5話 深窓の令嬢、見込みある若者を見つける。
「お招きくださりありがとうございます、フランセン様」
「もしよろしければレネとお呼びください。招きに応じてくださりありがとうございます」
古めかしいが、イマの実家の馬車と遜色ないほど立派な馬車が迎えに来た。時間より少しだけ早いという、すばらしい気遣いだ。
レネ氏は役場の制服ではなく、ペペイン杯二番の男性が着ていたスーツに似た立派な服装だ。仕立てもいいとひと目でわかる。ペペインの子孫としての自覚があってすばらしい。
いちおう主治医なのでヨーズアも同行する。させた。いちおうなにかがあったら困るので。イマは馬車の中でレネ氏を質問攻めにしてしまった。
「フランセンの名を継いでいる方はどれくらいいらっしゃるのですか」
「イブールに居住しているペペインの子孫は、千八百名ほどです。そのうち現在フランセンを名乗るのは――」
調べてあったのか、レネ氏はすらすらとイマの質問に答えてくれる。
ヨーズアは黙って馬車の窓の外を眺めていた。ペペインの努力の結晶であるイブールの土地を網膜に焼き付けたいのだろう。わかる。イマも近々に馬車でイブール巡りをしようと決意した。
そしてやってきたペペイン邸。現在フランセン一族が住んでいる館はともかく、復元されたペペイン入植時の家屋はとても慎ましかった。ゆえに美しいとすらイマは感じた。
「あの――イマお嬢様。よろしければ本邸でお茶でも」
「まあ⁉ こちらで茶を喫してもいいのですか⁉」
イマにとって本邸とはペペイン邸である。ペペイン邸とはすなわち復元されたこの家屋である。うっきうきでそう言ったイマを見て、レネ氏は「はい、用意しましょう」と言った。
――ああ! なんたる至福! ペペインと同じ環境で茶を飲むことができる!
イマがじっくりとその幸せを噛み締めたのち、レネ氏がそっと「本邸に秘蔵の品が」と言った。なのでレネ氏が言うところの本邸、フランセン一族の館へ向かった。早く言ってくれればいいのに。
フランセン家の館では、保存に注意が必要な物を管理しているらしい。イマが存在を知らなかった手紙類まである。――これは地域一帯を国立記念史跡として保護するべきではないか。イマは国への嘆願書を書く決意をした。
「――イマお嬢様は、ペペインのどんなところがお好きなのですか」
レネ氏がそう尋ねて来た。イマは膝を正す。その質問をされたのはこれが初めてではない。が――レネ氏は筋がいい若者だ。きっとイマの布教を受け入れてくれるだろう。隠しているだけでじつは既に同志かもしれない。よって、イマは語った。言葉の限りを尽くして語った。
レネ氏は真剣な表情で耳を傾け、適宜納得したり疑問に思ったことを質問しながら相槌を打つ。――やはり、見込みある青年だ。さすがペペインの子孫。
「――イマお嬢様は、ペペイン杯でわたしに投票してくださった」
しばらくしてレネ氏がそうつぶやいた。イマは「そうですわね」とうなずいた。
「では――わたしは、あなたの想うペペインに似ているだろうか」
「あら、それはありませんわ」
イマは一言でそう断じた。即答だった。レネ氏は怯んで「なぜです⁉」と尋ねて来た。
「だって、コーゾ三号をお召しでしたもの。他の真似物ではなく、本物の。それはすばらしいですわ。それであなた様に投票いたしました」
「ええ⁉」
見るからにレネ氏は肩を落とす。そして「――参考までに、わたしのどこがペペインに似ていないか、伺っても?」と言った。なにを言っているのだろう、この若者は、とイマは思った。
「まあ、まるで違います! まず、肩幅! それに胸の厚さ! 筋肉量が圧倒的に足りませんことよ! それに首が細くて顎も細くて……近代的なお顔立ちですわね。まるでペペインのようではありませんわ」
レネ氏は衝撃を受けたようだった。ヨーズアは室内の装飾品を物色しながら「これは高そうだなあ……」とつぶやいている。
その後もイマはペペインのすばらしさを説く使命に専念した。なぜか先ほどよりは熱心さに欠けている、レネ氏のうなずきが気になった。
そして、イマの元へレネ氏からもう一度手紙が届いたのは二週間後のことである。それには何度も『諦められない』との文言があった。なにを諦められないのだろうか。全体的に意味がわからない内容だった。
最後に近況も綴られていた。
『追伸
ご指摘に従い、毎日運動と筋肉の発達訓練をしております。町役場で有志を募り、顎の細さを改善する研究同好会も立ち上げました。少々お時間をいただきたい。きっと、ペペインに近づいてみせます。
レネ・フランセン』
――なんと見上げた志の若者なのだろうか!
イマは感動した。そして『ときおり茶を喫しに立ち寄ってくださいまし』と返事を書き、ヨーズアへ紙幣とともに渡した。
深窓の令嬢、ご当地令息に出会う。 つこさん。 @tsuco3
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