第6話 無知と優しさと
「どうしたの?」
「んっ」
「……?」
子供が両手を突き出している。
たまに城下町の住民が来ると良くこうやって物乞いをするのだ。
(さっさと逃げたいんだが……放っとく訳にもいかねーか)
そう思いリアは引き返した。
別に大声を出さずとも、適当に追い払えばそれで良いと、そう思っていた。
だがこのレオノーラという少女は優しく賢く……そしてスラムの常識を知らなかった。
「あぁ、そういう事。そうね、これだけあれば食べ物も買えると思うわ」
レオノーラは慈愛の微笑みを子供に向け……革袋から1枚の金貨を取り出して子供に握らせた。
「バッ……!」
その瞬間、さっきまでの無気力さは何処へやら。
何処に潜んでいたのかと思う程の勢いで人々が殺到したのだ。
「俺にもくれっ!」「私にも!」「頼む、もう10日も禄に食ってないんだ!」「足が悪くて働けなくて……っ」「子供に食べさせてやりたいんです!」
「ひっ……⁉︎ あ、あの、今はそれ程手持ちが無くて……っ」
「クソ、どけっ!」
リアはレオノーラの元へ引き返すが、欲にまみれた群衆はそう簡単には前に進めず、リアが割って入るなど不可能に近い。
それどころか押し退けられて吹っ飛ばされてしまう。
「皆さんどうか落ち着いてください……!
城に戻り、事の経緯を王に報告し対策を講じますから!」
「ダメだ! その先は……っ!」
リアは咄嗟に静止を呼び掛ける。しかしその言葉は金を欲する人々の懇願の声に掻き消されてしまい……
「このレオノーラ・フォン・ヴェールバルドの名に誓って!」
その名乗りを、発言を、許してしまった。
「ヴェール、バルド……?」
嘘のように静まり返る群衆。
しかしその中の1人がポツリと呟いた。
「王族」
と。
それは波紋のように広がり、群衆1人残らず伝播する。
「王族?」「王族」「王族……」「俺達を見捨てた王族」「許さねぇ!」「王族」「王族」「王族」
「王族ぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ちくしょう!」
それはやがて怒りに変わり、一斉にレオノーラに襲いかかった。
不幸中の幸いなのは、レオノーラが臆され逃げた事。
それによって追い掛ける者達の速度差により、人混みに隙間が空いた事。
リアはその隙間を縫うように、あるいは無理やり押し退けてレオノーラを追う。
(姫さん……!)
リアは祈りつつ必死に駆ける。
「いやっ」
「……っ!」
人混みを抜けた先に待っていたのは1人の男に腕を掴まれるレオノーラの姿だった。
そして足止めされたレオノーラに後続も追い付き拳を振り上げ……
「やめろ馬鹿っ!!」
リアが間一髪で追い付き、殴り、蹴ってスラムの住人をレオノーラから引き剝す。
そしてレオノーラの手を引いて走り出した。
「行くぞ!」
「リア……!」
「何で魔法を使わねーんだ! 姫さんならあんな奴等イチコロだろ!」
「市民に武器を向けるなんて出来ないわ!」
「あぁ、そうかよ!」
そうだな、とリアは僅かに微笑んだ。
自分の時は“記念の日に癇癪を起こし、王族を害そうとした重罪人”だったからレオノーラも魔法を行使し、電撃を浴びせてきた。
しかし彼等は違う。王族に見捨てられ、搾取され、基本的人権すら剥奪された者達。
“王族に対する正当な恨みと復讐する権利を持つ市民”だとレオノーラは思っている。
だから彼女は魔法を使えなかった。
そしてそんなレオノーラだからこそ、リアは引き返して守りに来たのだ。
「さっさと逃げんぞ!」
「えぇっ」
レオノーラは頷き、リアに手を引かれるまま加速(レオノーラ比)した。
だが……
「逃がすな!」「捕まえろ!」「俺達の怒りを思い知らせてやる!」
そんな怒号を響かせながらスラムの住人が2人の後を追って来る。
「くっそ……!」
(どうする……!)
リアは比較的余裕があるので振り返って距離を測る。
だから分かった。気付いた。
群衆の1人が木の棒を振り上げ、投げて来たのだ。
「っ、姫さん!」
「リアっ!?」
レオノーラを庇うように抱き寄せて、その結果としてレオノーラは守られ……そして代わりにリアの頭部に直撃した。
「ぐぅ……っ」
「リア!」
脳が揺さぶられ足がフラつき、ガクッと膝から崩れ落ちる。
生暖かい感触から察するに出血もしているのだろう。
「姫さん、逃げろ……!」
「嫌よ……っ」
「姫、さん……」
薄れ行く意識の中……最後に感じたのは優しく地面に横たえられる感触。
最後に目に映ったのは前方をキッと睨みながら立ち上がるレオノーラの姿だった。
「んん……」
「リアッ!」
「姫……さん?」
レオノーラが目を覚ましたリアに飛び付いた。
顔を見ると、現在進行形で泣いていたのだと分かる。
「ここは……?」
「王城にある医務室よ。大丈夫? まだ痛む?」
「あー……頭はまだズキズキするけどそれだけだ」
「良かった……命に別状は無いって先生が言っていたわ」
「そりゃ何よりだが……何があったんだ?」
「あの後、私は閃光魔法で一時的に彼等の視力を奪ったの。
そして、城の方では既に私とリアが消えている事に気付かれてて騒ぎになって……」
「その閃光の発信源に来てみたら……って訳か」
「えぇ、衛兵達が助けてくれて……」
「そっか。姫さんは怪我無いか?」
「無いわ。リアのおかげよ……」
「はは、良かった」
「……ごめんなさい」
「ん? 良いって。これは俺が勝手にやった事だ」
「違うの! それ以外にも沢山酷い事をしてきたわ……!
王族なのにスラムの事を知らなくてごめんなさい!
リアの言う事を信じなくてごめんなさい!
立ち向かう覚悟が無くてごめんなさい!
私がすぐに魔法を使っていればリアが怪我をする事なんて無かったのに! 本当に、ごめんなさい……っ」
「姫さん……」
レオノーラは大粒の涙をボロボロと溢す。
もう血は流れていない筈なのに、リアの心には熱を持った痛みが走った。
(この人には泣いてほしくない。笑っていて欲しいな……)
何故そう思うのかは分からないけれど、その感情だけははっきりと自覚出来た。
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