第11話
ソフィアと結婚する前に、俺にはやらなければならない事が幾つかあった。
その1つがソフィアの実家、コペル家の事だ。
俺は飲んだくれていた俺に光を与えてくれたソフィアと一緒に幸せになりたかった。
でも、俺がソフィアと結婚すると発表した時、男爵家の次女ごときと…?と陰口を叩く貴族達もいたし、コペル男爵家に嫌がらせをする者達もいた。
俺に直接言う奴もいたし、ジェイクが俺に耳打ちしてくれた事もたくさんあった。
身分なんか関係ないだろ、俺が愛する女性と結婚することの何がいけないんだ、と俺は思うがそうでない者達もいるんだね。
まあ、そんな事が起きるだろうとは思っていたけど。
心無い言葉や態度にコペル男爵家の皆は耐えてくれた。
ソフィアの父、エイダム コペル男爵は俺に言った。
「私共の事は心配ありません。
これでも太古の昔から続く男爵家でございます。いざという時には王の元に馳せ参じる、武勇で名を轟かせている一族です。何を言われてもどうという事はありません。
私共の願いはただ1つ。
ソフィアの幸せだけでございます」
将来の王妃の実家に上位爵位を授けよう、と国王である父上がおっしゃった時もコペル男爵はこう言った。
「分不相応な事は、我身を滅ぼすだけでございます。それにソフィアが王妃と呼ばれる立場になった時、今の私達のままでソフィアに恥ずかしい思いをさせる事はないという矜持は持っております。
私共は今まで通りの暮らしを続けて参りたいと思います」
ああ、ソフィアは父親に姿形だけでなく、心も似ているのだな…と俺は思った。
俺はコペル男爵家の思いを大事にしてソフィアを愛し守り抜く、そう堅く心に誓った。
俺にはどうしてもケジメをつけたいことがあった。
ゾーイとアレックスの事だ。
2人の事を思い出すと俺は今でも苦しくなる。その苦しみはこれからも和らぐことはないのだろう。
でも…と俺は考えてしまう。
あの2人を許してやりたい。
きっとソフィアの言った通り、俺の中にソフィアとの楽しく幸せな事が溢れているのだと思う。
ソフィアとの結婚が決まった時、父上はあの2人の事をどうするつもりか、と俺に聞いた。俺があの2人の居場所を知っている、と言うこと父上は承知していたから…。
「少し考えます」
俺はそう返事をしておいた。
ジェイクはあの2人を今でも部下に見張らせている。
「いやいや…見張りではありませんよ。でも、動向ぐらいは把握しておくべきでしょう?」
そう言って、準騎士団の駐在事務所の1つを2人のいる村にも置いたんだ。まあ、国中の町や村に駐在事務所を置いたから、おかしな話ではなかったけれど。
俺の結婚が決まるまでジェイクは何の報告も上げてこなかったが、それはあの2人が穏やかに暮らしているという事だったのだろうと思っている。
俺はゾーイの兄、ルークを密かに城に呼び寄せた。
ゾーイの実家はスカーレット国で建国以前からの長い歴史を誇るルベール伯爵家だ。
ルベール伯爵家はゾーイのとんでもない行動のせいで父親が蟄居謹慎して引退した。伯爵の称号だけが建国時からの功績でかろうじて残されている状態だ。
王家から賜った領地は取り上げられ国王陛下の預かりとなった。この国ができる以前からの伯爵家の領地だけは残されているのだが…。ゾーイの兄がルベール伯爵家をついではいるが、今では伯爵家の体面を保つだけで精一杯であろう。
そんなルベール伯爵ルークは前と変わらぬ飄々とした雰囲気で現れた。
「どんなご用でございましょう?」
ルークは訝しげだった。
「セオドラ殿下。ゾーイをひっ捕まえて打ち据えよ、というお話でしたら無理です。未だ居場所はわかりません」
ふむ…。居場所、知らない?
