第4話 初体験


「うぅ……」


「ふぅ、やりきったわ……! 私も洗っちゃうから少し待っていてね? 危ないから1人でお風呂に入っては駄目よ?」



子供扱いするな、と言いたいが今日は初体験の目白押しだ。

ここは素直に従っておこう、とリアは立ち尽くした。



(何時死んでも良い、と思ってたのにな……)



リアはジッとこの状況を作ったレオノーラの背中を見つめる。

当然スラムではあんな綺麗な身体で居る者なんて居なかった。

そもそも、娼婦でもなければ他人と身体を見せ合う機会なんて無いのだが……



「ふぅ、お待たせ。さぁ、入りましょう」



リアはレオノーラに肩を抱かれながら湯船に向かう。



「だ、大丈夫なのか……!?」


「大丈夫よ、さっきのシャワーと大して温度は変わらないから安心して」


「……っ」



恐る恐る、ゆっくりと爪先と指先をお湯に付ける。



「あっつ……!」


「最初はそう感じるかもしれないわね。大丈夫、ゆっくり浸かればその内慣れて心地良く感じるようになるわ。

私と一緒に奥まで歩きましょう?」



「お、おう……」



リアは言われるままにレオノーラに肩を抱かれながらお湯の中を進み、奥に到着するとレオノーラに肩を押さえられながらゆっくりと身体を沈めていく。



(なんだこれ……)



リアには不思議な感覚だった。

熱めの湯が身体の汚れを溶かし、そして身体と心を解していくような……そんな心地良い感覚だ。



「ね? 気持ち良いでしょう?」


「……まぁな」


「ふふ」



無邪気に笑うレオノーラ。

そっと、肩に乗せて微笑みかけてくる。

こうして隣に立つと随分と小柄だ。これで卓越した魔法使いなのだから人は見かけに依らない。

……それとも王族の英才教育の賜物なのだろうか?



「なぁに?」


「いや……アンタお姫様の割には魔法上手いんだよなって」


「当たり前です! 姫様は幼い頃より厳しい戦闘訓練を受けているのです。

迅速且つ優秀な治癒魔法のおかげで傷こそ残っていませんが、昔はもっと生傷の絶えない方でした。

姫様はそのお歳で既にヴェールバルド魔法使い100選に選ばれる程の魔法使いなのですよ」


「凄いのか凄くないのか分かんねーな」


「凄いに決まっているでしょう! 姫様より年下で100選に選ばれている者がどれどけ居ると……」


「まぁまぁ落ち着いてミルラ。彼女にとっては縁遠い世界なのだし。

ね、貴女だって悪気があって言った訳では無いのでしょう?」


「それは、まぁ……」


「……♪」



言葉にはしなかったが、レオノーラが微笑んだ事は何となく分かった。

それが妙に気恥ずかしくて、つい顔を背けてしまう。



「貴女っつーの……」


「?」


「貴女っつーの、止めてくれ。ぞわぞわする」


「だって貴女の名前知らないもの」


「……リア」


「リアね。ファミリーネームは?」


「ねーよそんなもん」


「孤児なのかしら? 大丈夫、然るべき所に申請すればファミリーネームを取得出来るわ!

孤児院出身でも真面目に勉強して立派な大人になった人は沢山居るもの。リアだってきっと……」


「孤児院とかそんな上等な所で育ってねーよ。

物心付いた時からスラムで泥水啜って腐った残飯を漁って生きてきたんだ。

親なんて知らねーし名前だって適当に付けただけだし」


「だからヴェールバルドにスラムなんて無いし、穢れた地に人は住んでいないの! 爺やがそう言ってたもの」


「俺と爺やのどっちを信じるんだよ?」


「え、爺やだけど……」


「……そりゃそうか」



リアは自分に置き換えて考えてみる。

仮にスラムの住民とレオノーラ……どちらを信用するかと言われたら迷わず後者だ。



「……ねぇ、リア。もうお父様達を押し留めておくのは限界なの。

処刑の日は刻々と近付いている……もう時間が無いの。

リアが謝罪して、心を入れ替えて真面目に生きると宣言してくれれば、私の監視付きではあるけど社会に復帰出来るのよ……!」



余りにも真っ直ぐで、そして必死な訴え。

本当に自分を案じてくれているのだとリアは素直に理解出来た。



「……なんで俺の為にそんな必死になってんだよ」


「あの時、リアが痛みと口にしたからよ。

このヴェールバルドで痛みに喘ぐ人が居るなら救わなくてはならないと思ったの。

なのにリアと来たらスラムだのお水が飲めないだのと……」



そう言ってプリプリと怒るレオノーラに思わず頬が緩む。

そうなのだ。このお姫様はただただ真面目に優しいだけだ。

自分の知らない範囲外の事が想像出来ないだけなのだ。

そして、それは真実を直隠しにしている周りの大人のせいであり、レオノーラ自身に責任がある訳ではないと、リアはそう思った。



「リア……?」


「ハハッ、なんつーか……本当にお姫様なんだってな」


「な、なによぅ……!?」


「なぁ、姫さん」


「うん?」


「姫さんが俺の為に頑張ってくれてるのは分かるし……感謝もしてる。

でもな、俺は自分の主張を変える気はない。

信じられねーだろうが、実際にこの国にはスラムがあって、水も食いもんもまともにありつけない奴が沢山居る……それが俺の人生で、紛れもない真実なんだ」


「そう……分かった、わ」


「……わりーな」



少し顔を伏せたレオノーラの表情は暗い。

何を思っているのか、リアは聞くのが怖くて何も言えなかった。

風呂から上がり身体を拭かれ、服も新しい物に着替えて地下牢へと戻る。



「そろそろ、かぁ……」



リアはレオノーラと過ごした短い時間が少し恋しいと思いつつ。

しかしレオノーラの命を狙い、その上差し出された手を払い続けていればそりゃ処刑されるな、と何処か達観しながら眠りに付いた。





「は? 今なんて……」


「だから、私をそのスラムという所に案内してちょうだいと言っているの。そんなに言うなら自分の目で確かめるだけよ!」



翌朝、朝食を持って来たレオノーラの言葉にリアの頭の中はグルグルと回転を始めた。

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