第7話 狐落とし 後編

〈前書き〉

執筆が全く進まなくて余裕の遅刻投稿です。

次週からは計画的に進められるよう気をつけます。


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 実莉みのりはまだ気絶しているようで、椅子にぐったりと座っている。中は当然静かだった。

 緊張で出る汗を拭い、冷静になるよう一呼吸おいて一連の流れや正文まさふみに言われた事を思い出す。


「――もし一通り行い、それでも除霊が出来なかったのなら、この弓で射抜きなさい」

「えっ……そ、それは、あの子自身を射抜く……という事ですか?」

「そうだ。銘は『清心弓せいしんのゆみ』と言う。かの市正いちのかみ様も、その前のご先祖さまも、矢巣が代々継いできたものだ」


 そうして渡されたものは、一見すれば何も変哲のない、竹製の和弓であった。長さも二二一センチの並寸で、やはり一般的な物と変わらない。ただ、相承されてきたという割には、使われたような形跡のあまりない、新品同様のように美い代物だった。


「銘の由来は言葉の通り。それは心の穢れを除去するもの。即ち霊を射抜く弓であり――『精神』のみを射抜く弓。心に巣食う憑霊を祓うのに適した弓だ。おまえが正しい心持ちで弓を引いたのであれば、無駄な傷を付けず的に中ることが出来るだろう」

「精神……を……」


 市禾は復唱しながら、弓を見る。竹弓といえば、扱いが難しく、矢が飛びにくい上に壊れやすい。市禾はお狗様との稽古とは違い、弓道だけは地道に続けていたので射る事自体は出来るだろうが、ハッキリ言って腕は良い方ではない。

 ――しかし、不思議な事に、初めて触れたはずなのに何故だか馴染みのあるように感じる。まるで、いくつもの死戦を共に潜り抜けたようだ。


「……分かりました。全力を尽くします」


 その甲斐あってか、市禾は自信満々に応えてしまった。『扱えるような気がする』、そう錯覚してしまったのだ。

 その選択を、今は少しでも後悔してしまっているのは言うまでもない。




 市禾は実莉の前へと立ち、胸元に貼られた札を取り外す。この札はあくまで霊を抑え込むための札で、決して分離させる訳でも浄化する訳でもない。外さないままお祓いをしようともすれば、本人をも巻き添えにしかねないからだ。


「う………」


 取り外して少し間が空くと、実莉の目が覚める。

 視界がぼやけているのか目をぱちぱちと動かし、次第に見えるようになると市禾を見て怯えたような表情を浮かべる。


「ひっ、あ、あたし悪いことしてない! 殺さないで!」

「……殺さないよ。危ないこともしない。これからあなたに憑いてる狐を落とすの」

「き、キ、狐……?」


 口を開いて出てたのは命乞い。どうやら狐に憑かれたのだとしても、自身が悪事を行った記憶はあるらしい。市禾の手に持っている弓を見て、これから殺されるのかもしれないと考えたようだ。

 市禾は出来るだけ怖がらせないよう、柔らかい物言いを心掛ける。


「い、いや……」

「え?」

「し、死んじゃう! やだ! やだやだやだやめて!!」


 実莉は小さくうわ言のようなものを呟くと、突如として叫ぶように大声を出しながら椅子から立ち上がり、倒れてじたばたと手足を激しく動かして暴れ始める。

 強い力で手足を動かしているのかゴン!ゴン!と床に当たる度に鈍く音が鳴っている。


「お、落ち着いて……!!」

「ゔゔぅ……ヴ……ゔ……」

「ど、どうしちゃったの……」


 怪我をしかねないため、静止しようとするも止まらない。喉の枯れそうなほどの叫び声から獣の唸り声のようなものに切り替わり、顔をよく見てみれば白目を向いて、高熱を出したかのように汗が吹き出し止まらなくなっているようだ。

 苦しんでいるようで、怒りを露わにしているような、形容しがたい表情をしている。


 見ているだけでとても恐怖心を抱いてしまう。落ち着こうとしても、その様子を見てしまえば並大抵の人間はやはり腰の力が抜けてしまうことだろう。なんとか立っているだけで精一杯だ。


 やがて実莉の動きがピタッと止まる。うつ伏せの状態なため、表情が見えない。


「だ、大丈夫!? ……ぐっ……!?」


 市禾が心配して駆けつける。

 が、実莉はそんな市禾をいきなり突き飛ばしてしまう。尻餅をついたまま実莉を見ると、なんと四つん這いになってこちらを見ていた。


 (あの姿勢で、私を跳ね飛ばしたの!? ……片手で払っただけで!?)