本当かね。
俺はルークがどれだけ優秀なのかを知っている。魔力だって俺より遥かに強いはずだ。
そんなルークが可愛がっていた妹の居場所を知らないわけがない…。でも、その事には触れないでおこうと俺は思った。
そんな事より、俺はルークに頼みたいことがあったんだ。ゾーイとアレックスへの伝言だ。
ルークは知っていると思ったが、敢えて住まいの場所を紙に書いて渡した。
「殿下はあの2人の居場所をご存知だったのですか?」
驚いた顔のルークに、俺は軽く頷いた。
「すまなかったな。なかなか言えなかったんだ」
頼んだ伝言は紙には書いて渡したりせずに、口頭で1回だけ言うように、とルークには頼んだんだ。まあ、何回も噛み締めて聞くような事でもないからね。
伝言はこんな感じにした。
「私は妻を娶る事にした。
ゾーイ、アレックスそして私の間の出来事を知っていて、その上で私を信頼し愛してくれる女性だ。私もその女性といると幸せな気持ちになる。
これからは2人で、ゆっくりと前を向いて進んでいこうと思っている。
自分が幸せになれば、ゾーイとアレックスの事も、ああ、そんな事もあったなと笑える様になるだろう。2人に対する愛も憎しみも、きっと心の片隅に押しやられるに違いない。
アレックスの指名手配は解除した。
お前達2人も幸せな人生を送れ。
ゾーイ、アレックス。
2人に神のご加護が在らん事を願っている」
その時の2人の反応なんかは俺に言うなよ、とルークには厳命した。
その後、ルークはあの2人に会いに行ったとも行かなかったとも言わなかった。でも、きっと行ったさ。可愛い妹を放って置けるわけがない。
こうして俺の心に引っかかっていた事、全てを片付けた。
そして、結婚式の日がやってきた。
今朝、ビクター、アランをはじめとする俺の世話係の皆は、俺が城を出る時一列になって送り出してくれた。
ビクター、そんなに泣くなよ。
おい、アラン。鼻水が…
別にさ、お別れじゃないんだからさ。俺、結婚式あげるだけだから!
また、ここにソフィアと一緒に戻ってくるんだから!
そんなことを言って皆と握手をした。
でも、これだけは大きな声でちゃんと言った。
「飲んだくれていた俺が、…今日結婚する。
みんな、ずっと俺の事を支えてくれて、ありがとう。これからも俺とソフィアをよろしく頼むね」
そんな事を言った俺の鼻の先がツン…としてね。涙が溢れそうになった。
そんなことも思い出しながら、窓の外に目をやると、広場には準騎士団が皆の安全のために目を光らせている様子が見えた。赤い羽を付けた帽子を被り、準騎士達は胸を張って仕事に励んでいる。ローリーはきっと今日も張り切っていることだろう。
そして広場の最前列ではライリー達が "セオドラ王太子殿下、ソフィア様。ご結婚おめでとうございます!" と書いた大きなバナーを手に、俺がバルコニーに現れるのを今か今かと待っている。
うん、皆、明るい笑顔だ。
そうだよ。俺だけが幸せになるのではなくて、皆で前に進んで行くことが大切なんだよ。
俺達の前には道が続いているのだからね。
時間だと侍従が告げ、部屋の扉が大きく開かれた。俺の前には長い回廊が続いて、太陽に照らされたかのように光に溢れる大聖堂が見えた。
そこにはソフィアが待っていた。
純白のドレスに白いベール、瞳の色と同じすみれ色の花をあしらったブーケを手に、白銀の髪を肩に垂らして薄く化粧をしたソフィアは可憐で、美しかった。
俺の王太子の正装姿を見て、ソフィアは頬を薄く染めて小さな声で俺に言った。
「セオドラ様。今日のお姿、とても素敵です」
俺もソフィアに言った。
「綺麗だよ、ソフィア」
儀式が終わり大聖堂の鐘が鳴り響く中、俺とソフィアは城のバルコニーに2人並んで立った。
皆の歓声が上がった。皆、手にした赤い旗を千切れんばかりに振っている。
ありがとう…
こんな俺のために…
感謝の気持ちが溢れ出る。
これから俺は、振り返らずにまっすぐ前を見て進んでいく。そして、小さな幸せを探して積み重ねて行くんだ。ソフィアと一緒にね。
俺はそう心に誓いソフィアを抱きしめて、ソフィアの唇に自分の唇を重ねた。
2人で幸せになろう
その瞬間、城の庭から大歓声が上がった。
ふと見上げると、そこには青い空がどこまでもどこまでも広がっていた。
完
【あとがき】
最後まで呼んでいただき、ありがとうございます。フォロー、評価をして下さった皆様、心から感謝致しております。
誤字脱字や読みにくい箇所もたくさんあり、情けなく感じていますが、すこしづつ直しているところです。
これからもよろしくお願いいたします。
王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せをつかむまで〜 ゆきおんな @yukionnanotameiki
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