第3話 第四騎士団団長ジン

 部屋は静けさに澄んでいる。閉められたカーテンのあわいから漏れる光もずいぶんと弱くなった。冷たさに敏感となった肌を、シーツのあたたかいところへ当てようと少し身じろぎするだけで、擦れる音はやけに耳へ届いた。雪解けが過ぎて間もないころの夕暮れ時はまだ冷える。よれて盛り上がったシーツに自分の吐息がとどまると、その生温かさを頬に感じて鳥肌が立った。

 相部屋の彼は(まだ名前は知らない)、あれ以降寝てしまったようだ。暗がりに背が規則正しく上下しているところを見るに、そうで間違いないだろう。

 ひとつ、咳払いをしてみる。こほん。何かを演じているさなかにいるようで、気恥ずかしさがあった。もう一度、次は少し大きく。こほん! 一度目と変わらず、音は小さく消えてゆくようだった。

 いつまでも虚しさだけが残る。第六騎士団配属は夢の泡と消えてしまった。別に他の騎士団を嫌っているわけではなかったが、三年前のあの出来事を機に、ジュリア団長に合うためにやってきたのだから落胆は相当のものだというだけだ。これを割りきれず、ぐずぐずしているのは馬鹿らしいが今はどうしても感傷的になりたい気分だった。


「……切り替えないとなあ」


 ベッドから起き、枕元に備え付けられた間接照明の明かりをともした。壁に影が伸びた。一杯引っかけに出かけよう。酔ってしまえば、今日のことだって程よく忘れられるだろう。食堂に人が集まりはじめる頃だろうし、目につかないようさっさと行こう。


「—―君、ちょっと待ってくれ。僕も一緒に行く」


 玄関の扉を開けたときだった。振り向くとルームメイトがベッドに腰かけていた。顔の右側を下にしていたせいか、そちら側の横髪がつぶれていた。それをかきあげるように指ですくと、立ち上がり、背筋を伸ばしてから俺の隣へやってきた。


「自己紹介が遅れてすまなかった。僕の名前は、レイ=イブリース。イブリース侯爵家の次男だ。本来は第一騎士団に配属されるはずだったのだが、どういう手違いかここ第四騎士団に配属されている」

「丁寧にどうも。俺はルイス、辺境の村の出だ。俺も何かの手違いでここに配属された。本当は第六騎士団希望だったんだ」


 それを聞くと、レイは一瞬顔をしかめ、しかし、次には握手を求めてきた。


「なんだ、貧民だったのか。だが、まあ、着こなしを見るにそれが妥当だな。しかし、騎士の肩書を前に富貴貧賤の差は問題ではない。同じ因縁のよしみだ。仲良くしようじゃないか、ルイス」


 拍子抜けしたように言われ、一部耳につく物言いがあったが、とりあえず出された手を握り返した。


「で、どこへ行くんだい?」

「もちろん、飲みにだ。ぱーっと飲んで嫌なことなんて忘れてしまおうってな。まあ、今まで酒なんて飲んだことはないんだけどさ。貧乏だったからな」




―――――――――――




 翌日の朝。レイと俺は新入団員たちの前で、ジン団長に公開説教をくらっていた。というのも、早朝に予定されていた任務概要の説明会に盛大に遅刻したからだ。それだけではない。昨夜は寮に帰らなかった。遅刻した俺たちを不審に思った先輩の団員たちが寮を訪れると、そこに俺たちはいなかった。酒場ですっかりつぶれた俺たちは道端で熟睡していたらしい。発見された俺たちはなぜか毛布をかぶっていた。そのおかげなのか風邪は引いていない。


「で、お前らは昨日の夜からほっつきまわって何してたんだ? べろべろに酔ってたらしいな、特にレイ=イブリース」


 隆々とした筋肉にぴったりと張りつくようなタンクトップを着た強面の男が詰め寄る。レイは目をそらしながら渋々といった表情で言い訳をはじめた。


「いや、その、僕たち希望が叶わなくてちょっと傷心気味だったんです。それで、どうにか気を晴らそうと思ったところルイスが酒場に行こうと言って……僕は気乗りしなかったんですが、どうしてもと言われて仕方なく――」

「おい! 話をすり替えんなよ。お前も乗り気だったじゃねえか、なんなら我先にと羽目を外して飲み始めたのはレイだろうが!」


 こいつ、真っ先に裏切りやがって。昨日の酒場での友情はどこに行ったんだよ。


「うっさい、同時に喋んな。あのな、理由がどうであれ、騎士たるもの道端で酔いつぶれてたら面目がないわけ。分かる? お兄さん、対応に追われて困っちゃうんだわ」

「……すみません」

「はい、申し訳ありませんでした。……ただ、あの、お兄さんには見えないですが」



 見た目がいかついせいで騎士には到底見えないのに、言っていることはしごく真っ当で俺は反応に困ってほとんど物を言えなかった。

 レイは青ざめた表情でこたえる。またしても、余計な事を付け加えて。


「そういう指摘は受け付けてないんだわ」と軽くレイの頭をチョップするジン団長。

「まあ、とにかくそういった行動は慎んでくれってことだ。戦場なら、死ぬこと以外何したってたいていは気にしないんだがね」


 んじゃ、続きはじめるぞ、といってジン団長は俺たちがこれからこなしていく任務の説明に戻った。


「あ、言い忘れてたけど、レイとルイス。お前ら今日から一週間トイレ掃除担当な。当然罰は受けてもらうぞ。それが終わったらお前らにも任務を与える」


 気怠そうな態度を隠そうともせず、あくびまじりに言ってのけた団長の言葉に俺たちはいがみあいをはじめるのだった。それを咎められ、さらに宿舎全体の床掃除まで言い渡された。

 だが、そんな中で俺は新入団員の中に一人女の子がいることを目に留めた。


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物語の騎士のように あせび @modmato1576

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