 当然市禾は驚きは隠せない。あからさまに体に見合うような力の持ちようではない。突き飛ばされた体はズキズキと鈍い痛みを感じる。幸いな事に折れてはいなそうだが。


 睨むように目を吊り上がらせており、唸り声のようなものも発している。不思議なことに、恐怖心からなのか図体が大きくなっているようにも見えた。

 ――まるで、獣のようだった。


「……なっ!?」


 そんな様子の実莉に臆していると、突如走り出して襲いかかってくる。とても手足で這っているとは思えないほどに素早い動きだ。

 間一髪で何とか横に転ぶように避けると、衝突した壁に亀裂が走る。やはりたかだか並大抵の少女による突進だとは到底思えない。まるで牛やなんかの大きな塊がぶつかってきたような痕跡だ。


「くッ……!!」


 市禾は立ち上がり、走って距離を開けようとする。しかし、実莉の方がやはり一段と早かった。

 市禾を喰らわんとするほどに大口を開けて襲いかかるも、市禾は咄嗟に大麻を手に取り、棒のあたりを使って上手く実莉の口に填めてせき止める。神具をこんな事に使うなんて罰当たりだろうが、そんな事を考えていられるほどの余裕もないのだ。


「このっ……!! 死んじゃうでしょ!!」


 生きるか死ぬかの瀬戸際、市禾は容赦なく実莉の腹を蹴り飛ばして除けると、咄嗟に弓を構え始める。

 しかし矢は装填しない。構えたまま弦のみを鳴らした。


 鳴弦めいげん

 弓の弦を引き鳴らすことで、魔や邪気を祓うことが出来るというもの。多くは鳴弦の儀と言い、平安時代に貴人の誕生や、病気を払う際に行われる儀式だという。

 鳴らした弦音は、広くはない拝殿内に響き渡った。


「ぐ、ゔゔぅぅううう!!!!」


 実莉は苦しそうな声を上げる。

 どうやらたったの一回鳴らしただけでも、余程強い効力があるらしい。耳を塞ぎながらのたうち回る。


「これで……!!」


 暫くは動けないであろう相手を余所目に、弓に矢を装填して実莉に向ける。今なら確実に射てる。そう確信したのだ。


 ―――しかし、弓を持つ手は震えてしまっていた。

 それには、様々な要因があった。もはや化け物じみた身体能力のある相手を、一発で仕留められるのか? 失敗したらこの後はどうなってしまうのか? そういった不安事で頭の中がいっぱいだったのだ。


 だが、それを差し置いて、一番は市禾が人に向けて放てるほどに精神が成熟した訳では無いことが大きかった。動きもしなければ命を持たない的に当てるのとは違い、相手は生身の人間。一歩間違えてしまえば――――


「――――あ」


 我に返ると、そこには目の前に迫った実莉がいた。

 気づいた後にはもう遅く、市禾は対応しきれない。思いっきり顔に噛みつかれてしまうことだろうに、目を瞑ることすらも許されない。


 ――刹那。

 

「ぎゃッ」


 短い断末魔が聞こえた。市禾自身に痛みも何もない。

 目で追っていた市禾の前には、自身の何倍もの、拝殿の天井ですら貫通してしまうほどの大きさのある煌めかしい金色こんじきの狼が居た。


 狼は狐を丸呑みにしたのか、口からは尾のような物が飛び出している。床のある下の方に視線をやれば、気絶したのか倒れた実莉が居る。


「お、おいぬ……さま……」


 その正体を小さく呟いては、腰が抜けてその場にへたり込む。狼はそんな市禾を一目だけ見ると、天井をすり抜けてどこかへと去ってしまう。


 それを見た後に、命からがらに助かって安心したのか、それとも疲れからか市禾も気を失ってしまった。

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暗晦、出づる月弓 墨魚 @bokugyo

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