【終幕】全部なかったことにした:後日談
なぜリアーナ姉さんがこの城にいるのか。それは兄さんがここにきているから。
さてではなぜ、遠い帝都にいるはずの兄さんがここにいるのか?
その答えは、予想もしないとある超展開が起きているからだった。
城の応接間を訪れると、僕の兄さんがそこにいた。今日も兄さんは、銀色の長髪と鋭い顔立ちが最高にクールなミュラー元帥だった。
「フ……やっときたか」
「きてくれたんだね、兄さんっ!! 兄さん――と、えーと……」
応接間にはいたのは兄さんだけではなかった。そこにいるはずのない人物が席を立ち、どこか苦しそうに視線をそらしていた。
「紹介しよう、彼は――」
「フィリップ・バートン。ギルムガル軍の騎士がなぜここに……?」
それはもう1つの世界で僕の首にチェックメイトをかけたはずの強敵、騎士フィリップその人だった。
「やはり知っていたか」
「やはり……? どういうことなの、兄さん?」
「彼から聞かされたのだ。ザラキア城陥落までアルト・ネビュラートを追いつめたはずが、王手をひっくり返されたと」
それを言うならチェックメイトだよ、兄さん。王手はこっちじゃ通じないから。
「ザラキア辺境伯アルト・ネビュラート殿。自分は命じられたとはいえ、最悪の虐殺計画に荷担してしまった。申し訳ない……」
彼は一歩下がると腰の剣を抜いた。そしてそれを何やら足下に置くと、土下座のようにひざまずいて自らの首を差し出した。
「自分は、償いようもない悪行を働いた……。自己保身のために、貴方の愛する民を斬った……」
「フッ……この通りのバカ正直者で私も困っている。そんな戦い、現実では起きてなどいないというのに、妙な話だ」
「この罪はいずれ死をもって償わせていただきます……」
どういうきっかけでそうなったのかはわからないけど、彼は知っていた。ここがザラキア侵攻がなかったことになった、改変後の世界であることに。
「じゃあ死ぬくらいなら僕の家臣になってよ」
「なっっ、なんと!?」
「フッ、私の弟はこう見えて手が早くてな」
それどういう意味かな、アッキー?
それに手が早いのは僕じゃなくて、ロゼッティアだよ。僕は彼女に食われた側。
「死なれても死体の処理に困るし迷惑だよ。それよりもギルムガル伯爵の下を出奔して、こっちにきてくれた方が嬉しいかな」
「ああ、このザラキアは不安定な土地だ。ここであのフィリップ・バートンが弟を守ってくれるのならば、私も安心できる」
「よろしいのですか……? 自分のような虐殺者を、家臣になど……」
「いいから僕の家臣になって! 僕たち兄弟の野望には貴方の武勇が必要なんだ!」
あと、その指揮能力がほしい。そしたらもっと楽ができるし絶対ほしい。
「こんな悪逆非道の自分に、贖罪の機会を下さるとは……なんと情け深い……」
真面目を通り越してめんどくさいな、この人……。
フィリップ・バートンは一人で涙ぐんで、一人でやたらに感動している。
「……はっ、このフィリップ・バートン! 役目を果たした後はアルト様の家臣として、命をかけて仕えいたしましょう!」
ともかくやった! これで騎士フィリップは僕の仲間だ! 光の勢力ラングリード王国から、強力な騎兵キャラを1人引き抜いたことになる。
ただし加入は『役目』の後、らしい。フィリップと兄さんはいったい何をするつもりだろう?
