端っこ

高黄森哉

端っこ


 冬の公園の真ん中に、イチョウの木が植えてあり、骨組みだけで屹立している。その向かいにベンチがあった。もし真下にあるなら、秋は座れないだろう。


「ある人のためを思ってしたことが、反対に、良くない結果を招いたことがある」


 と、ベンチの彼は云った。見た目は若かったが瞳だけは老成して見えた。ただ、声は気の障るような幼さであった。


「それは、寓話?」


 私は訊いた。


「寓話じゃないよ」


 まるで空気すらないような冬のくすんだ大気は、イチョウとレンガの囲いを縫うように吹き抜けていった。その温度は、冷たい鉄の手すりや、それに付随する静的な思い出を運んでくる。


「それで、最近、うまくいかない」


 と、別の話を切り出す。以前の話は死んでしまった。


「皆と話していると、会話が繋がってないと感じる。例えば、なぜ冷蔵庫の中のチョコを食べたのか、と僕が尋ねられたとする。すると僕は云うんだ。冷蔵庫のチョコを食べていいとある人に許可されたから、と。どうなると思う」


 彼は間を置いた。


「どうなるの?」

「そんなことは聞いていない、と言われるんだ」

「どういうこと?」

「わからない。わからないから困ってるんだ。でも、周りのみんなはそれで納得するんだ。僕だけが、皆が何を言っているかわからない」


 世の中からずれてしまった感のある人間だと、彼をとらえているが、私は、この件に関しては周りがずれている、とも感じる。つまり、彼と周囲のズレが合算されて、崖になっているのである。


「僕が悪いんだと思う。自分が変わらなければならないのだと。ただ、周囲とのずれの一つ一つがこのように難しいんだよ。それが今の悩みかな」


 足元を見ると靴があった。靴からは足が生えている。


「一歩踏み出せ、とよく言われるんだ。でも、どこに足を置いたらいいのか知らない。でも、このままでいることは許されない」


 その会話はそれきりで死んでしまった。話すことも尽きると、私たちはお互いに別れを告げて、公園から立ち去ったのだ。

 それから三日後に彼は死んだ。あの時、彼の一歩先にあったのは、警音器が鳴り響く踏切だったのである。

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端っこ 高黄森哉 @kamikawa2001

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