第5話 真実


「お、おい……本当に言ってるのか?」


「勿論」


(マジかよ)



リアは思わず頭を抱えた。

このお姫様は本気で自分の為に動いてくれているのだ。

いや、それは嬉しいのだが、しかし……とリアは悩む。


確かにこれは脱走する絶好のチャンスだ。

入り組んだ路地も多いし地の利もこちらにある。

如何にレオノーラが相手だろうと撒く事は可能だろう。


しかし、それで良いのだろうかという思いがリアを悩ませる。

レオノーラに情が湧いてしまっているのは事実だ。

ここで自分が逃げた事で彼女に責が及ぶ可能性も十分にある。



(けど……)



このままだと確実に処刑される。

そして、それはレオノーラが最も望まない事だろう。

きっと自分が責められる辛さより、俺が生き延びる嬉しさの方が勝る……と思うのは自惚れだろうか? とリアは自問する。



「はぁ……分かったよ、案内すりゃいいんだろ」


「リア!」


「但し! 俺の言う事はちゃんと聞くって約束してくれ。安全な場所じゃねーからな」


「えぇ、本当に飢えた人が大勢居るなら危険かもね」


「まだ言うか」



リアは、まぁ今まで習ってきた常識と真逆だしなぁ……と今では納得してしまう自分に気付く。

それに口では危険と言ったが、心身共に衰弱しているスラムの住人では束になった所でレオノーラには指一本触れられないだろう。

仮に途中で撒いたとしても、レオノーラに危険は及ばない筈だ。



「じゃ、朝飯食ったら行くか?」


「えぇ! あ、その前にこれに着替えてね」



ポン、と置かれたのはヴェールバルド城下町の住民が着ている一般的な服。

レオノーラも似た服装だが、溢れ出る気品のせいかまるで意味が無いと思わされる。



「? なぁに?」


「いや……」



可愛らしく小首を傾けるレオノーラに、リアは無意識に顔を背けてパンを口に詰め込んだ。

ここから逃げたらまた腐った残飯の奪い合いか、と思いながら。

でも死ぬよりはマシだよな、と思い直した。





ヴェールバルド城下の住民の朝は早い。

いや、それは正確ではないな……とリアは思う。

確かに日が昇る頃には起き出す人は多いが、それでもまだ街全体が寝静まっている時間だ。

しかし、この通りは違う。

既に店を開けている店舗もちらほらあって、いつレオノーラに気付かれるか気が気じゃない。

ただ、普段からお忍びで城下を散策しているらしいので、よくある事だとスルーしてくれる事を祈るしかない。



「こっちだ」


「ほ、本当にこっちなの? 城下町の中心から離れていくわよ……?」


「だから最初からそうだって言ってるだろ?」


「人、というより民家も少なくなってきたし……」


「そりゃな」



怯えているのか妙に口数の多いレオノーラを適当にあしらいのがらリアは進む。

レオノーラが何と言おうと、自分の不意打ちを防いで捕らえるだけの実力があるんだからそんなにビビる必要無いのにな……とリアは笑った。



「ここがスラム、なの……?」



道が石畳から土が剥き出しの地面に変わった所でレオノーラはリアにそう聞いた。



「いや、まだスラムと城下町の境目だな。

偶に小遣い稼ぎしたい城下町の奴がやってくるんだ。

スラムの奴らはチョロまかした魔鉱石と食いもんを交換する」


「魔鉱石って……重要な資源じゃない! どうしてスラムの人が持っているの?」


「そりゃ掘ってるのはスラムの連中だからな」


「だったら生活が苦しいのはおかしいわ!

国と生活を支える魔鉱石の鉱夫が薄給な訳がないもの」


「薄給なんだよ。みんな安い金でこき使われてる。

でも、まともに金を得る手段はこれしか無いんだ。

以前、給料上げろと集団でストライキした事もあったそうだが……全員クビ。代わりの人員はすぐに集まった。

唯一の働き口を狙ってる奴は大勢居るからな。

そんでストライキした連中は新しい仕事に就ける訳もなく……大半が早死にしたよ」


「そんな……」



絶句するレオノーラ。

リアはそんな彼女を不憫に思いつつも、歩みを進めて……



「ここがスラムの入口、だな」


「うっ、この臭いは……?」


「さぁな。人か動物の死骸か、腐った食いもんか……俺以上に風呂に入ってない奴等だからソレかもな」


「うぅ……」



レオノーラが呻き声を上げたのは臭いだけが原因では無いだろう。

澱んだ空気、無気力に寝そべる者達、そこら辺に転がっているゴミ、石造りの建造物が並ぶ城下町とは正反対のボロボロの棒と板切れを適当に組み立てただけの家……


リアは嘆息した。数日離れただけだが、特に郷愁の念は湧かない。



「そんな、本当に穢れた地に人が住んで……それではお父様や爺やが言っていた事は……

お父様も知らなかった? もし知っていたのなら何故こんなになるまで放置していたの……!?」


「姫さん、これが真実だ。スラムの連中は自由も人権も剥奪され搾取され続けている。

そして、何時まで経っても俺達を無い物として扱う王族を恨んでんだ。

……良くも悪くも無関係な姫さんを狙ったのは悪かったよ」


「うぅ……」



ショックで聞こえてない、か。

最初は撒くつもりだったのに結局ここまで連れて来てしまったが、もう良いだろう。

リアも後ろ髪引かれる思いではあるが、レオノーラが呆然としている間に立ち去らせて貰おう、とゆっくりと離れた。



(もう会う事も無いんだろうな……)



そんな寂しさと胸を締め付けられつつ、リアがレオノーラから視線を外す為に背中を向けた……その時だった。



「きゃっ!?」


「……っ!?」



レオノーラの悲鳴にリアは思わず振り返り……ホッと息を吐いた。

なんの事はない。子供がレオノーラの服の裾を掴んだだけだ。

レオノーラを害する意志も力も持ってはいないだろう。

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