「フィリップ卿が興味深い手土産を用意してくれてな、お前もこれを読んでみるといい」
兄さんに渡された『手土産』を精査した。手土産とは密書だった。差出人は皇帝ラウドネス、アイゼンベフ太守グレンデルの名前も連名で連なっていた。
要するにそれは皇帝と太守がザラキアを敵国に売った証拠だった。皇帝と太守はザラキアに救援を出さないと、敵国勢力ギルムガル伯爵に約束していた。
やっぱり、そんなことだろうと思っていたよ。
「ミュラー様、出立の準備がまとまりました」
そう口にしようとしたところで、リアーナ姉さんが応接間を訪れた。
兄さんと姉さんはもう行ってしまうそうだ……。
「これ、どうするつもりなの?」
「根回しの上に、帝国議会にこれを提出する。すまないがフィリップ卿はしばらくの間、証人として同行してもらう」
さらに詳しい話を聞いた。
今回の陰謀は皇帝による皇族の暗殺計画だ。明日は我が身、国内諸侯とて、これは決して他人事ではない。
そう兄さんは諸侯にこの事実を告発して、皇帝一派の発言力を奪う。それは野心家の皇帝が侵略戦争を引き起こすのを抑止するためだ。
「もし成功すれば、要らぬ血が流れることもなくなる。フィリップ卿もそれを願っている」
「あの戦いを経験して自分は確信したのです。自分はほとほと悪事には向いていない。ならば今度こそ、正しい選択をするべきだと」
兄さんと騎士フィリップは気が合いそうだ。どちらもクソマジメだし、いちいち苦労を背負い込もうとするし、善人なのに悪いやつに従う星の下にいた。
それにそういえば、アッキーもこのフィリップというキャラが好きだった。それも時々、フィリップのセリフをマネするくらいに。
「はは、成功したら最高だね! 上手くいくよう祈っているよ!」
難しく考えずに弟らしく明るく賛同すると、ミュラー兄さんがやさしく僕に笑ってくれた。
それから兄さんは『2人だけで話したいことがある』と言って他を退室させた。
すると超クールでカッコイイミュラー元帥が、顔に似合わないだらけたため息を漏らして、僕の幼なじみのアッキーに戻ってしまった。
「で、話って何、アッキー?」
「はぁぁ……遠い…………」
「それって、ザラキアと帝都の話?」
「そうだよっ、早馬でも1日半かかったっ、尻が痛い!」
それ、騎馬ユニットであるミュラー元帥の口で言っちゃいけない言葉上位かな……。
「要するにグチ?」
「違う……。俺、騎士フィリップに話を聞かされたとき、背筋が凍ったわ……」
「ああ……。うん、あの奇襲はヤバかった。もう少し判断が遅れたら、ロゼッティアと僕は拷問エンド行き。怖いね、乱世」
「ごめんっ、タケちゃん……っ!!」
「へ……?」
「俺、タケちゃんを助けにこれなかったっ!!」
「そりゃこれるわけないっしょ……物理的に。RPGでよくある都合のいい援軍イベントじゃないんだからさ、これなくて当たり前でしょ」
早馬で1日半。これが徒歩と馬車となると5日間の旅路となった。それだけ帝都とここは離れている。
「でもよぉ、タケちゃん……俺たちダチだろ……おまけに兄と弟だ……」
「ミュラー元帥の顔で言われたくない言葉のオンパレードはそろそろよしてよ」
「俺、もう二度とここを襲わせたりしない。俺、新しい人生では、ダチを守れる男になる。そう決めたんだ」
兄でありダチである男の肩を叩いた。悔しいほどの身長差にちょっとイラッとした。
この野郎、お前だけイケメンのミュラー様になりやがって……。
「次こそはお前を守る。だからどうか、俺に力を貸してくれ、タケちゃん。この国を戦乱から守るには、あの皇帝を倒す他にない。今回の件でやっとわかったんだ」
それがもう1つの言いたいことだったようだ。言い切ると、アッキーはミュラー元帥の顔で晴れやかに笑った。
その顔を見ていると、無邪気だった子供の頃を思い出した。
「そんなの当然だろ、ザラキアはアッキーの投資から始まったんだ、遠慮なく搾り取ってくれよ。補給拠点としての最低限の土台は整ったはずだ」
「ありがとう、タケちゃん!! 昔みたいに俺たちでがんばろうぜっ!!」
「おうっ! あ、ザラキアを出る前に、うちの街に寄ってくといいよ! 特にミニトランシーバーのガチャがお前向けだ!」
でかい兄と小さい弟は、昔のダチ同士として熱く手を握り合った。
孤高の男ミュラー元帥よりも、頼りないアッキーが中身である方が不思議と支えたくなるようだった。
