死んでんだけど!?魔人さんに取り憑かれた私の復讐生活、相手は二度死ぬ!?

アルエルア=アルファール

出逢えた奇跡

――ふと、消えた命が視えた。


夜空に輝く無数の星々、その中のたったひとつが消え去る瞬間。

それが何故ああも気になったのか。

気紛れに過ぎないと天蓋を見上げ、眠りに落ちようと瞼を閉じても、消えたひとつの輪郭がはっきりと虚空を描く。

磨り減った重責と荒れ果てた未来を憂う心は幾許かの提案を浮かばせ、しかめた面の端が笑みを作ろうと持ち上がった瞬間。



ベガラこじ開けてフォルメート見通す瞳。……少しだけ覗かせて貰うぞ」



深く落ちた底で目を開けると……。


必死な形相で首を絞める男の顔が在った。


激しく揺れる視界の先、憎悪で歪む男の腕力は、既に死体と成ったの首を締め付けるだけでは飽き足りず。

力任せに床へと叩きつけ、乾いた音に血の水音が混じるようになってもそれをやめようとはしなかった。



「――ッ、――ッ!」



叩きつける度に何かを口走っているが、耳から垂れる血のせいで聞き取ることが出来ない。

大凡何を言っているかの見当は付くが……。


暫くして、部屋に入ってきた女が男を止めた。

すると先ほどまでの形相はどうしたのか……。

男は女に何度も頭を下げ始め、女が繰り出す平手打ちを越えた殴打に心底怯えているような素振りを見せる。


止まらない暴虐に視界も定まらなかったはこの機に状況把握に努めることにした。

冷たくなった視界はどこにも向けることが出来なかったが、眼球に写る一面だけで様々な情報が入り込む。


部屋は小さいが彩る装飾は華美。

小さな窓にはめ込まれた黒硝子は錬金によって生み出される遮光硝子、日中は光を遮り、夜間は部屋の光を漏らさない。

床に転がる酒瓶の銘柄はフォルタン・ルル、壁に掛けられた厚手のコート、二つの要素からここは北方、楔の街フォルタンにほど近い場所。

平手打ちを繰り返す女の格好は部屋と同じほど豪華絢爛、男の方もそれは同じ。


環境は理解出来た、ではの状況はどうだろうか?


頭部打撲、頭蓋骨陥没、脳挫傷、頸椎が粉々……これは酷い。

曝け出された胸と乱れた着衣……、これに関しては考察するまでもないな。


名は……ディズ。……ディズだけか?

脳損傷が酷い、余り情報は引き出せないようだ。


さて……どうしたものか……。


時間にして一瞬。

まさにひとつ瞬きするに等しい時間で、思考の迷宮を駆けずり回る。


それは下らないことを考える前に必ずしてしまうの悪癖。

決まり切ったことを改めて認識し解釈して咀嚼する無駄な行為。

だがそれを成さなければ感情に火はおこらず、これから噛み砕く苦渋の元より更に落ちた存在と成ってしまうだろう。


ヒトとは――。


愚かで醜悪、同時に賢しく慈愛に満ちる。

これが一個の生命に内包されているとどうして信じることが出来ようか。

だが信じて認めるしかない。


それは今もこうして生きて嘆き、殺して愉しみ、死んで何も語らないのだから。


机上の空論でも誰かの妄想でもない。

これは事実で真実なのだ。


ただ……それを受け容れようとするとどうしても――。



「――起きろ」



叱責を続けていた女と怯えながらそれを受けていた男は。

横たわる死体から発せられた低く轟くような唸り声に顔を引き攣らせる。


絞殺で飽き足らず頭までも潰したその死体を見つめながら、二人は必死に祈るのだ。


どうか……。どうか……。どうか……。


どうか、どうか、どうか!


……どうか、起き上がらないでと……。



「……聞けない。とても聞けない相談だ」



時が巻き戻るように――、否。

飛び散った肉片が独りでに動き――、死んだままのを元通りに繋ぎ合わせる。


腰が抜けた男女の後ろで扉が閉じ、

逃げること叶わない二人は、

目の前で巻き起こる現象に背筋を、

心臓を冷たくさせながら……。


音も無く浮かび立った亡霊を見つめる。



「あ、あんた何か言ってやりなさいよ!」


「ど、どうして俺が!!」


「いいから何か言いなッ!」


「くっ……!

……ディ……ディズ?君なのかい!?」



媚びた声色と一欠片も籠もっていない悲哀に対して、の魔力が燃えさかる。



「口を開くな世界が汚れる、――ヴォール煮沸せよヴィルト穢れた血



身体を流れる血が沸騰したらどうなるか。


魔の真髄を教示してやったというのに、

隣で這いつくばっていた女は、

傍らの男が爆発四散する様を見て――歓喜どころか金切り声を上げる始末。


沸騰した血が女の柔肌を爛れさせますます叫び声が鋭くなっていく。



「聞くに耐えん……終いとして――……?」



ヒトというものをどうしても受け容れられない。

爆散した男の形相と媚びろうと名を呼んだ仕草にも、横で喚く女の振る舞いと鼓膜を劈く不協和音にも。


そうして繰り出そうとした夢の終わりに……が待てを掛けた。

継ぎ接ぎを繰り返した脳組織に意識はおこらず、冷たく安置された心臓に拍動すら亡くしているのにも関わらず。


土壇場で彼女の魂が……?、と考えたのも束の間。


渋く眉間に皺寄せる心情は変わらずとも、不適な笑みを満面に浮かばせる。



「起きろ……」



喚く女の顔から焼け跡が消え、爆散し、跡形も無くなった血の海が――巻き戻る。

再び構築された男には、意識と魂が、恐怖さえも元通りに蘇っていた。


は私の声のまま。

小鳥が囀るように、歌劇の暗く落ち込む場面のように……。


掌で転がりながら……混乱も怖気もない彼女の、魂からの憎悪を歌い上げる。



「……愚かで醜悪、同時に賢しく慈愛に満ちる。

それを受け容れられないと……何度も結論を出してきたというのに、それでも考えることを止められない。

ひとえに。

ヒトは全員こうであれと……願っているのだから……。


――からの伝言を届けましょう。

彼女はこう言っています……。

貴女たちに、極大の恐怖と痛みを――究極の死を、と……」



力の引っかかりが取れたことで確信する。

ヒトには矛盾を孕んで尚、こうも残酷な一面があったのだと。

これが在るからヒトはヒトで在り、ただその一面を以て私はヒトを受け容れられるのだ。



「たっぷり悲鳴を上げなさい。声有らん限りに高々と……。

そうすればきっと……痛みは消えますから……。


――ヴォルメイヤ焼き尽くすグラック刻印



妖しい魔力で持ち上がったのは、這いつくばる二人の手。


絞め殺して叩きつけた――その感触残る手。

憤りを何度も振るった権力――その感触残る手。


持ち上がった手は、その指先で己の胸に刻印を刻む。

常人に相応しい力加減と魔力で以て記された刻印は、徐々に、緩やかに、――火をおこす。


胸に走る火の痛み。どれだけ拭おうとも決して消えることの無い火の痛みに……。


部屋を飛び出した二人の悲鳴は、寝静まった街に明かりと悲劇を灯し……。



「折角抱いた恨みの心……どうせ晴らすのなら、世界の全てを晴らしてはみませんか?」



二つの火柱に群衆の視線が注がれる中。

街から去って行く魔人の手には、ひとつの魂が握られていたのだった。

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