で笑ったら付き合うよと意味の分からないことを言う人の部屋だ。

 

 とんでもない状況で上がる部屋は緊張で殺されそうになる。

 

 もちろん、緊張してる自分が恥ずかしくなる。

 

 自分の太ももを叩き気合を入れる。

 

 絶対に笑顔にしてみせる、何があっても必ず。

 

 そう思っていると、ドアが開き、桜が部屋に入ってくる。

 

「ねぇ、ゲームしない?」

 

 手にはトランプを持っていた。

 

「いいね」

 

 トランプのゲームは楽しかった。楽しかったのか一切笑うことのないゲームが淡々と続けていただけだった。

 

 まぁ、桜が満足そうな表情だったからいいか。

 

 東也はペンを持ち、ノートに向かって走り出す。

 

 桜は今一回に行っている、これはチャンスと捉えるべきだ。これは笑わすチャンスだ。

 

 紙に笑わす方法と書き。

 

 考える。何がある。

 

 一発芸をする、却下。絶対に笑わないだろう。

 

 そうだな、うーんと、何もないな。

 

 そうだ、笑わすのは後回しして喜ぶことをやろう。

 

 ちょうど、桜は部屋に戻ってくる。

 

「なあ、桜」

 

「?」

 

 首を傾ける桜。

 

「喜ぶことってなんだ?」

 

「喜ぶこと?」

 

「うん、これされたら喜ぶこと」

 

「えーと」

 

 桜は顎に手を当て考える。

 

「無いか?」

 

 東也は優しく問いかける。

 

「あるけど、多分無理だと思うよ」

 

 桜は優しい声で言った。

 

「大丈夫絶対に叶えるよ」

 

 この時、この言葉を言ったことで運命は大きく変わる。

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「あのさ」

 

「うん」

 

「私と一緒に暮らして欲しい」

 

 桜は俺に体を向けて言う。一切笑うことなく、恥ずかしむ様子もなく、ただ目を見つめて言う。

 

 それに比べて東也は時が止まっていた。

 

 机に置いてある、コップを手に取りすする。

 

 一回深呼吸して、夢じゃないか確認して、明日の予定とか確認して、そして、そして。

 

「やっぱ、無理だよね」

 

 桜は視線を下に向ける。

 

 そんな悲しい顔はやめてくれよ、似合わないし悲しい気持ちになる。

 

「それが、喜ぶなら俺はやるよ」

 

 東也は桜に向かって手を指し伸ばす。

 

 その手を優しく握る桜。

 

 そして、なんと共同生活が始まったのだ。

 

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