第2話 ルームメイト
しばらく歩いたところで、周りの新入騎士たちの見た目、雰囲気がものすごく、なんというか雇われ冒険者っぽいことに気がついた。やけに筋肉質で、体型ががっちりしすぎている。すーっ、と汗が背を伝う。最前を歩いているが、後ろを一瞥して団体の中に女性らしき影が見当たらない。以前各騎士団のおよその男女比を人伝にいくつか聞いたことがあったが、もちろんどの団も比較的男性が多いが極端な偏りはひとつの団を除いてないとの情報がすべてだった。はてな、ついてくるところを間違えたのかもしれない。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょうか」
係りの騎士に尋ねる。
「俺って、こっちであってますかね」
「失礼ですが、お名前は?」
「あ、いえ、こちらこそ名乗らずに申し訳ない。ルイスです」
ふむ、と言って手持ちの紙束をぱらぱらと繰る。そして、もう一度、軽い身辺情報とともに俺の名前を確認すると、ええ、間違いありませんよと答えた。
「それで、行先は?」
「第四騎士団の宿舎です」
……。
「……もう一度伺っても?」
「第四騎士団の宿舎です」
「第六騎士団のではなく?」
「第四騎士団の宿舎ですね」
額に冷や汗がにじみ出る。俺が向かっている先は、あの野蛮で有名な第四騎士団ということか。冗談じゃない。当てが外れたという程度では到底済ませられない。いっそのことイヴ団長に直談判することも辞さない覚悟が俺にはあるってことをこいつに伝えなければならない。
だが、俺の勘違いってこともあるかもしれない。そう、もしかしたら俺が知らぬ間に第四騎士団と第六騎士団の団長が入れ替わってるとか、あとは、俺が四だと理解していたものが実は六ってこともありうる。つまり俺と彼らとでは、四と六の指示対象が入れ替わっている可能性を否定できていない。それが起こった原因はわからないが、とにかく、俺の認識だけが周りと違うことだってあり得なくはないはずだ。
一抹の希望を捨てるには、まだ早い。
「ちなみになんですが、第四騎士団の団長ってどなたですか? いや、知ってるんですよ。知ってるんですけど、念のため、ね、ね」
「は、はあ」
勢いに気圧されたのか、彼は若干距離を取るように横へずれた。
分かっている。これが恥ずべきことだというのは、イヴ団長の演説をなまなかに聞いていた俺でさえ心得ている。が、衆目に痴態をさらす恥を忍んでも聞かなければならない。これは俺の進退にもっとも影響を与えるどころか、進退の判断そのものであるからだ。
「第四騎士団団長は、ジン=クロトビですよ」
「—―終わった」
「え、何がです?」
大丈夫ですか、という彼の声さえ、もはや遠巻きの噂話の声量だ。目頭が熱くなり、わずかに視界が潤む。直談判とかどうでもいいや、なんかもう、やだ。そもそもそんな意気地があればこんなことを聞く前にそうしてる。世界って残酷だ。
シスターの忠告を払ってまで帝都に出てきたはいいが、もう退職か。シスターにどう顔を向ければいいんだろうか。彼女の畑仕事をすべて肩代わりする条件で許してもらえるだろうか。
「もう、帰りたい。帰っていいですか」
「何を言っているんですか、ルイスさん。もう間もなく宿舎へ到着しますよ。そうやってなよなよしていると、ジン団長は鋭いお方ですから……、あ! ほら、あちらです、見えますか? 着きましたよ!」
彼の指が示す方向をみると、三階建ての横に長い、白壁塗りの質素な建物があった。
案内係の彼は、軽く喉を鳴らすと、俺たちのいるほうへ向き直った。
「さて、皆さん。ここまでお疲れさまでした。こちらは第四騎士団の宿舎です。今日は一日疲れを癒し、明日から始まる任務へ向けて備えてください。部屋は原則、二人で一つのものを使っていただきますが、これには同期との仲を深め、連携を強化する狙いがあります。騎士は仲良しこよしで務まるものではありませんが、険悪でないに越したことはありません。気心が知れた仲というのはとても心強いものです」
そう締めくくると彼は、俺たちを一階のロビーに案内し、それぞれへ部屋の割り振りを伝えた。そして彼はその場を後にした。きっと自分の持ち場へ帰ったんだろう。
あてがわれた部屋へ入ると、まっさきにベッドへ飛び込んだ。おろしたばかりであろう、整えられたシーツはぱりっとして若干の硬さが残っていた。孤児院で暮らしていたころは、こんな上質なものにありつくことは非常に難しく、ベッドに沈み込みながらも孤児院のみんなに申し訳なさが立った。このまま何一つ成し遂げず帰郷してはつくづく情けないことだ。
「……頑張るしかないのか」
もごもごと、ひとりごちる。騎士団に入ったのは第六騎士団団長のジュリアのもとで働くためであった。が、いまやその望みはほとんど絶たれたといっていいだろう。俺にはすでにここに居残る理由がない。
騎士団同士の横のつながりがないことはないだろうが、積極的に関わる機会があるとは考えにくい。というのも、騎士団は帝国の脅威を退ける防御の要であり、主要な各防衛拠点にそれぞれが散らされている。第四騎士団は入団式が行われた帝都エンドに常駐する騎士団であるため徒歩での移動だったが、他の騎士団員たちは帝都に置かれた転送用魔法陣から各地へ転移している。なぜ第一騎士団ではなく第四騎士団が帝都の防衛を任されているのかは定かではないが、とにかくそういう事情があるらしい。だから、第六騎士団へ気軽に足を運べるわけではないのだ。それに、彼女は団長だ。普段から公務で忙しいはずだし、おいそれと関わりあえる存在でないことは容易に想像がつく。それゆえ第六騎士団への配属を切望していたのだが、まあこの結果だ。善後策を思案しようにも、失意のうちにある今の状態ではろくな案は上がらないだろうな。
だが、それはそれとして、騎士としての道をここで諦めてしまうのはどうにもためらわれた。ベッドに飛び込みさえしなければそんなことはつゆとも掠めなかっただろうが、因果なことに俺はそうしてしまった。シスターたちには立派な騎士になってくると伝えている手前、その時からすでに自分の退路を塞ぎはじめていたのは確かだが、それだけであれば俺の面の皮の厚さをもってしてみればなんとかできたかもしれない。けれど、そこへ彼女らへの同情が加われば、いくら自分でも、生涯ついてまわるような自責に囚われるかもしれないという恐怖にも似た感情を拭いさることはできなかった。
このような暗く沈んだ感情が渦を巻きはじめた時だった。
カチャリ、とドアノブのまわる金属質の音が聞こえた。同室の奴だろうな。シーツから面を上げ、音のした方へ首をまわした。空いたドアの隙間から人影が現れた。一応挨拶をと思い、ベッドから上体を起こして降り、そちらへ向かう。
「これはどういうことだ! イヴ様は一体なにを思い合わせて僕をここへ配属なさったのか!」
黒を基調としたほの青い澄んだ夜空を思わせる髪と瞳をもった、いたって端整な顔立ちをした同い年くらいの男が叫びながら玄関を入ってきた。俺を気にも留めず横を通り過ぎ、荷解きを軽く済ませると、ベッドへ仰向けに飛び込み枕へ顔をうずめた。
俺はそれを見届け、以前の状態に戻り、つまり、ルームメイトと同じようにうつ伏せになり、枕へ顔をうずめた。いったん寝てしまおうか。
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