「それと、第一児誕生おめでとう。ロゼッティアさんと幸せにな」
「お、おう……アッキーの方に言われると、なんか変な感じだ……」
「そう言うなよ、タケちゃん! 俺は嬉しいんだっ、ミュラーとしてもな!」
「アッキーかミュラー兄さんの言葉か、混乱するから、そろそろどっちかにキャラを絞ってよ……」
そう返すと、アッキーは咳払いをした。アッキーを止めて、ミュラー元帥の顔に戻った。……人のことを言えないけど、ちょっとした二重人格だ、これ。
「アルト、私は今幸せだ。絶望のどん底にあったお前が、こんなに明るい顔をするようになって、こんなに立派な領地を築いた。……そしてお前はこの地で、あんなにやさしそうな婚約者と子供を作って、男の幸せを手に入れた。兄として、こんなに嬉しいことはない……」
いきなりキャラを変えられても困るけど、それが兄さんの本心だった。心から僕の成長を喜んでくれていた。
「本当によかった……」
「ありがとう、兄さん。次は兄さんが幸せになる番だね」
「フッ、言うようになったな、アルト」
兄弟として、ダチとして、これからも助け合っていこう。約束の握手を交わして、僕たちはそれぞれの役割を果たすために別れた。
・
それから約1ヶ月後。計画通り諸侯を味方に付けたミュラー元帥は、帝国議会にて皇帝ラウドネスと太守グレンデルの告発を成功させた。
多くの諸侯が皇帝側の派閥から離反し、ミュラー元帥側の派閥に加わった。
アイゼンベフ太守グレンデルは隠居を言い渡された。さらには『皇帝が身内殺しをもくろんだ』というスキャンダルが国内中に広がり、皇帝一派は民の信頼を大きく失った。
結果、多くの者が『ミュラー元帥こそ次代皇帝に』と、支持を表明するに至ったという。
兄さんの言葉をそのまま信じるならば、ネビュロニア側からの侵略戦争はもう起きない。
あんな目に遭った僕としては、その言葉を信じたかった。
戦乱の始まらない戦略RPGの世界。そんなものが本当に実現できるのか、僕にはわからない。
だけど願わくば、のんべんだらりと、あくせくせずに1日最大4時間労働ほどのゆるゆるの人生を、我が子を胸に続けていきたい。
「願わくば~ 昼からスパで~ リラックスゥ~ ワンダーランド ここはザラキア~」
<「 ポンちゃんも賛成もきゅ! お風呂っ、お風呂入りたいもきゅぅっ! 」
当然、その人生に温泉は欠かせない。ポンちゃんとまったりと温泉に入るためにも、僕は毎日、仕事をするふりをがんばっている。
<「 それはいくらご主人様でもダメもきゅ! 」
「え、なんで?」
<「 ポンちゃん男の子じゃないもきゅぅっっ!! 」
「いいじゃん、僕は気にしないよ」
<「 ポンちゃん女湯がいいきゅ! 」
ああ、忙しい。忙しいふりって、大変だ。
僕はこれからもここでだらだら生きながらひっそりと、大切な人たちを支えてゆく。たって僕は、午後からは働かない主義なのだから。
エアコンがガンガンに利いたフードコートから見上げた空は、雲一つない快晴。吸い込まれるような濃紺の空に、鷹が空を泳いでいる。
通りに目を落とせば、馬車と人が行き交う活発な往来。いい歳した紳士たちが趣味丸出しにハートを高ぶらせて、ポンちゃんの『自販機&ガシャポン・ポンコーナー』に流れてゆく。
何もなかったあの頃からは、想像も付かないくらいに今のザラキアはワンダーランドだった。
<「 あ、ゼッちゃんに粉ミルク頼まれてたもきゅ 」
「あ、うん……」
<「 どうしたもきゅ? 」
「人間用、ないの……?」
<「 ないもきゅ 」
僕とロゼッティアの子はすくすくと育っている。栄養豊富なたぬき用の粉ミルクで。
人々はザラキアを褒めたたえる一方で、こう言う。たぬきに文化侵略された地ザラキア、と。
見捨てられた地ザラキア。そう呼ぶ者はもうどこにもいなかった。
- たおたわたり たぬき -
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戦略RPGの悪役元帥の弟 落ちてた『たぬき』と夢のワンダーランドを築く - コンビニ、ガシャポン、自販機、なんでもあるもきゅ - ふつうのにーちゃん @normal_oni-tyan
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