無垢な王女と貧民少女のスラム改革〜培った人脈で魔鉱石採掘労働者の職場環境を改善せよ!!〜
生獣(ナマ・ケモノ)
第1話 心優しき王女様
レオノーラ・フォン・ヴェールバルドは今日と言う日が楽しみで仕方なかった。
何しろヴェールバルド王国200回目の建国記念日に立ち会えたのだから。
出店が立ち並び、色鮮やかな布で国中が飾られる盛大なお祭りだ。
この国の王女として、愛する国民達と共に愛する王国の“お誕生日”を祝えられる事が何よりも嬉しかった。
パレードも、国民達の顔を良く見たい! と無理を言って彼女は徒歩で仰々しい馬車や楽団の後ろを付いていく。
それには兄である第一王子のスヴェンが「ずるいぞ!」と駄々を捏ねたが、父のダールトンが体調不良で欠席した以上はどちらかが馬車の上で手を振らなければならない。
そうなればどちらの我儘力が強いかの勝負になるが……その勝負において、兄が妹に勝てる筈など無かった。
結局は兄が折れて、国民を見下ろしながら城下町を練り歩く事となった。
「ふんふふ〜ん♪」
楽団の奏でる音楽に、人々の歓声と拍手。
目に映るもの全てが愛おしく、レオノーラも思わず鼻唄を口ずさんでしまう。
この世界の重要なエネルギー資源【魔鉱石】……この周辺においてヴェールバルドは魔鉱石を採掘出来る唯一の国であり、それにより莫大な富を得た。
それによって城下町の人々は皆活気があり、真面目に働き、そして余暇を楽しみながら……幸せに生きている。
国民の笑顔こそが、レオノーラの守りたい国の宝だった。
故に度々公務で、時にはお忍びで市井に出ては市民の生活をその目で見て交流を重ねている。
市民も今ではすっかり慣れっこで、敬意は払いつつも気さくに声をかけてくれる。
そしてレオノーラもまた彼等を愛しているし、市民一人一人の顔もすっかり覚えてしまった。
例えば今晴れやかに手を降ってくれたのは大衆酒場『ヒポグリフの翼亭』の女主人、アンナ。
酔っ払って怪我をした旦那の代わりに店を切り盛りする肝っ玉母さんだ。
以前店の料理を食べさせて貰った事があるが、城で出される物と比べて随分と味が濃かった。
最初は驚いたが、これこそが日々汗水垂らして働く労働者の味という物なのだろう。
次に手を上げたのは鍛治職人のハイドン。
無口で気難しい男だが、その実不器用なりに優しい人である事をレオノーラは知っている。
斜め前に両手を降ってレオノーラへ賞賛の言葉を投げかけているのは、クラーダ。
魔法学校の生徒で、二年前に訪問して同じ班で過ごした少年だ。
その隣の出店ではエルザと彼女の弟子が織物を売り捌いていた。
彼女はこの国でも珍しい“獣人”と呼ばれる種族で、頭には獣のような耳が生えている。
しかしレオノーラは彼女を“獣人”だからと差別した事は無いし……むしろその耳や尻尾を触ってみたいと思っている程だ。
10歳の誕生日にエルザから貰ったレオノーラが描かれた織物は今でも大切な宝物だ。
それとエルザの弟子……名前はジャス。
彼はエルザを『姐さん』と呼び、慕っている。
少々おっちょこちょいだが性根は真っ直ぐな少年で、彼が一人前になり免許皆伝を貰った暁には自分が一番最初の客になると約束を取り付けている。
幼い頃から何度も行ってきた市井の視察。
その積み重ねで市民の笑顔も、街並みも、そこで暮らす人々の日々の生活も全て心に刻んでいる。
この国を、この景色を、この国に生きる国民の全てを守りたい。
そんなささやかな願いを、彼女は一瞬たりとも忘れた事は無かった。
だからだろう。
見慣れない人物を一瞬で見分ける事が出来たのは。
だからだろう。
護衛すら気付かぬ程に気配を消し、人混みに紛れるその姿を捉えられたのは。
だからだろう。
前方で鳴らされた一際大きなファンファーレに市民の目が向けられた瞬間、その隙を突くかのように忍び寄るそのその姿に警戒心を抱けたのは。
