第2話 嘘吐き(?)少女


「ん、んん……痛っ」



微睡みの中、痛みを伴いながらリアは目を覚ました。

何があった? 人混みに紛れ、気配を消し、憎っくき王族……レオノーラ・フォン・ヴェールバルドの暗殺を狙った。

しかし、あと少しでその手が彼女の喉元に届くと言う所で……彼女自身の魔法で身動きを封じられた。

そしてワンドを向けられ、そこから先の事は覚えていない。



「くそ……!」



つまり、自分は囚われたのだ。

いずれ下される処刑の時を、牢獄で待つしかない。

ちくしょう……そう唇を噛んだその時だ。



「良かった、目が覚めたのね!」



不意に耳に届いた声。

そちらを見れば、そこにはレオノーラ・フォン・ヴェールバルドその人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

処刑人はアイツ本人なのか……? いやしかし何故?

様々な疑問が浮かぶがリアは彼女の問いを無視しながら鋭い目付きで睨み付けた。



「……ふん!何を企んでいるか知らねーが俺はテメェになんか屈しねぇ!」


「企む……? 私は貴女に改心してほしいだけよ?

まだ若いのに道を踏み外すのは早すぎるわ。きっと今ならまだやり直せ……」


「どの口でほざきやがる……! 俺達を追い詰め、搾取し、自由を奪い……今更善人面か!」


「む、いったい貴女は何が不満なの? こんなに恵まれた環境に居るのに……」


「恵まれただと! 水を飲む事にすら苦労し、奪い合うのが常だった俺達がか!」


「あー……そういう事ね」



リアの言葉にレオノーラが呆れたように頭を抱える。



「つまり、お水を飲ませて貰えなかったのね?

何処の弟子かは知らないけど、罰則でお水を禁止されたのでしょう?

よく居るのよ、不満を訴える為に自分に起きた事を大袈裟に伝える人。

親方から説教されたり軽く頭を叩かれたぐらいでやれ暴言だのやれ暴力だの……」


「違う! 罰なんかじゃなくてそもそもまともな水が無いんだよ……!」


「そんな事ある訳無いでしょう? 私は月に数度城下町へ視察に行っているけれど、水が飲めないなんて人は居なかったわ。

山から水道を引いていて、全ての家にお水が流れているのよ?

街の各所には井戸があるし、広場には噴水もある。

仕事終わりには大衆浴場で汗と疲れを洗い流せる……それがヴェールバルドという国なのよ」


「それは城や城下町だからだろ!? 俺みたいに城下町の外……スラムの人間は水だって飲めやしない!

いつも腹を空かせて、いつ死ぬかも分からねぇ……!

井戸? 水道? そんなもん作る金なんか無ぇし、俺達は町に入る事すら許されてねぇんだ……っ」


「……はぁ」



リアの心の底からの訴えにレオノーラは深い溜め息を吐き、憐れみの瞳を向けてくる。



「貴女ねぇ……城下町より先は穢れた地なのよ?

そんな所に人間なんて居る訳無いじゃない」


「な……っ!?」



リアの心に怒りと失望、そして諦めが宿る。

この女に……レオノーラ・フォン・ヴェールバルドに嘲りや見下すような感情は見られない。

“自分達を人間だと思っていない”のではない。

ただ“城下町より外の地に人など居ない”と本気で信じているのだ。



「……そうかよ」



道理で話が噛み合わないと思った。

この女からして見れば、自分は豊かな城下町で暮らしていながらちょっとした不満で暴れていた我儘女にしか見えていないのだ、と。

スラムの存在自体を嘘だと思われている以上、自分の苦境や訴えなど通じる筈が無かったのだ。



「帰れよ」



最早、リアには何を言っても無駄だと悟った。



「俺からはもう何も言う事は無ぇ。さっさと死刑なり何なりしろ」


「それは駄目よ! 無闇に命を無駄にするべきでは無いわ! まだ更生の余地があるのだから諦めては駄目!」


「お前等のせいで無駄に命を散らす奴等がごまんと居る……なんて言葉も信じちゃくれねーんだろうな。

頼むから俺の前から消えてくれ……これ以上、アンタの顔も見たく無い」


「そう……分かったわ、今回はこれで帰るわね。

でも私は貴女の説得を諦めたりしない。また来るから」



何なんだ、アイツは……とリアは項垂れる。

何を言っても無駄だと分かっているのに問答する事程面倒な物はない。

これで向こうに悪意が無い分余計に疲れる。

どうせもう助からないのだ。早く楽にしてくれとリアは溜め息を吐き出した。



「食事を持ってきたわ!」



どれ程時間が経っただろうか。

何しろ陽の射さない地下牢の事だ。

時間の感覚がおかしくなる中、再びリアの耳にレオノーラの声が届く。



「要らねぇ」


「そんな事言って! 食べないと元気が出ないわよ? ほら」



そう言って鉄格子の差し出し口からトレイを差し出した。

ふわふわなパン、まだ湯気が立っているスープ、新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダ……そして澄み切った水。

ごくり、と唾を飲み込み、腹の虫が鳴く。

しかし、リアはそれを受け取ろうとはしなかった。



「俺はアンタの施しなんか受けねぇ」


「意地張らないの。確かに粗末だけれど、食べられなくは無いでしょう?」


「粗末? 粗末だと……!? ふざけるな! こんな贅沢な飯があってたまるか!」


「え? これが?」


「パンはカビも生えてない! スープには具が入っている!

野菜は腐ってないし、水だってこんなに透き通っていて……そんな物、スラムじゃ絶対にあり得なかった……っ」


「そ、そんな訳無いわ! 働けない人には国からの援助金で教会が食事を振る舞っているのよ?

これぐらいの食事を食べる権利は全ての国民にあるのよ」


「テメェは……! いや、言っても無駄か……」



リアは力無く項垂れ、しかし香る匂いに空腹を刺激され、結局食事に手を付けてしまう。



「くそ……っ」



どうせ近々死ぬ命だ。王族の金でタダ飯を食う事で少しでも報いてやろう……そんな事を思いながらスープを口にする。

その瞬間、リアの全身に衝撃が走った。



「美味ぇ……」



思わずそう口にしていた。

本当に美味しいのだ。

具の肉は柔らかく、野菜もシャキシャキしているしパンだって柔らかい。

そんな物、今まで一度だって食べた事が無い。

知らず知らずの内に涙が頬を伝っていった。

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