第3話 強敵ね……!


翌日、リアは手足の枷の鎖を揺らしながら歩かされていた。

いよいよ処刑か……とも思ったが、レオノーラが言うには“お風呂”という物らしい。

お湯を贅沢に使った娯楽という事は知っているが……当然リアは未体験だ



「こんなもん付けなくても逃げねーって」


「私もそう言ったんだけどミルラが許してくれないのよ」


「当たり前です」



自分とレオノーラに並走するように歩くメイドがふんっ、と鼻をならす。



「今まで王族が直接狙われる事などありませんでした。私が側に居るからにはもう二度と姫様を危険な目には遭わせません」


「今更暴れたりしねーよ」



それは本心だった。

そもそもパレードの時に完璧に不意を突いたにも関わらず返り討ちに遭ったのだ。

オマケにこのミルラも一人で自分との付き添いに来ている辺り、護衛も兼ねた手練れなのだろう。

武器も持たぬ身で勝てる訳が無い。



「そもそも私はこの者を入浴させる事にも反対なのです。無駄ではないですか」


「でも臭うし……それに汚いままだと身体に悪いわ」


「もうすぐ死ぬ奴に身体に悪いも何も無ぇだろ」



そう言って手元の鎖を弄る。

だが、無知ではあるがこれでも善意の塊であるレオノーラがそう言うのだ。少しは気にもする。



「……そんなに臭いか?」


「まぁ……」


「汚いと身体に悪いのか?」


「少なくとも良くは無いわね。怪我とかしていたら余計に悪化してしまうし……」


「そうか……」



だから同胞達はバタバタ死んじまったのか。

リアはかつて死を迎えた者達の事を思い出しながら今回の指示には少しばかりは素直に従おうと思った。



「着いたわ! ここは王族専用だから誰にも邪魔はされないわ」


「そんな所に俺を連れてきて良いのかよ」


「私が良いと言ってるのだから良いのよ。さ、脱ぎ脱ぎしましょうねー」


「自分で脱げるって……」



とは言いつつも、リアに嵌められた枷はレオノーラの魔法によって施錠されている。

自分ではどう足掻いても外せないので、最終的にはレオノーラに委ねるしかない。



「はい、出来た。手を出して?」


「へーへー」



そして再び手足に枷を嵌められる。

それまでも屈辱的ではあったが、裸となると更に屈辱感が増すんだな……とリアは心の中で溜め息を溢した。



「ちょっと待っててね……」


「おい、なんでアンタも脱いでんだよ」


「貴女をお風呂に入れるんだもの。服を着たままだと濡れてしまうでしょう?

それに、どうせなら一緒に入った方が楽しいわ」


「……好きにしろよ。どうせ俺に拒否権なんて無いんだ」


「そうさせて貰うわね……と」



リアは不覚にも、そして不本意ではあるが……綺麗だと思ってしまった。

傷一つ無い陶器のような真っ白い肌。

裕福な筈なのに無駄な肉の無い身体。

照明を受けて輝く金髪も相まって、まるで芸術品のようだ。

そんなレオノーラが一糸纏わぬ姿で目の前に居る。



「どうしたの? 早く入りましょう?」


「……あぁ、今行く」


「ふふ、楽しみね」



俺は何を考えてんだか……とリアは頭を振り、そしてレオノーラの後を追った。



「う……わ」



目の前に広がる光景に思わず声が漏れる。

大きな湯船には並々とお湯が張られており、そこから湯気がもうもうと立ち上っていた。

そして壁から床までタイル張りになっており、そのどれもが綺麗に磨かれているのが分かる。

そんな物を見るのは初めてだった。

いや、スラムで暮らす者ならば想像すらした事は無いだろう。



「すげーな」


「毎日メイドが磨いておりますので」


「……なんでメイドが居るんだよ」


「姫様の護衛です」


「そうかよ」



まぁ、仕方ない。

リアはレオノーラを暗殺しようとしたのだ。

しかも今は裸でワンドも持っていない。

レオノーラがワンド無しでどれだけの魔法を行使出来るかは分からないが、護衛が付くに越した事は無いのだろう、とリアは嫌に納得した。

自分達が裸なのにカッチリと着込んだメイドが居るというのは落ち着かないが……とも思ったが。



「さぁ、ここに座って」


「お、おう……」



リアは恐る恐る低い椅子に腰掛けた。



「熱かったら言ってね」


「うひゃ!?」



背中に温かいお湯が当てられ、思わず声を上げる。



「あ、熱かった?」


「いや……驚いただけだ」


「良かった。まずはこれに慣れて行きましょう」



レオノーラは暫くリアの身体にお湯を当て続けた。

アレは……なんだ? 植物の蔓を加工したと思しき管を通じてお湯が流れている?

管の先には小さな穴が幾つも空いた革が付いていて、そこから雨のように温かいお湯が噴出してくるのだ。



「これ、なんだ?」


「シャワーよ。これで汚れを落とすの」


「しゃわー?」



リアは聞いた事の無い単語をオウム返しする。



「効率良く水を使う為の機構よ。さぁ、シャンプーするから目を閉じて。目に入ると痛いわよ?」


「お、おう……」



リアは言われた通りギュッと目を閉じる。

やがてトロッとした物が頭に掛けられ、おそらくレオノーラの物と思われる手がわしゃわしゃと頭皮を擦り始めた。



「んぉ……」


「気持ち良い?」


「別に……」


「もう、ふふ……」


「なんだよ」


「いえ、別に?」



リアの強がりにレオノーラはクスクスと笑うのだった。

そんなやり取りをしながら暫く洗髪が続いた……が、



「あ、あら?」


「どうした?」


「全然泡立たないわ……髪が汚れ過ぎているのかしら?」


「そんなに」


「いったい何時から洗ってないの?」


「え? う、生まれた時から……?」


「またそんな事言って! 良いわ、綺麗になるまで徹底的に洗うわよ!」



一度頭を濯ぎ、2度目のシャンプー。それでも泡は立たず。



「き、強敵ね……! いいえ今度こそ!」



そして3度目の洗髪にて……



「やっと泡立ったわ……!」


「うわ、なんだコレ……」


「濯ぐから目を閉じて」


「お、おう……!」



リアはギュッと目を閉じ、お湯の心地良さに少しうとうとして……



「終わったわよ」


「うぉ……」



目を開いて鏡を見た時、そこに写るのが自分だと認識出来なかった。

元よりスラムに鏡など無く、自分の姿を見慣れてはいなかったが……それでも艶やかな黒髪の少女が自分であるとは信じられなかったのだ。



「さ、次は身体ね。こっちは気合いを入れないとだから……我慢してね?」


「なに……? あ、ちょ……やめ……」



嫌な予感がして抗おうとはした。しかし抗議は無視され、抵抗はミルラと2人がかりで封じられ……リアの身体は隅々まで磨かれたのだった。


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