第4話 決意を纏う舞姫

「これより、フィジカルテストを開始する!」


久礼先生の力強い声が、広大な仮想空間に響き渡った。


生徒たちは自然と背筋を伸ばし、その視線を食い入るように見つめていた。


「テストは4つのセクションで行う。腕力、速力、持久力、反応速度だ。それぞれの能力を正確に測る。お前たち自身の限界を知るいい機会だと思え。」


生徒たちは緊張した面持ちで頷き、息を呑む。


「そして最後にエクスコードだ。」


久礼先生は一瞬間を置き、生徒たちの目を見据えながら続けた。


「発動の方法は簡単だ。“エクスコードON”と声に出せ。それで起動する。自分のタイミングで構わない。思いっきり使って、その力を存分に見せつけろ。」


先生の声が鋭さを増す。


「対人の保護プログラムは、このテスト中では特定の項目でしか解除しないが、対物に関してはこの空間に限り解除してある。心配するな、壊しても誰も文句は言わん。それでは、始めよう!」


その言葉に、生徒たちは一斉に緊張と興奮が入り混じった表情を浮かべた。


久礼先生の放つ覇気に圧されながら、テストは幕を開けた。



---


筋力テスト:


「1番手希望は名乗り出ろ!」


久礼先生の厳格な声が生徒達に発せられる。


「はいは〜い!俺から行くぜ!」


おちゃらけた声を上げ、第一陣を切ったのは、金髪を逆立てた少年だった。


彼の名は白羽 輝(しらは ひかる)。


タンクトップに筋肉を誇る姿は、まるでスポーツ大会の主役のようだ。


「腕力テストはこれだ。」


久礼先生が指し示したのは、クラシックなベンチプレスだった。


「おいおい、こんな骨董品でテストすんのかよ?」


輝は眉を上げ、軽く笑いながら尋ねる。


「安心しろ。ただの骨董品じゃない。オートプレス(自動荷重装置)が付いている。お前の腕力に合わせて負荷が変わる仕様だ。」


久礼先生の説明に、生徒たちは興味深げに目を光らせる。


「なるほどね。だったら、俺の力、存分に見せちゃおっかな!」


輝はベンチに仰向けになり、軽くストレッチをして準備を整えた。


その顔には自信と期待が混ざり、緊張の色は見えない。


「よっしゃー!いつでもいいぜ!」


輝の声に周囲の生徒たちがざわめき、次第に視線が集まる。


輝がオートプレスのバーに手をかけた瞬間、システムが彼の体型と筋肉密度をスキャンし、最適な負荷を自動設定する。


「負荷、開始値80kg。計測をスタートします。」


機械的なアナウンスが響く。


「おお、結構重いじゃねぇか!」


輝は目を輝かせながらバーを押し上げた。


力強いフォームで1回、2回と軽快に持ち上げていく。


「まだ余裕だな!」


輝が笑顔を浮かべたその時、オートプレスが再び調整を行い、負荷が徐々に上昇する。


「負荷、110kgに上昇。」


「ハハッ!全然余裕だってのぉ!」


輝は笑みを浮かべながら軽々と持ち上げ続ける。


だが、120kgを超えたあたりで額に汗が滲み、呼吸が少しずつ荒くなり始めた。


「負荷、130kgに上昇。」


バーが震え、輝の腕も微かに揺れ始める。


周囲の生徒たちは息を呑み、その動きを見守る。


「まだやれる!」


輝は歯を食いしばり、腕にさらに力を込めたが、重量は想像以上に彼を苦しめていた。


「………」


久礼先生の視線は、鋭い刃のように輝を刺す。


その瞳が静かに語りかけている。


『その程度か?』と。


その視線に気付いた輝は歯を食いしばりながらニヤリと笑った。


「へっ!見せてやるぜ先生!ここからが俺の本領発揮だ!」


そう言うや否や、輝の声が空間に響き渡る。


「エクスコードON!『限界突破(オーバークロック)』!」


その瞬間、彼の体が淡い金色のオーラに包まれた。


筋肉が膨張し、全身に溢れるエネルギーが可視化される。


生徒たちから驚きの声が上がった。


「おいおい、マジかよ…!」

「すげぇ…!」


輝はエクスコードを発動した状態でバーを一気に持ち上げた。


その力は圧倒的だった。


「負荷、150kg…170kg…」


上がり続ける負荷に輝は微動だにしない。


周囲の生徒たちは完全に息を呑んでいた。


「負荷、200kg…250kg…300kg…」


「まだまだいけんぞぉ!」


バキンッ!!