「俺達の痛みを思い知れ……っ!」
「っ、レオノーラ様!」
「バインド」
それは一瞬の出来事だった。
謎の人物が接近して刃物を振り上げ、護衛がレオノーラの名を叫び終わる直前。
レオノーラの構えたワンドの先端が光ったかと思うと、襲撃者の手足は光で出来た鎖によって縛り付けられ、磔の姿勢で身動き一つ取れなくなった。
「くっ、なんだこれは⁉︎」
「極初歩的な拘束魔法よ、襲撃者さん」
「く……!」
「レオノーラ様!ご無事ですか⁉︎」
護衛が慌てて剣を抜き、レオノーラを庇うように前に出る。
しかしレオノーラは手で静止し、囚われた襲撃者の前に進み出た。
何故か? と問われれば興味深いからだ。
黒の長髪……というより放ったらかした様な髪に薄汚れた肌。
猫を思わせる金の眼には自分に対する敵愾心がありありと込められている。
鋭い八重歯も相まって、何なら獣人のエルザよりも野生味に溢れているような気すらする。
最初は男性かも? とも思ったが、引き伸ばされた姿勢でチラリと見えた細い腰。
僅かにではあるが膨らんだ胸元、そしてやや低めではあるが先程発した声。
それらの要素がこの人物が女性である事を証明していた。
顔立ちは良いし、身嗜みをキチンとすればさぞ見違えるでしょうに……とレオノールは溜め息を吐いた。
「襲撃者さん、何故私を狙ったのかしら?」
「お前等王族が俺達から搾取するからだ! お前等のせいでどれだけ多くの同胞が死んだと……!」
「何を言うかと思えば……この豊かで平和な国で生まれ育って何が不満なのかしら。
それに搾取なんて……私達はそんな非道な事はしていません。
国民は皆働きに相応しい対価を得ているのですよ?」
「黙れ!お前等の所為で……っ!」
襲撃者はレオノーラを睨みつける。
その目には憎悪と怒りが宿り、今にも飛びかかりそうだ。
しかし拘束魔法は強力で、彼女がどれだけ暴れようとビクともしない。
だが、その形相に護衛や周囲の市民達は不安の色を隠せない。
「貴様等王族は俺達から“自由”を奪った! “人権”を奪った! 貴様等は俺達の受けた“痛み”を知るべきだ……!」
「……話にならないわね」
呆れの表情を浮かべたレオノーラはワンドを襲撃者に向け……
「ライトニング」
バチッと、雷撃が襲撃者を包み込んだ。
「っ、ぎゃああぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁっ!?」
雷撃を受けた襲撃者は喉から絶叫を響かせる。
全身が痙攣し、パリパリと帯電した髪の毛が宙を舞う。
やがてレオノーラが魔法を解除すると、ガクッと項垂れた。
その瞳は白目を剥いており、完全に気絶している。
レオノーラは、おぉ! と感嘆の声を上げる民衆に軽く手を上げながら騒ぎを聞きつけた衛兵に声を掛けた。
「詳しい事は後で私が直々に尋問します。
衛兵さん、彼女を城の地下牢へ連れて行ってくださる?」
「はっ! しかし王族を襲ったとなれば死刑は確実……姫様が態々尋問せずとも……」
「王族として、“国民”からの陳情は聞き届けなければなりません」
「はっ! 承知しました」
衛兵はレオノーラに敬礼し、気絶した襲撃者を連れて人混みの中に消えていった。
……死刑ですって? そんな事させる物ですか! とレオノーラは憤慨する。
王族殺害未遂ともなれば死刑が妥当だろう。
確かに殺してしまえばそれで解決……だが本当にそれで良いのだろうか、と。
もしかしたら分かり合えるかもしれない。
もしかしたら更生出来るかもしれない。
レオノーラはその可能性を捨てたくなかったのだ。
「彼女の言う“痛み”とは……」
喧騒の中、密かに呟いたその言葉には疑念と戸惑いが見て取れた。
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