第7話 リアは私の……



「なぁ、姫さん」


「なに……?」

 

「それでも、ありがとう。こうして俺達の事を知ろうとしてくれたのは姫さんが初めてだ。

俺の方こそ、逆恨みで襲ってごめん……」


「リア……」


「今まで俺、ずっと王族全員を恨んできた。けどそれは間違いだ。

俺が憎んでいたのはスラムの状況を知っておきながら放っておいた奴で……姫さんじゃない」


「……っ」


「だからもう泣かないでくれ。俺は姫さんに笑って欲しいんだ」



リアはレオノーラの涙を拭うと優しく微笑んだ。

その笑みを見てレオノーラはまた泣きそうになったけれど、グッと堪えて笑顔を作る。



「えぇ、ありがとう……っ」



そしてリアに抱き付き、決意の籠った眼差しで口を開いた。



「決めたわ、リア」


「姫さん?」


「私は……この国を変えるわ。鉱夫の労働環境を改善し、スラムの人達が人間らしく生きられる体制を作る」 


「……!」


「それは難しい事だわ。私には知識も権力も財力も足りない。

どれだけ時間がかかるかも分からない。でも……私はその道を行くと決めたわ」


「姫さん……」



リアは感極まってレオノーラの背中と頭に腕を回し、その華奢な身体を抱き寄せた。



「姫様ーーー!!」


「きゃっ⁉︎ え、マルク……?」


「誰?」


「衛兵長のマルクよ。そんなに慌ててどうしたの?」


「どうしたもこうしたもありません! そこの女です!」


「リアがどうかしたの?」


「えぇ! その女に王族誘拐の容疑が掛かっているのです!」


「え……」 


「……は?」



レオノーラもリアも困惑を隠しきれない。

レオノーラは慌てたように手を振ってマルクに向き直る。



「それは誤解よ! 私が連れていくようにお願いしたの!」


「……それでは“都合が悪い”のです。どの道彼奴は処刑を待つ身……こうするのが最も合理的だと王が判断されました」


「そんな……!」



レオノーラは抗議するがマルクは頑として引かない。

レオノーラより立場が上の王からの命令なのだ。マルクとて逆らえない。



「良い加減にしてくだされ! 彼奴の処刑延長の嘆願、無断でのスラム視察……王の堪忍袋も限界です。

これ以上の我儘は姫様のお立場も危うくなりましょう」


「それでも……っ」


「姫さん、もう良い」


「……リ、リア?」



先のスラムを救うという約束……リアはレオノーラなら必ず成し遂げてくれると確信していた。

そして、今無駄に立場を悪くするのは得策ではない事も……理解している。



「今までありがとうな、姫さん」


「ま、待って……リアッ!」



だからリアはレオノーラの制止を聞かずにベッドから立ち上がった。



「殊勝な心掛けだな。枷を掛けろ」


「ハッ!」



部下の衛兵が枷を持って近付き……



「ま、待って!」



レオノーラが間に立ち塞がった。



「姫様……その者は犯行を認めたのですぞ?」


「そうだ、此処はこうするのが未来の為なんだ」


「駄目よっ!」


「姫様、理由も無しに誘拐犯を許す事は出来ないのです」


「理由ならあるわ!」


「ほぅ、それは?」 


「リ、リアは、その……」


「彼奴は姫様の何だと言うのです?」



レオノーラは緊張で震えながら、しかしハッキリと告げた。



「リアは……私の“妻”よ!」 


「……はい?」 


「え……」



その言葉にマルクやリアが唖然とする中、レオノーラだけは堂々と胸を張った。



「スラムに行ったのはただのデートよ! リアの故郷にお邪魔しただけ。

そこで“偶然”危ない目に逢ってしまったの。

お父様も若い頃お母様を馬に乗せて駆けていたらサイクロプスに遭遇にした事があるのよね? それと同じよ。

私とリアのデートを罪と言うのなら、お父様も同じく責められるべきよ!」


「いや、それとこれとは……」


「マルク! 貴方は何時王族の妻を裁く程偉くなったのかしら!?」


「えぇ……?」



レオノーラの余りの暴論と勢いにドン引きするマルク。

彼は神妙な顔付きでうむむ……と呻く。



「……王に判断を仰ぎます。一先ず今回はこれにて失礼致します」




「……ふぅ」



マルクとその部下の衛兵が去った後、レオノーラは安堵の息を吐いた。



「姫さん、その……」


「……リア」


「お、おう」


「いきなり変な事を言ってごめんなさい。

でも、あの場で咄嗟に言葉が出てきて……」


「姫さん……」



レオノーラはバツが悪そうに俯き、両手をモジモジと擦り合わせる。

顔なんて熱した鉄のように真っ赤だ。



「本気にして、良いのか?」


「え……!? そ、それは……っ」


「俺が姫さんの“妻”っての。つーか女同士で結婚出来んのか?」


「え、えぇ。同性同士の結婚を禁ずる法律は無かった筈よ?」


「そっか……」



リアは天井を仰いで一つ深呼吸して……



「姫さんは俺を助ける為に咄嗟に言ったのかもしんねーけど……」


「えぇ。でも、幾ら何でも助ける為だけに好きじゃない人を“妻です”なんて言わないわ」


「じゃあ、本気にして良いのか?」


「え、えぇ! その、私は恋愛経験が無いから、この感情がどういう名前なのか正確には把握出来てないのだけど……」


「そんなの俺だってそうだ。他人がこんなに気になる事なんて今まで無かった。……どうすりゃ良いんだろうな」


「……キスしてみる、とか?」


「……試しにやってみるか」


「……うん」



リアはレオノーラを正面から抱き寄せると、その赤い頬に手を寄せた。



「あっ……ん……」


「ん……」



初めてのキスは、とても柔らかくて良い匂いがして……



「……しちゃった」


「しちゃったな」


「……うふふ」


「ははっ」



そして、お互いに顔を見合わせて笑い合った。

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2024年11月28日 19:02
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無垢な王女と貧民少女のスラム改革〜培った人脈で魔鉱石採掘労働者の職場環境を改善せよ!!〜 生獣(ナマ・ケモノ) @lifebeast

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