掛け声と共に、突如、金属音が響き渡りバーが中央から砕け散った。


「な、なんだ!?」


生徒たちは驚きの声を上げる。


「しまった、押し上げるのに夢中で握力フルで握っちまった。」


輝はその驚異的な握力でバーそのものを砕いてしまったのである。


久礼先生は静かに近づき、壊れた機材を見下ろした。


そしてゆっくりと輝に視線を向ける。


「…白羽、やりすぎだ。」


呆れたようにため息をつきながらも、その口元には僅かに笑みが浮かんでいた。


輝は汗を拭きながら肩をすくめた。


「スンマセン。つい熱くなっちゃって…」


その後、空間内に生成された新たなベンチプレスでテストを続けて行ったが白羽 輝に追いつくものはいなかった。



結果発表:筋力テスト1位 白羽 輝


「以上で筋力テストを終了する!」


久礼先生の掛け声と共に体育館内の仮想空間が、新たに速力テストエリアへと切り替わった。


巨大なランニングトラックには、浮遊する障害物や不規則に動く足場が並び、見るからに難易度の高いコースが広がっている。


天井には小型ドローンが浮遊し、トラック上に次々と新しい障害を生成していた。


「では速力テストを開始する。スタート地点からゴールまでのタイムを計測する。途中に多様な障害物を用意してあるが、避けても良し、破壊しても良し、とにかく目的地までいかにスムーズに到着出来るかが肝だ。」


久礼先生の言葉に、生徒たちの緊張が高まる。


「このコースの平均タイムは50秒前後。それを目安挑むと良いだろう。それでは開始する。」


次々と速力テストを受けていく。


「次っ!」


スタート地点に立ったのは三浦 夏海(みうら なつみ)。


ショートヘアーで黒髪の似合うこのクラス最小の女子だ。


彼女は、緊張で顔を赤くしながら小柄な体を震わせていた。


『みんな速いな……私も、頑張らなきゃ……』


内心で自分を励ましながら、深呼吸を繰り返す。


観客の視線が苦手な彼女にとって、全員の注目を浴びるこの状況はかなりのプレッシャーだった。


「エ、エクスコードON…」


小さな声で呟くと、夏海の周囲にいくつもの宝石のように虹色に輝くシャボン玉が現れる。


それは彼女のエクスコード「泡沫の宝玉(バルーンジュエル)」。


発生したシャボン玉は、彼女の動きに反応して漂い、跳ねるように動く。


「い、行きます!」


スタートの合図とともに、夏海は慎重な足取りで駆け出す。


夏海はシャボン玉の弾力を確かめるように軽く跳ねると、そのまま滑るように足場を飛び越えた。


速さではなく、計算された動きが光る。


さらに、浮遊する障害物に対してシャボン玉を飛ばし、それが障害物に接触すると動きを止める事で、夏海自身がダメージを受けないようにしていた。


どうやら、シャボン玉は夏海対してのみ弾性を発生させる仕組みのようだ。


「すごい……」


明翔はその光景に目を奪われ、思わず呟いた。


虹色のシャボン玉が、空中で陽の光を浴びてきらめき、まるで空中に描かれた芸術作品のようだった。


ゴール手前の直線では、シャボン玉を両足元に集め、弾力のある跳躍を連続で繰り返しながら、スムーズにゴールに到達した。


「47秒63。なかなかいいタイムだ。」


久礼先生の評価に、夏海は息を整えながら控えめに笑みを浮かべた。


「次ッ!」


また新たな挑戦者がスタート地点に並ぶ。


次に前に進み出たのは、見るからに華やかな少年、綺羅美夜華 出栖与(きらびやか ですよ)だった。


彼はスタート地点に立つと、まるで舞台俳優のように一礼し、軽く髪をかき上げる。


「皆さん、注目!僕のキラめきを、全身で感じてください!」


突然の発言に参加者全員が冷たい目で彼を一瞥した。


しかし本人は気にする様子もなく、堂々とした態度を崩さない。


「エ〜クスコ〜ド オ〜ン!」


高らかに宣言すると、彼の頭上に巨大なミラーボールが生成され、周囲に無数の輝きを放ち始めた。


地面には円形状のステージが生成され、さながらソロライブが始まるかの様だった。


「これが僕のエクスコード、『世界の中心で僕がキラめく(セカチュー)』!さあ、応援よろしく!」


スタートの合図が鳴り響くと、どこからともなく音楽が聞こえ始める。


「なんだなんだ?」


皆がどよめき始める。


出栖与は両手を天に掲げ、声を張り上げた。


「これが僕の力だ!レッツ!ダンシング!」


突然、音楽に合わせて踊り始める出栖与。


どんどん引いていくクラスメイト。


悪夢の様な時間が一分ほど過ぎた頃、どうやらクライマックスに近づいてきたようだ。


『出★栖★与!!出★栖★与!!』


いつの間にか音楽とは別に歓声が聞こえてくる。


光の演出と歓声が最高潮に達した瞬間。


「上がってきたよー!!」


その掛け声と共に、なんと彼は全力で普通に走り出した。


最初の障害物ゾーンでは、まるで陸上選手のように真面目に足場を飛び越えていく。


「えっ、普通に走ってるだけじゃない……?」


観客から小声が漏れるが、彼のは満面の笑みを浮かべている。


「いいんです、これが僕のスタイルですから!」


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『世界の中心で僕がキラめく(セカチュー)』

能力: 発動すると頭上にミラーボール、足元にステージを構築する。ミラーボールから放たれる煌びやかな光とステージに内蔵されたスピーカーからミュージックと歓声が彼のバイブスを上げる。


だけの能力。

-----


途中で足場を踏み外しそうになりながらも、派手なポーズを決めて体勢を立て直す。


本人としては「絵になる動き」のつもりだが、周囲から見ればやや滑稽だった。


次の浮遊障害物エリアでも、地道に障害物をかわして進んでいく。


「輝く僕には、障害なんて存在しない!」


しかしその直後、浮遊する障害物に肩をぶつけてしまい、よろける出栖与。


「うぐっ、だ、大丈夫デ★ス★ヨ!!!」


一瞬ヒヤリとしたものの、再び全力で駆け出し、ゴールに向かう。


最後の直線では、再び両手を天に掲げ、全力疾走を開始。


「これが僕のセカチュー!さあ、全員、僕を見てください!」


まるでフィナーレを迎えるアイドルのような気迫で駆け抜け、ゴールラインを越えた。


「タイム、40秒83。……。」


久礼先生からのコメントはなかったが、


『実質、エクスコードなしでこの数字は中々……ただ……独特すぎる………。』


微妙な空気が漂う中、出栖与は胸を張って一言


「ふふっ、僕がこの場を輝かせた。それだけで十分でしょう!」


その堂々たる態度に、生徒たちから静寂と拍手が起こった。


「仕切り直して、次ッ!」


久礼先生の呼び声に応じて、とうとう栞が前に出る。


その姿勢はどこか優雅で、自信に満ち溢れていた。


栞は片膝を立てしゃがみ込むと、そっと自分の靴に手を添えた。


そして目を閉じ、心の中で一つの影を思い浮かべる。


『シスター…ごめんなさい…。次は…必ず…』


彼女は静かに深呼吸をする。


「エクスコードON……」


その言葉と同時に、彼女の足元から幾何学的な光が広がり、黒を基調とした膝上まであるロングブーツが生成される。


発動するナノ粒子の輝きが一瞬周囲を照らし、まるで舞姫が現れたようだった。


「残響の舞姫(ファントムブーツ)……。」


そのエクスコード名を耳にした明翔は、小さくつぶやく。


「……栞……。」


明翔は自らの胸に下がる十字架のペンダントを握りしめた。


明翔の脳裏に、『崩壊の日』が再び思い起こされる。


「始める!」


久礼先生の合図と共に明翔は記憶の蓋を閉めた。


栞は最初の一歩を踏み出す。


その瞬間、風を切るような音が鳴り、栞の体は一気に加速した。


ファントムブーツのナノ粒子推進システムが稼働し、彼女の足元から放たれる光の粒子が空間に残響の軌跡を描き出す。


「速い……!」


見守る生徒たちの中から驚きの声が漏れる。


最初の障害物ゾーンでは、足場が不規則に動いていたが、栞は縫うように、舞うように障害物をすり抜ける。


光の粒子は空間にほんの一瞬留まり、まるで星々が溶けていくように静かに消える。


その中を駆ける栞は、まるで流星群の中で踊る妖精の様だった。


「すごい……!」


息を呑む生徒たちを横目に、栞は次の浮遊障害物エリアへ進む。


空中に浮かぶ障害物が次々と進路を塞ぐが、栞は瞬時にブーツの踵に付いているナノ粒子の噴射口の向きを変え、空中で方向転換を行いながら複雑な軌跡を描く。


その光景に、あの出栖与もつい感嘆の声を漏らした。


「美しい……!こんな煌びやかな光景があるなんて……!」


最終セクションに差し掛かると、栞はブーツの力をさらに引き出した。


推進力が最大限に高まり、彼女のスピードは肉眼で捉えることが難しいほどに加速する。


残響の軌跡は、光の帯となり、彼女を包み込む。


「ゴール!」


その声とともに、ファントムブーツが静かにブレーキをかける。


光の粒子が弾けるように広がり、残響の軌跡が空間に消えていく。


ゴール地点のホログラムディスプレイが、記録したタイムを表示する。


「タイム、11秒14。」


久礼先生が静かに告げると、教室は一瞬の沈黙に包まれた。


その後、湧き上がるように歓声が響き渡る。


「すげぇ!」

「なんだ今の……!」


その驚きの中、ゴール地点で息を整える栞は、控えめに笑みを浮かべたが、その瞳には少しだけ自信が宿っていた。


振り返り明翔を探す。


明翔を見つけるなり栞は照れくさそうに微笑んだ。


言葉を交わすことはなかったが、その心は明翔にも伝わっていた。


『…すごいよ…栞…僕ももっと強くならないと。』


栞の美しさとエクスコードの力が見せた光景は、生徒たちの心に深く刻み込まれた。



結果発表:速力テスト1位 倉木 栞

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エヴァニアの方程真理 Hiy @Hiy1217

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